JKギャルと生徒会長
「終わったーっ!」
茶色に染めた長い髪をもつJKギャル、火谷美友梨は子供のように両手を上げて喜びの声を上げ、そのまま後ろにパタンッと倒れ込んだ。
「そうか。なら次は数学だな」
麦茶が入った二人分のコップをお盆に乗せて運んで来たのは、美友梨の彼氏であり、生徒会長でもある大見蛇一だ。
彼は美友梨に次なる試練を与えようとする。
「えー!?やっと英語を制覇したんだよ!?ボスを倒して体力ないよ!」
床から起き上がって上目遣いで「むー」と唸りながら何やら訴えてくる美友梨を見て、蛇一は「ふむ」と考えるような素振りを見せた。
「では、英語の実力テストでも……」
「いーやーだー!どう転んでも勉強なの!?もう4時間もしたんだよ!?よ・じ・か・ん!遊ぶとか遊ぶとか遊ぶとかって選択肢は無いの!?」
必死に訴えかける美友梨に対し、蛇一は再び「ふむ」と真剣味のなさそうな声を出した。
「……仕方ない。勉強は一旦中止して遊ぶとするか」
「いぇーい!」
ここは蛇一の部屋だ。美友梨は蛇一に勉強を教えてもらっていたのだが、授業をサボりまくって課題もあまりしない美友梨は勉強漬けには慣れていない。
それでも一応、蛇一に惚れてからは真面目に頑張っているのだ。実は蛇一と同じ大学に現役合格することが美友梨の夢なのだ。健気な乙女である。
「で、何をして遊ぶ?」
「え?」
「俺の部屋には遊び道具など何も無いぞ」
「うーん……」
外に遊びに行けば良いのだが、美友梨は二人きりで居たいのでそれは最初から選択肢に無い。
妙に距離感の近いクラスメイトたちやよく分からない街の不良たちに絡まれて、大好きな蛇一との大事な時間を無駄にしたくない。
「仕方ない。ゲームセンターとかいう所に……」
「却下!」
「……なぜだ」
「え!?えぇと……ぁぅ……」
美友梨の胸中など露知らず、蛇一は訝しげな顔で問うた。だが素直に二人だけで居たいと言えない美友梨は黙り込んでしまう。実はこれが美友梨の初恋なのだ。
「あぁ、分かった。ウィンドウショッピングがしたいんだな?」
「うぅ……やっぱり遊ぶのは止め!疲れたから寝る!ベッド借りるね!」
美友梨は見当違いの勘違いをしている蛇一に向かってそう言うと、麦茶を一気飲みしてベッドにバタンッとダイブした。
「そ、そうか」
女心は分からん。と思った蛇一なのだった。
(……ヤバイ、ほんとに眠くなってきた…………)
寝るつもりなど無かったのだが、美友梨の意思に反して意識が薄れていく。最近は毎日勉強しているからか、ベッドに寝転がるとすぐに眠りに落ちるのだ。
そのお陰で夜更かしや寝坊をすることが無くなった。
(てゆーか、なんで蛇一ってこんな良い匂いするのよー……)
そこで美友梨の意識は夢の世界へと飛び立って行った。
「み……り…………ゆり……美友梨っ。美友梨!」
「んっ……?」
「美友梨!大丈夫かっ?」
蛇一が顔を覗き込んで呼びかけてくる。
「なにが……?」
「いや、魘されていたようだったから……」
「うん?そう?」
「あぁ」
「だいじょーぶよ。……それより、私どのくらい寝てた?」
「30分と6……いや7分だ」
蛇一は横目で時計を見ながら答えた。
(あは、細かいなー……)
「それよりお腹空いた。……何か作ろうか?」
「いや、りーが寝ている間に作っておいた」
『りー』とは美友梨の愛称、ニックネームだ。蛇一曰く、『みー』は"me"に、『ゆー』は"you"に対応するから違和感があるとか。しかし『りー』は『風下』を意味する“lee”に対応するが、気にならないらしい。別に何でもいいのだけど。
教科書などの勉強道具は綺麗に片付けられており、机の上には美味しそうなイタリア風の料理が並べられている。品数はざっと見て10種類くらいある。
言われてみれば、美味しそうな匂いを嗅いだから空腹を感じたように思う。
「……………………」
(ってこれ40分で作ったの!?)
「美味しい……」
「そ、そうか。良かった」
それを聞いて蛇一は安堵したように息を吐いた。
(超旨い!な、何コレ!?異常なぐらい美味しい!こ、コイツ何者!?……あぅ、私が作らなくて良かった……)
「うぅ……」
涙が出てきた。料理の腕には多少自信のあった美友梨だったが、こんなモノを見せつけられては自信喪失するしかない。
「な、不味かったのか!?すまない、すぐに作り直す!」
美友梨の敗北感漂う顔を見て何やら勘違いしたらしく、蛇一はそう言うと美友梨の手から皿を奪い取った。
「ちょっ……!?違う違う!」
美友梨は慌てて皿を奪回しようとするが、蛇一がそれを阻止する。
「変に気を使うな、お前に不味いメシを食わせる訳には…………!」
「いやいやいやいや!美味しいから!メチャメチャ美味しいから!」
激戦の末、皿を奪い取った美友梨はそれを抱えて蛇一に背を向け、防御の姿勢を取った。
「無理するなって……!」
「嘘じゃなくて!超旨いから!」
「……そ、そうか。なら、良いのだが…………」
「もう。…………無駄に疲れた」
美友梨はそう言ってそのまま蛇一に凭れかかった。
「わ、悪かった」
「許してあげる。その代わり」
とそこで意味あり気に一旦区切る。
「食べさせて」
「……行儀が悪いぞ」
「照れない照れない。ほら早くっ♪」
「…………今回だけだからな」
「うん!」
何だかんだで満更でもなさそうな蛇一の首筋に手を回して、美友梨は「あ〜ん」とわざとらしく口を開けた。
蛇一も美友梨のお腹に腕を回して、美友梨が持っている皿に盛ったパスタをフォークで絡めていく。
「はい、あ〜ん」
「あ〜、って!」
「お、うまっ。空腹は最高の調味料って誰が言ったんだっけ?」
「なに自分で食べてんのよ!?」
「いや、腹減ったから」
「ちょっと勘づいてたけど、Sっ気あるわね!」
「エス?覚せい剤?」
「いや、違うし!」
「じゃあ、哲人や賢者を意味する英語のsageか?」
「もう訳分かんないよ!?」
「はいはい、あ〜ん」
「ちょ、唐突!?なに、もごっ……!?」
「食べながら喋るのは行儀が悪いぞ」
「んー!」
幸せな二人でした。