詐欺師と相棒、盤上遊戯の世界へ
俺の名前は、黒瀬蓮。
職業は――詐欺師。
それも、裏社会で「最凶」と呼ばれた、プロ中のプロだ。
二十五年の人生で、俺が騙した人間の数は数え切れない。企業の社長、政治家、暴力団の組長――誰一人として、俺の嘘を見抜けなかった。
なぜか?
簡単だ。
俺には、「才能」があったからだ。
人の心を読む才能。嘘を見抜く才能。相手が何を考えているのか、一瞬で理解できる才能。
それが、俺の武器だった。
だが――
そんな俺にも、一つだけ弱点があった。
それは――
一人では、生きていけないということだ。
「蓮、そろそろ時間よ」
声をかけてきたのは、俺の相棒――白石美月だ。
年齢は二十二歳。俺より三つ下で、銀髪のショートカット、青い瞳、小柄な体格だが、その頭脳は天才的だった。
彼女は、俺が三年前に拾った――いや、正確には「騙そうとして失敗した」相手だった。
当時、俺は彼女の父親を詐欺のターゲットにしていた。だが、美月はその詐欺を見抜き、逆に俺を追い詰めた。
普通なら、そこで終わりだ。
だが――
美月は、俺に言ったんだ。
「あなたの才能、勿体無いわ。私と組まない?」
それから、俺たちは相棒になった。
俺が前線で嘘をつき、美月が後方で戦略を立てる。
完璧なコンビだった。
だが――
その完璧なコンビも、今日で終わりを迎えることになる。
「蓮、準備はいい?」
美月が、ノートパソコンを閉じながら言う。
俺たちは今、とある高級ホテルの一室にいた。
窓の外には、東京の夜景が広がっている。
だが、その美しい景色も、今日が最後だ。
「ああ。もう、逃げ道はない」
俺は、タバコに火をつけた。
今回のターゲットは、巨大犯罪組織の幹部だった。
俺たちは、その幹部から十億円を騙し取った。
完璧な詐欺だった――はずだった。
だが――
組織は、俺たちを許さなかった。
今、ホテルの下には、組織の追手が集まっている。
逃げ場は、ない。
「...ごめんな、美月」
俺は、煙を吐き出しながら言った。
「俺のせいで、お前まで巻き込んじまった」
美月が――
クスリと笑った。
「何言ってるの。私が勝手についてきたんでしょ」
彼女が、俺の隣に座る。
「それに――」
美月が、俺の手を握る。
「最後まで、一緒よ」
その言葉に――
俺は、何も言えなかった。
ただ、彼女の手を、強く握り返した。
その時――
ドアが、蹴破られた。
黒いスーツを着た男たちが、部屋に乱入してくる。
銃が、俺たちに向けられる。
「黒瀬蓮、白石美月――お前たちの詐欺も、ここまでだ」
男のリーダーが、冷たく言う。
俺は――
タバコを灰皿に捨てた。
そして、立ち上がる。
「そうか。やっぱり、逃げ切れなかったか」
後悔は、なかった。
詐欺師として生きてきた人生、いつかこうなることはわかっていた。
ただ――
美月を巻き込んだことだけが、心残りだった。
「最後に、一つだけ聞かせてくれ」
俺は、男に向かって言った。
「もし、もう一度人生をやり直せるなら――俺たちは、何になれた?」
男は――
答えなかった。
ただ、引き金を引いた。
銃声が、二発響いた。
気づいたら――
俺と美月は、真っ白な空間にいた。
床も、壁も、天井も、全てが白く、どこまでも続く無限の空間。
そこに、俺たち二人がポツンと立っていた。
「...蓮? ここ、どこ?」
美月が、不安そうに俺の服を掴む。
「わからない。だが――」
俺は、周囲を見渡す。
「俺たち、死んだはずだ」
その時だった。
目の前に、巨大なモニターのようなものが現れた。
そのモニターには、文字が表示されている。
『ようこそ、選ばれし者たちよ』
選ばれし者――?
モニターが、さらに文字を表示する。
『あなたたちは、特別な才能を持つ者として選ばれました』
『詐欺師としての才能――人を欺き、真実を見抜き、そして勝利を掴む才能』
『その才能は、我々にとって非常に価値があります』
俺と美月は、顔を見合わせた。
何を言っているんだ、こいつは。
モニターが、続ける。
『あなたたちには、新たな世界で、新たな人生を歩んでいただきます』
『その世界は――全てが「ゲーム」によって決まる世界です』
全てが、ゲームで決まる――?
モニターが、ルールを表示し始めた。
『【この世界のルール】』
『一、この世界では、全ての争いをゲームで決する』
『二、暴力は完全に禁止される』
『三、ゲームで賭けたものは、絶対に守らねばならない』
『四、この世界には、七つの国家が存在する』
『五、全ての国家を統一した者が、世界の王となる』
世界統一――
つまり、ゲームで勝ち続けて、世界を支配しろってことか。
モニターが、最後の文字を表示する。
『あなたたちの才能は、この世界で最大限に活かされるでしょう』
『人を欺き、真実を見抜き、そして――勝利を掴んでください』
『それでは、転移を開始します』
その瞬間――
白い空間が、光に包まれた。
眩しい光が、俺たちを包み込む。
俺は――
美月の手を、強く握った。
「離すなよ、美月」
「うん...!」
光が、さらに強くなる。
そして――
意識が、途切れた。
次に目を開けた時――
俺たちは、森の中にいた。
青い空、緑の木々、鳥のさえずり――
明らかに、東京じゃない。
そして、明らかに、現実世界じゃない。
「...蓮、これ」
美月が、自分の服装を見て驚いている。
彼女の服装が変わっていた。
白いローブのような服に、腰には小さなポーチ。
まるで、ファンタジー世界の魔法使いのような格好だ。
俺も、自分の服装を確認する。
黒いコートのような服に、腰にはベルト。
武器は、ない。
まあ、暴力が禁止されている世界なら、必要ないか。
「とりあえず、街を探そう」
俺は、美月の手を引いて、森を歩き始めた。
数分歩くと――
森を抜けて、開けた場所に出た。
そこから見えたのは――
巨大な城壁に囲まれた、中世ヨーロッパ風の街だった。
「...本当に、異世界なんだ」
美月が、呆然と呟く。
俺も、同じ気持ちだった。
だが――
立ち止まっている場合じゃない。
この世界で生きていくためには、まず情報が必要だ。
「行こう、美月」
「うん」
俺たちは、街へと向かった。
城門に着くと、二人の衛兵が立っていた。
彼らが、俺たちを見咎める。
「止まれ。お前たち、見ない顔だな」
一人の衛兵が、槍を構える。
俺は――
すぐに、対応を考えた。
ここは、詐欺師の腕の見せ所だ。
俺は――
困ったような顔を作った。
「すみません。俺たち、旅の途中で盗賊に襲われて...全財産を奪われてしまったんです」
声のトーンも、弱々しく。
美月も、すぐに俺の意図を理解して、泣きそうな顔を作る。
「お願いします...街に入らせてください...」
彼女の演技は、完璧だった。
衛兵たちが、顔を見合わせる。
「...盗賊に、か」
「本当なのか?」
疑っているが、完全には信じていない。
ここで、もう一押しだ。
俺は――
ポケットから、小さな布切れを取り出した。
これは、転移してきた時から持っていた、何の変哲もない布だ。
だが――
使い方次第で、証拠になる。
「これ、盗賊が落としていったものです。もし街の中で同じものを持っている人がいたら、教えてください」
俺は、それを衛兵に見せる。
衛兵が、布を見る。
「...見たことないな」
「まあ、盗賊なら、街には入ってこないだろうが」
衛兵が、槍を下ろした。
「わかった。入城料は免除してやる。だが、街で問題を起こすなよ」
「ありがとうございます!」
俺と美月は、深々と頭を下げた。
そして――
街の中に入った。
門をくぐった瞬間、美月が小さく笑った。
「相変わらず、上手いわね」
「お前の演技も、完璧だった」
俺たちは、顔を見合わせて笑う。
やっぱり、俺たちは最高のコンビだ。
街の中は、活気に溢れていた。
商人が物を売り、人々が行き交い、子供たちが走り回っている。
まさに、ファンタジー世界の街だ。
俺たちは、街の中心部へと向かった。
そこには、大きな掲示板のようなものがあり、その掲示板には、様々な情報が書かれていた。
『ゲームホール 本日開催』
『カードゲーム大会 優勝賞金: 金貨100枚』
『チェス大会 明日開催』
ゲームホール――
この世界で、ゲームが行われる場所か。
「蓮、見て」
美月が、掲示板の一つを指さす。
そこには――
『【緊急告知】ヴェルディア王国 vs ネクロディア魔族国』
『領土を賭けたゲーム対決 三日後開催』
『観戦自由』
領土を賭けたゲーム――
国同士が、ゲームで領土を奪い合っているのか。
この世界、本当にゲームで全てが決まるんだな。
「面白そうね」
美月が、興味津々に言う。
「ああ。だが、まずは俺たちが生きていくための金が必要だ」
俺は、掲示板を見る。
「カードゲーム大会――これに出よう」
「賞金、金貨100枚。かなりの額ね」
「ああ。これで当面の生活費は稼げる」
俺たちは――
ゲームホールへと向かった。
ゲームホールは、巨大な建物だった。
中に入ると、広いホールになっていて、無数のテーブルが並び、それぞれのテーブルで様々なゲームが行われている。
チェス、カードゲーム、サイコロ、そして見たこともないようなゲームまで。
そして、ホールの中央には、大きなステージがあり、そこでカードゲーム大会が開催されるらしい。
受付に行くと、受付嬢が笑顔で迎えてくれた。
「いらっしゃいませ。カードゲーム大会にご参加ですか?」
「ああ。俺と、こいつの二人で」
俺は、美月を指さす。
受付嬢が、頷いた。
「かしこまりました。参加費は、お一人様銅貨50枚です」
銅貨50枚――
俺は、ポケットを探る。
すると、小さな袋が入っていて、中には銅貨が100枚ほど入っていた。
初期装備か。
ちょうど、二人分だ。
俺は、銅貨100枚を渡す。
受付嬢が、それを受け取り、二枚の参加証を渡してくれた。
「では、こちらの参加証をお持ちください。大会は、一時間後に開始します」
「わかった」
俺たちは、参加証を受け取り、ホールの隅に移動した。
美月が、周囲を見渡しながら言う。
「参加者、結構多いわね」
「ああ。だが――」
俺は、周囲の参加者たちを観察する。
みんな、緊張した顔をしている。
中には、自信満々の顔をしている者もいるが――
俺には、わかる。
こいつら、大したことない。
なぜか?
簡単だ。
俺には――
人を見抜く才能がある。
相手の表情、仕草、視線の動き――
それらから、相手の心理状態を読み取ることができる。
それが、俺の武器だ。
そして――
今、俺が観察している参加者たちは、みんな「不安」を抱えている。
つまり、大した実力者はいないってことだ。
「蓮、大丈夫そう?」
美月が、小声で聞いてくる。
「ああ。余裕だ」
俺は、自信を持って答えた。
一時間後――
カードゲーム大会が始まった。
ゲームは、「ポーカー」だった。
ルールはシンプル。
五枚のカードで役を作り、一番強い役を作った者が勝ち。
トーナメント形式で、最後まで勝ち残った者が優勝だ。
俺の最初の相手は――
中年の男だった。
顔つきは強面で、いかにもギャンブラーという雰囲気。
だが――
俺には、わかる。
こいつ、弱い。
なぜなら――
こいつの手が、微妙に震えているからだ。
緊張している。
つまり、自信がない。
ゲームが始まる。
カードが配られる。
俺の手札――
『スペードのA、ハートのA、ダイヤの10、クラブの7、スペードの3』
ワンペア――
まあまあだ。
相手の表情を観察する。
相手は――
僅かに、眉をひそめた。
手札が、悪いのか。
それとも、演技か。
だが――
俺には、わかる。
こいつの視線が、一瞬だけ、自分の手札から逸れた。
これは、「手札が悪い」時の典型的な仕草だ。
つまり、こいつの手札は弱い。
俺は――
強気に出ることにした。
「レイズだ。銅貨20枚」
賭け金を上げる。
相手が、動揺する。
視線が泳ぎ、額に汗が浮かぶ。
完全に、動揺している。
そして――
「...フォールドだ」
相手が、降りた。
俺の勝ちだ。
観客たちが、ざわめく。
「早い決着だな」
「あの旅人、強いのか?」
俺は――
表情を変えずに、次の対戦相手のテーブルへと移動した。
二回戦、三回戦、四回戦――
全て、圧勝だった。
相手の心理を読み、相手の手札を推測し、そして的確に賭ける。
それだけで、俺は勝ち続けた。
そして――
気づけば、決勝戦だった。
相手は――
美月だった。
「...まさか、決勝で当たるとはね」
美月が、苦笑いしながら言う。
「ああ。だが、手加減はしないぞ」
「当然よ。私も、本気で行くわ」
俺たちは、向かい合って座った。
観客たちが、興味津々に見守っている。
「決勝戦は、旅人同士か」
「どっちが勝つんだ?」
カードが配られる。
俺の手札――
『ダイヤのK、ダイヤのQ、ダイヤのJ、ダイヤの10、スペードの2』
ストレートフラッシュの一歩手前――
かなり強い手札だ。
だが――
美月の表情を見る。
彼女は――
無表情だった。
いつもの、ポーカーフェイス。
だが、俺には、わかる。
彼女の右手の人差し指が、僅かに動いた。
これは、「強い手札」の時の彼女の癖だ。
三年間一緒にいたから、わかる。
美月も、強い手札を持っている。
これは――
本気の勝負だ。
俺は――
笑った。
「面白くなってきたな」
「ええ。楽しみましょう、蓮」
美月も、笑う。
そして――
勝負が、始まった。




