第8話 愛の逃避行?
「タクミ様、お金は持っていますか?」
ダンジョンからの脱出を果たしたルナの第一声はお金だった。
「あ、そうだね。道案内のお礼にお金を払うよ。ありがとう、助かったよ。いくら払えば良いのかな?」
ルナ尻尾の動きがぴたりと止まり、かわりに首をぶんぶんとふって早口で答える。
「ち、違います! 私がお金を欲しいわけではありません! タクミ様は、見慣れない服を着ているから、買い替えた方が良いだろうし、食事代や、宿代を持っているのかな、と思ったんです!
ないならホブゴブリンウォーリアの魔石を換金した方が良いのですが、私が持ってギルドに売りにいくのはランク違いなので不自然かなと……」
「お金なら支度金をもらったから、いくらか持っているよ。だけど、どのくらいの価値があるのかわからないから、ついでに教えて欲しい」
僕はアイテムボックスから支度金の入った巾着袋を取り出すと中身をルナと共に数える。
「凄い……金貨が二枚も入ってる……後は銀貨が九枚と大銅貨が十枚だから……全部で三十万ロギーありますよ! これだけあればたくさん串焼きが食べられますよ! 良かったですね! ……じゃなかった。お金の価値ですね……」
ルナの説明によると、この大陸の共通通貨名は『ロギー』で、貨幣には下から順に、小銅貨(十ロギー)、中銅貨(百ロギー)、大銅貨(千ロギー)、銀貨(一万ロギー)、金貨(十万ロギー)、大金貨(百万ロギー)、白金貨(一千万ロギー)があるらしい。
パン一つの平均価格が中銅貨が一枚で百ロギー。串焼きも一本百ロギー。
庶民の生活では一日の食費が銅貨五枚〜銅貨十枚。その内容は銅貨五枚で、パン三つ、野菜スープ一杯、串焼き一本程度。現在のルナ達、貧民層では一日にパン一つ、スープ一杯。どうりでルナは痩せているわけだ。
庶民層には娯楽がないので、食費と宿代がほぼ生活にかかるお金になるらしい。余程裕福な家庭でない限り、服は一度買うと、擦り切れるまで同じ服を着るそうだ。予備が一着あれば良い方だとのこと。
最低限の宿は、ルナが今泊まっている雑魚寝の荒宿で、価格帯は一泊、中銅貨一枚(百ロギー)から。食事は出ない。
大部屋での雑魚寝を提供する宿で、清潔さや安全性は期待できないため、僕にはお勧めできないとのこと。貴重品と命の管理は自己責任だしね。
一般的な宿屋の価格帯は、大銅貨一枚(千ロギー)から銀貨一枚(一万ロギー)程度で、朝食のみついてくる場合が多い。個室か、数人での相部屋が基本。清潔さはそこそこで、盗難防止のために簡単な鍵がかかる部屋だそうだ。
頭の中で一ロギー=一円換算でざっくりと想定してみた。そう考えると、三十万ロギーは大金ではあるが、何かの事業を起こせる程のお金ではなく、食って寝るだけの生活で半年分程という事になるだろうか。
僕から日本での生活を奪い、突然この世界に連れてきた手切れ金の割には少ないんじゃないか?
もっとも、長生きさせるつもりがなかったのならば、破格の大金という事になるね。
「ルナ、僕は一日でも早くこの国を出たい。このゼニス王国にいると、どんな目にあわされるか、わかったもんじゃないからね。どの国に逃げるのが良いかな。そもそも他に国はあるのかな?」
「このアルテラ大陸には大小様々な国があります。ゼニス王国は大陸の東部にあり、内陸に位置する軍事強国です。東に行けば海に面したアクアポル国、ゴルショア国がありますが東に逃げるのはおすすめできません」
「どうして?」
「アクアポル国、ゴルショア国はいずれも小国で、近々ゼニス王国が軍事侵攻するんじゃないか、という噂があります」
「それじゃあ東は駄目だね」
「西に行けばゼニス王国と同格の、広大な森の国フォレル王国があります。フォレル王国の先にも大陸の大地は広がっていて、更に西へ行くための交通網も整備されているので、こちらに向かった方が良いでしょう」
「なるほど。ルナは頼りになるね、ありがとう!」
「いえ、そんな! みんなが知っていることですから!」
バッサバッサと、再び尻尾が高速で揺れる。
「一日でも早く、ゼニス王国を脱出したいということであれば、フォレル王国との国境の町行きの乗合馬車が出ています。
六日間の馬車の旅で、護衛付き、それなりの食事と宿付きで一人につき……金貨一枚もしますのでお金持ちしか乗れません。ですが、道中の安全が確保されて、最短日数で行けるので、この馬車の利用をおすすめします」
「うん、歩いて長旅なんかしたことがないから、そのほうが良いね。僕とルナの二人で金貨二枚か。それなら残りのお金と、魔石を売れば、フォレル王国でなんとか仕事を探すまでの間、食いつなぐことができるよね?」
「いえ! 私は後について徒歩で行きますよ! 金貨一枚もかかるのにとんでもない! おそらく馬車の十日後位にフォレル王国に着きますので、向こうで落ち合いましょう」
「え? もちろんルナも同じ馬車で行くんだよ。これは無駄なお金じゃなくて、必要経費だよ。それに、別行動したら向こうでちゃんと合流できるかどうか、わからないじゃないか。……もちろんルナがそこまで付いてきてくれる気があるならの話だけど……」
「ここに身寄りもありませんし、どこまでもお供します! ですが、私なんかのために金貨一枚もかけるのはいけません!」
「……ルナ、僕はね、この国が嫌いなんだ。王様からもらったこの三十万ロギーも、胸糞悪いからとっとと使い切って完全に縁を切りたい。ゼニス王国からもらったお金を、ゼニス王国から逃げる費用に使えば、なんとなく気味が良いじゃないか。ルナも使い切るのに協力してよ」
「協力ですか……」
「そう、早く縁を切りたいからね。ルナは気付いていないみたいだけど、情報っていうのはものすごく価値があるんだよ。僕の事情を多くの人に話すのは危険だから、全てを話したルナに協力してもらえるのは、とても心強いんだよ」
「わかりました! なんでも協力させてもらいます!」
「うん、良かった。ありがとう」
「……二人でお高い馬車に乗って、追手から逃げる……愛の逃避行……」
ルナがぼそりと呟いたのが聞こえた。ルナは面白いことを言う子なんだね。それって熱愛中の二人が駆け落ちするやつだろ? ちょっと違うんじゃないか?
えへへ、なんて気分良さそうに笑っているから、余計なことは言わずに、そっとしておいてあげるか。
「旅をする準備もしなきゃいけないね。僕は何も持っていないし、わからないから、ルナが見繕ってくれる?」
「はい!」
影の回廊ダンジョンの裏口を出て、ルナの道案内でしばらく歩くと町に着いた。ルナの鼻と尻尾に導かれるままに、まずは串焼きをたらふく食べて、新たに中古の服を買い、二人の身なりを馬車に乗れるレベルにまで整えた。
馬車の予約をし、旅の必需品と生活雑貨を買うと、今日はもう遅いのでそれなりの宿へと二人で泊まった。
ルナが護衛だからと譲らないので……二人で同じ部屋に泊まることに。
男と女で同室はまずくないか? という僕の意見は、パーティーで宿に泊まる時は、安く済ませるために同室が基本だというルナの主張に押し切られてしまった形だ。
いや、君が平気でも、僕が緊張してしまうんだけど……




