スマホの章 最終話
遊びの終わりは、いつも突然に。
僕は、ごく平凡な中学生、『佐田 元気』。
イジメっ子でもなければ、イジメられっ子でもない。
ただ、目の前で起こることに何もできず――安全地帯に逃げ込む、卑怯者なのかもしれない。
ある日、恐怖体験投稿サイトで見つけた“逆さ男”の方法を試した。
イジメっ子を撃退したはずが、僕は――いや、今は『佐田 ミキ』という女の子になっていた。
男に戻るためにもう一度逆さ男に会おうと頑張ってきたはずが、いつの間にかその気も薄れ……
でも、まさか僕に――ううん、私に、こんな出来事が待っているなんて、誰が想像できただろう。
絶望と戸惑いの中、私は、もうすぐ何かが変わる――そんな予感だけを抱えて歩き出す。
あれから月日は流れ、中学を卒業後、サキとは別の高校へ進学した。
ユリとナナとは同じ高校だったけど、僕達は普通?の女子高生生活をおくり、僕は高校を卒業した。
僕は、大学には行かなかった。 とにかく早く社会に出たかったという理由もあるけど、
実はまだ何をしたいかなんて、何にも決まっていない。
だから、目的も無く大学へ行っても、”遊びたいから大学へ行く”なんて思われても嫌だし、
とにかく、はやく何かの仕事に就きたかった。
とは言うものの、全然就職先が決まらなかった。
だって僕は、グズでノロマでオッチョコチョイ。
何をやっても上手くできないし、何をやっても裏目に出てしまう。
僕に合う仕事なんて……いや、こんな僕にでも出来る仕事なんてこの世に存在するのだろうか?
■禁じられていた遊び■
スマホの章 最終話
ミキは、とあるスーパーのアルバイトとして働いていた。
⋯━☞ミキの働くスーパー☜━⋯
ミキ:
「きゃあっ!」
バタバタバタバタ! バタァ~ン!!
ミキ:
「ひぃいぃ~~!! どどど、どうしよう~」
男子アルバイト生:
「あぁ~! ミキちゃん、またやっちゃったのかぁ~」
ミキ:
「ご、ごめんなさい!」
ミキは、相変わらず失敗ばかりしていた。
この日のメインである、1パック200円の客引き商品の卵を所定の位置に運ぶ途中、卵の台車のコマを電気機器の配線に引っかけてしまい、台車が動かなくなってしまった。
どうしても動かなかったので勢いをつけて台車を押したところ、コマが配線を乗り越えたと同時に台車は進行方向に転倒!
その台車に乗せられていた沢山の卵は、なんとも無残にも壊滅状態……
ミキ:
「ひぃ~~ん! なんで何時も、こうなるのぉ~?」
男子アルバイト生:
「仕方ないなぁ~もぉ! ここは俺が片付けてやるから、ミキちゃんは店長に報告してきなよ?」
ミキ:
「はい……怒られるかな?」
男子アルバイト生:
「そりゃ勿論、怒られるに決まってるだろう?」
ミキ:
「やぁあぁ~ん! どぉ~しよぉ~」
男子アルバイト生:
「そんな事言ってても仕方ないだろう? ほら、早く!」
ミキ:
「は……はい」
ミキは、店長に怒られる覚悟で、調理室の奥の事務室へと向かった。
ミキ:
「あ……あの、店長?」
店長:
「うん? なんだ?」
ミキ:
「……」
店長:
「あん? まさかその顔……また何か失敗でもしたのか?」
店長は、ミキがこの世の終わりの様な顔をして肩を竦めて怯えている様子を見て、ミキが何を言いたいのか理解した。
ミキ:
「は……はい」
店長:
「ったくもぉ~! で? 今度は何をやらかしたんだ?」
ミキ:
「じ、実は……あの……」
店長:
「なんだ、ハッキリ言ってみろ!」
ミキ:
「ビクッ!……実は……た……卵を……」
店長:
「卵? なっ!? まさか、客引きの為の卵を割っちまったのか!?」
ミキ:
「ドキッ!……は、はいっ! も、申し訳ありません!!」
店長:
「っかぁ~んもぉ~!!」
ミキ:
「……」
ミキは、両手を重ねて下腹の上に乗せ、髪を振り乱すように何度も頭を下げた。
店長は、左手を腰に当て右手で額をかき、必死に怒りを抑えている様子だった。
そして、ミキにこう聞いた。
店長:
「……それで? いったい幾つほど割ってしまったんだ?」
ミキ:
「ぜ……全部です」
店長:
「ぜっ……ずぇんぶぅ~!?」
ミキ:
「申し訳ありません!! 申し訳ありませぇ~ん!!」
ミキは、また何度も髪を振り乱しながら頭を下げ続けた。
だが今回ばかりは、流石に店長も、堪忍袋の尾が切れたようだった。
店長:
「いい加減にしろよ!!」
ミキ:
「ひっ!」
店長:
「此間は豆乳を落としてダメにしちまうし、その次はインスタントコーヒーを1ダースもダメにしちまうし、そして今日は、客引き商品の卵を全部割っただってぇ!?」
ミキ:
「ごめんなさい! ごめんなさい!!」
店長:
「もういい! 今までの無駄にした商品の分も弁償しなくてもいい!」
ミキ:
「えっ?……」
店長:
「もう来なくていいからな! 今までの給料は後で取りに来い! だがもう、君の手なんか要らない!」
ミキ:
「!!……」
結局、今回の失敗で店長をとうとう怒らせてしまい、ミキはスーパーのアルバイトをクビにされてしまったのだった。
ミキは、涙を拭いながら俯いて、トボトボと帰路につく。
ミキ:
「すん……すん……ぐすん! なんで私って、いつもこうなんだろう?」
何をやっても上手くゆかず、何をやっても裏目にでる。
そんな自分が嫌で仕方が無かった。
こんな調子じゃ、この先やってゆけないとさえ思った。
気が付けば周りは薄っすらと暗くなり、ミキは歩道橋の上に居た。
・⋯━☞夕暮れの中の歩道橋☜━⋯・
ミキ:
「はぁ……」
ミキは、歩道橋の欄干に腕を組んで手の上に顎を置き、大きな溜息をついた。
そんなとき、不意に後ろから声を掛けられた。
男性A:
「ねぇ君、どうしたの?」
ミキ:
「え?」
振り向いてみると、そこには大学生と思われる男が立っていた。
ミキ:
「……別に」
男性A:
「なんだか落ち込んでるみたいだね? もし良かったら、息抜きにでも一緒にカラオケしない?」
ミキ:
「……結構です」
男は、そう言いながらも下心があるような雰囲気を醸し出していた。
口が不自然に歪んで上がり、いかにもミキをいやらしい目で見ている様。
正直ミキは、気晴らしに遊びにでも行きたい気分だったが、まさか見知らぬスケベ野郎なんかと一緒に居ると、何をされるか分かったもんじゃないし、それにヤバイくらいに危険な臭いがした。
ミキは即答で断ると、その男を無視して歩き出した。
男性A:
「あ、ちょっと待ってよ! 別に変な意味で君を誘ったんじゃないんだしぃ~」
ミキ:
「……」
タッタッタッタッタ!
ミキは、それでも無視して走り出した。
ところが男も走ってミキを追い駆けてきて、ミキは簡単に捕まってしまう。
ミキ:
「きゃあっ! は、放して!」
男性A:
「なぁおい、何があったか知らないが、そんな凹んだ顔してると可愛い顔が台無しだぜ?
それにさ、いい事すれば君もきっと楽になれる。 そうすれば、悪い事なんかみんな忘れちまうさ!」
ミキ:
「い、いやよ! 放して! 放してってばぁ!」
男性A:
「いいから一緒に来いって!」
ミキ:
「ひぃいぃ~!」
ミキは、全身に悪寒が走った。
両手を握られ、必要以上に顔をくっ付けてくる男に恐怖した。
どんなにもがいても、男の手はミキの腕から放れなかった。
ミキは必死に大声を出そうとするが、恐怖のあまりに声が出ない。
どうやら男は、ミキを何処かへ連れ去ろうとしているようだった。
女のミキの力では、男の力には勝てない。 どうしようも腕が男の手から放れない!
絶体絶命!……
と、そのとき、別の男の声がしたかと思ったら不意に両腕か開放され、ミキは反動で尻餅をついてしまった。
男性B:
「やめろ!!」
フワッ……ドテッ!
(尻もちをつくミキ)
ミキ:
「いたっ!……え?」
男性A:
「何だお前は! 邪魔すんじゃ……ごあっ!」
男性B:
「何をしてんだ、このスケベ野郎!!」
ドゴッ! バキッ!
ミキ:
「!?……」
男性A:
「ごはっ! ぐへっ!」
ドタッ!
ミキ:
「…………」
ミキは、恐怖のあまりに直視できず、棒でシートを叩くような音だけが聞こえた。
何が起きたのか理解できず、その場に尻餅をついたままの姿勢で呆気に取られていた。
でも良く見ると、さっきミキを連れ去ろうとした男は、仰向けにひっくり返っていた。
そして、ヨロヨロとうつ伏せに身体を起こすと、左頬と脇腹を押さえて唸っていた。
間もなくすると、その男は唾を吐いて何処かへ逃げて行った。
男性A:
「ぺっ! 覚えてろ、この色付き野郎!」
タッタッタッタッタ!
男性B:
「ふん! 他愛の無い負け犬が!」
ミキ:
「……」
ミキは、逃げてゆく男を見ながら腕を組み、逃げてゆく男にそう言う男性を見て、ポカァ~ンとしていた。
そしてこのとき、初めて男性を相手にカッコいいと思った。
今までのミキには、有り得なかった感情だった。
いや、以前に一度だけこんな思いをした事がある。 中学のときにバレンタインチョコを送った男子生徒に……
だが今では、そんな事は想い出に過ぎない。
そして今、中学の時と同じように、その男性の横顔を見ながらミキの小さな胸はドキドキと激しく音を立てる。
男性B:
「君、大丈夫?」
ミキ:
「え?……あ、はい」
男性は、ミキにそっと手を差し伸べる。
ミキは躊躇いながらも、そんな男性の手を右手で取る。
男性は、優しくミキを抱き起こしてくれた。
男性B:
「怖かっただろう? でも、もう大丈夫だからね。 アイツは、逃げてった」
ミキ:
「あ、はい……あ、あり……ありがとう」
男性B:
「ふふ、大丈夫だよ。 もうアイツは居ないんだから」
ミキ:
「あ……はい……」
ミキは、助かったという安堵感と、その男性の優しさに吸い込まれそうだった。
それでも何とか自分を抑えようとするが、どうしても右手の力が抜けない。
男性:
「……大丈夫だからね? そろそろ手を放してくれないかなぁ?」
ミキ:
「えっ?……あっ! ご、ごめんなさい! ごめんなさい」
ササッ!
男性:
「あはははは! そんなに謝らなくてもいいよ。 それに、何もお礼なんてしなくていいからね」
ミキ:
「は、はい……」
ミキは慌てて男性の手から右手を放し、後ろに回して組んだ。
そしてまた俯き、男性の足元だけを見詰めていた。
ミキは、恥ずかしさのあまりに、顔を上げる事ができなかった。
ところが、その男性がミキの顔を覗き込んできて、思わぬ事を言うのだった。
男性:
「ん? あれ!? ミキちゃんかい?」
ミキ:
「えっ!?」
男性:
「やっぱり! ミキちゃんじゃないかぁ~! うっわぁ~久しぶりだなぁ!!」
ミキ:
「えっ?……えっ?……」
ミキは、何が何だか理解できなかった。
なぜこの男性が、自分の名前を知っているのだろうか?
ミキは、恐る恐る顔を上げて、その男性の顔を見てみた。
すると……
ミキ:
「ぇえっ!? と、藤堂君?!」
藤堂:
「そう! 思い出してくれた?」
なんと、ミキを助けてくれた男性とは、中学のときに一緒のクラスだった藤堂だった。
しかも、その藤堂とはミキの初恋の相手であり、中学を卒業するまでは密かに付き合っていた仲だった。
付き合っていたと言っても、一緒に図書館へ行ったり、映画を観に行ったりする程度だった。
それでも二人は楽しい日々を過ごしていた。 それに、お互いに好き同士だったのは理解しあっていた。
でも、卒業と同時に疎遠となり、今まで電話一本した事がなかったのだった。
その藤堂が、今この場所で自分の側に立っている!
ミキ:
「な、なんでぇ!? なんで藤堂君がここに?」
藤堂:
「なんでって、偶然だよ。 たまたまここを通りかかったら、女の子が変な野郎に絡まれていたから」
ミキ:
「そ、そうだったの」
藤堂:
「ところがさぁ、その女の子がミキちゃんだったとはねぇ~ 元気?」
ミキ:
「……えっふ……すん……すん……」
藤堂:
「うん? おっ?!」
藤堂は、あの頃と同じように優しかった。
今まで連絡一つしなかったのに、全然怒っていない様子だった。
しかもその藤堂が、今回自分を助けてくれたのだ。
ミキの小さな胸に、藤堂との楽しかった日々が続々と蘇る。
ミキ:
「わぁあぁあぁ~~ん! 怖かったぁ~~! 逢いたかったぁ~!!」
藤堂:
「!?……そうか。 ミキちゃん、今までにもずっと俺を想っててくれたんだ? 俺もミキちゃんを、ずっと想ってた」
ミキ:
「!!……わぁあぁあぁ~~~ん!」
実はミキは、今でも藤堂の事が忘れられなかった。
本当は、ずっと藤堂に逢いたかった。 そして今、その藤堂と逢うことが出来たのだ。
連絡先は知っていたのに、なぜか出来なかった。 1ヶ月が過ぎ、1年が過ぎ……
そんな事をしていると、いつの間にか月日はどんどん流れ、ミキの中の藤堂への想いは募るばかりだが、
藤堂が自分を想う気持ちは、どんどん遠ざかってゆくと思っていた。
たった電話一本。 中学のときにかけなれた番号を、スマホでひらい出せば全てが解る。 なのに、それでもミキは連絡ができなかった。
藤堂からの連絡も待っていたが、藤堂からも連絡は無かった。 実は藤堂も、ミキと同じ想いだったのだ。
もう藤堂は、別の誰かと付き合っていて、幸せになっているんだと勝手に思い込んでいた。
それならそれでいいと、自分一人勝手に心の奥底へ藤堂への想いを仕舞いこんでしまっていた。
でも、藤堂もミキを想っていたと言ってくれた。 涙が止まらなかった。
気が付いたら藤堂の胸に顔を埋めて泣いていた。
藤堂も、そんなミキを力強く痛いくらいに抱き締めてくれた。
ミキも藤堂にしがみ付く腕に、力がギュッと入った。
二人は、このとき初めて唇と唇を重ねた。
それと同時に、あのときスマホで呼び出した”逆さ男”に、”ありがとう”と心の中で囁いた。
ミキは初めて、自分が女である事を嬉しく思った。
そして、藤堂がミキに言った。
藤堂:
「ミキ、きっと幸せにしてみる。 俺と、結婚してくれないか?」
ミキ:
「!?」
ミキは、信じられなかった。
藤堂が自分に求婚している!?
でも、目の前の真剣な藤堂の眼差しが、これは現実だと認識させる。
藤堂のミキを抱き締める力が一瞬緩んだとき、ミキは口をそっと開いた。
だが、藤堂はミキが言おうとする事を阻むかのように叫ぶ。
ミキ:
「こんな私なんか……」
藤堂:
「俺、ミキが好きだ!」
ミキ:
「!!」
藤堂:
「もう二度とミキを放したくない! ミキを誰にも渡したくない!!」
ミキ:
「!!……」
藤堂:
「ミキー!!」
ミキ:
「んんっ!?」
藤堂は、ミキの唇に自分の唇を再び重ねた。
ミキは、何も声に出せないが、藤堂と唇を重ねたまま頷いた。
”YES”が確認できた藤堂は、ミキをお姫様抱っこで抱えて歩道橋を駆け下りた。
そしてミキと藤堂を乗せた車が、夜の街へと消えていった。
と、その時……。
カランカラン……
唐突に、ミキには何かの音が聞こえたような気がした。
ミキ︰
「はっ! 今、なにか聞こえた?」
藤堂︰
「いや? 何も……」
ミキ︰
「……そう。」
藤堂︰
「どうかした?」
ミキ︰
「うぅん! なんでもない!」
藤堂︰
「ふふ……じゃ、行こうか!」
ミキ︰
「うん!」
ミキの耳にだけ聞こえたのは、確かにあの神社の鐘の音だった。
その金を鳴らしたのは、あの「逆さ男」だったのかは、ミキにも誰にも分からない。
でもミキは、きっと逆さ男が祝福の意を込めて鳴らしてくれたのだと、今は思っている……
スマホの章、ここまで。
禁じられていたのは“行為”ではなく、心の中の勇気と一歩を踏み出す力だった。
迷いながらも進んだミキの道は、希望や愛に満ちた未来へと続いていく。
そして、あの逆さ男の祝福は、きっとまだどこかで見守っている。
読んでくださった皆さん、最後までお付き合い本当にありがとうございました。
この物語が、少しでもあなたの胸に温かさを届けられますように。




