第74話 精算の劫火
「天より降り注ぐ聖なる光よ、不浄を洗い流す慈愛の雨となれ! 『聖光雨』!」
僕の『聖降』が生み出した清らかな陽光の粒子と、腐肉王の『腐界ノ号令』による暗黒のヘドロのような歪みが拮抗している隙に、美咲さんが神聖魔法でどんどんゾンビの集団を広域浄化していく。
「グブブブブ……オノレ……コレ以上我ガ民ヲ傷付ケルコトハ許サヌ」
腐肉王が左手を振ると、左右に控えていた獣の頭骨を被った屍の呪術師の部隊が一斉に魔法を詠唱しだした。
「ギギ……死セヌ肉ヨ、怨嗟ヲ糧ニ狂イ踊レ……『死肉の狂乱』!」
屍の呪術師が手にした骨の杖から黒い光が放たれ、王の周囲にいる親衛隊と思われる復讐鬼達に強化の魔法を施した。
腐肉王が更に左手を振ると、強化された復讐鬼の部隊が見事な隊列を組んでこちらに向かって進軍して来る。その進軍速度はゾンビとは雲泥の差だ。
「腐肉王はゾンビ達を消されて数を減らされる前に、私達をさっさと殺したいのかしらね?」
「なんか見事にロックオンされちゃって地獄の底まで追いかけて来そうだよね……Cランクの復讐鬼が更に強化された部隊か……まずいな百体はいるよ。ルナ、ここが引き際かな?」
「……いえ、ピンチではありますが……腐肉王の周囲が手薄になりました。逆に直接王を叩くチャンスでもあります。タクミ様、ゾンビキングの他に高ランクのモンスターはいますか?」
「ゾンビキングの前にいる怨嗟の処刑騎士がBランクだね。それ以外には見えている範囲にはBランク以上はいないよ」
「……タクミ様とミサキさんはゾンビキングを倒しきれると思いますか?」
ルナに問われて、美咲さんを見ながら答える。
「うーん……ゾンビキングにも効きそうなスキルはあるんだけど……ダンジョンから歪みを供給されてるみたいなんだよね。あれがあると倒しきれるとは……思えない……かな」
「……その繋がりなら……接近すれば、私が断てると思うよ」
美咲さんが力強く言い切った。
「それなら! 僕のスキルも近距離で使う必要があるけど……なんとかなりそうだ!」
「でしたら、こちらを目指すレブナントをぎりぎりまで引きつけて、メイとラヴィの足を活かしてゾンビキングを急襲しましょう。もしだめだった場合は、ゾンビキングから離れながら追いすがってくるレブナントを順番に各個撃破するということでどうでしょうか?」
「機動力を活かして勝負をかけるのね。良いんじゃない?」
「よし! それで行こう!」
話している間にもレブナント部隊がどんどん接近してくる。ステータス値の上昇と引き換えでの狂乱状態だというのに、一糸乱れぬ進軍というのは異様だ。ゾンビキングの統率力というのはとんでもないんだな……
こちらに走って来るレブナント部隊、その中で半数を占める槍装備の者たちが、一斉に投擲の構えを取った。
「今です!」
「「ヒヒーン!!」」
ドバババッッ!
走り出したメイとラヴィの素晴らしい加速で、放たれた約五十本の投槍はあっという間に後方へと置き去りにされた。
僕と美咲さんを乗せたメイとルナを乗せたラヴィは、レブナント部隊をかわすように半円を描きながら、ゾンビキングへと向かって猛スピードで駆けて行く。
「グブブブブ……」
左手を振るゾンビキングの合図で、レブナント部隊が一斉に転進して僕らを追い始めた。更に僕らとゾンビキングの間の空間へと、ゾンビやスケルトンたちがわらわらと集まり壁をなしていった。
薄く虹色に輝く馬鎧を装着したメイとラヴィに触れた低ランクのアンデッドモンスター達は、衝突の衝撃と共に一瞬で浄化されて逝く。
アンデッドモンスターの壁を抜け、空白地帯へと出た瞬間に、ゾンビキングの歪みが急激に膨張した。
「グブブブブ……――慟哭ヨリ生レシ風ヨ、我ガ絶望ヲ啜リテ、断絶ノ凶刃ト成レ!――」
ゾンビキングがかざした右手の指輪の赤い宝玉が不気味に明滅し、歪みが明確に形を帯びていく。
「いけない! ――闇を打ち消す聖なる光よ、我が祈りに応えて不変の盾となれ――」
「――『断絶の絶叫』!」
「――『聖護の盾』!」
禍々しく黒い魔法の竜巻が一瞬で発生し、僕らを飲み込んだ!
ギャイン、ギャイン、ギャイン!
竜巻の中で強烈な風刃が僕らを斬り刻む。だが、ほぼ同時に発動した美咲さんの魔法防御の神聖魔法がそれを防いだ。
「くぅ~!? 並みの攻撃魔法なら十発は耐えられるはずなんだけど……」
竜巻が収まった時には『聖護の盾』の魔法は同時に消えてしまっていた。
ゾンビキングの大魔法に足止めされた間に、また新たなアンデッドモンスターの壁ができており、置いてきぼりにしてきたレブナント部隊が刻一刻と迫って来ている。
「助かったよ美咲さん! 後もう少しでゾンビキングを仕留められる間合いに入るよ! 行こう!」
「はい!」
再び全速力で駆けだすメイとラヴィ。触れたゾンビ達は次々と消滅して逝く。恐れていたゾンビキングからの魔法の迎撃は……来ない。……同士討ちを避けているのか?
ゾンビキングの左右に展開している屍の呪術師の部隊の歪みが膨れ上がる。
「そうはさせないよ。『聖光』!」
ついにこちらからも攻撃の当たる範囲に捉えた僕は、一斉に魔法の詠唱を始めたゾンビシャーマン達を強力な聖光の光で浄化させて逝く。
「光よ、我が剣となりて理を刻め。不浄を断ち、聖なる道を開かん。――『聖十字光』!」
美咲さんから一直線に放たれた光が、ゾンビキングのところへ到達すると、ゾンビキングを中心にして十字を描いて爆発した。
ゾンビキングは大きくのけぞり、十字の線上にいたゾンビシャーマン達は浄化されて逝った。
倒せはしなかったが、美咲さんの強力な神聖魔法によりゾンビキングの歪みを大きく削り取った。このまま『聖降』の光に加えて聖光などで攻撃を繰り出し続ければ……
だが、その考えはやはり甘かったようだ。ゾンビキングの足元からズクズクと歪みが供給され、あっという間に元の状態へと回復していった。
「グブブブブ……オノレ……オノレ……オノレ……我ガ民ハ王タル我ガ守ル……民達ヨ集エ!」
周囲に展開していた半径五十メートル内のゾンビ部隊が、粘り気のある黒い光に変わったかと思うと、ゾンビキングに吸い込まれていく。
しばしの静寂の後に残ったのは、元の体より膨れ上がり身長五メートル程になったゾンビキングと、長大な断頭斧を振りかざす身長三メートル程の怨嗟の処刑騎士だけとなった。
距離のあるゾンビ達は、親衛隊のレブナント部隊をはじめ、僕らを目指して少しずつ集まって来ている。
「お二人はゾンビキングをお願いします! 怨嗟の処刑騎士は私が! 行きますよラヴィ!」
「頼む!」
「ブルルルッッ!」
怨嗟の処刑騎士を目指して駆けていくルナ。一騎打ちに応じるかのように咆哮を上げる怨嗟の処刑騎士。
「巧君! 私達も始めるよ!」
同士討ちのおそれがなくなったからだろうか、ゾンビキングの歪みが再び膨れ上がり、強力な魔法の詠唱を始めた。
「聖域展開・絶!」
美咲さんがスキルを発動させると、ゾンビキングの身体を中心にして極光の球体が現れ、まるで空中に浮かぶ虹色の檻のようにして閉じ込めた。
「外界と隔絶し、内側を強化した反転隔離結界だよ! 聖属性の攻撃なら外側から通るから、後は頼んだよ、巧君!」
ゾンビキングが放った氷と暗黒、二つの属性を纏った極大呪文が、虹色の球体表面でまるで吸い込まれるように無力化され、内側で虚しく爆ぜる。
「おおっ!?」
ゾンビキングが足元から供給を受けていたダンジョンの歪みは、聖域展開・絶にはじかれて行き場をなくして虹色の球体の外で霧散している。
今なら完全に浄化することができる!
「せいこう!!」
しかし何も起きなかった。
え!?
「あれ!? スキルが発動しない!?」
慌てて神眼で自分自身とゾンビキングを読み取ると、スキルを発動させるには聖力不足と書いてあった。『聖降』を使い続けていることに加え、ゾンビキングが周囲のゾンビ達を吸収したことで、必要な『聖力』つまり大元となる界理が僕の体内に不足しているようだ。
「くっ! せいりょくが足りない!」
このチャンスを逃したら一気に状況が悪くなってしまう!
……考えろ……考えろ!
「はっ!? あれを利用すれば!?」
秘策を思いついた僕は、一緒にメイに騎乗している美咲さんを見る。多重展開に加えてかなりの力を『聖域展開・絶』に込めている美咲さんは、すでに肩で大きく息をしていた。
だが、この方法なら界理的にも魔力的にも二人にとって上手くいくはずだ!
「美咲さん、僕に力を貸して!」
「いいよ。私にできることなら、なんだって――」
僕はメイに騎乗したまま、後ろから彼女の細い腰を強く抱き寄せた。
「ごめん、少し失礼するよ」
「ちょっと! ……あ……だめだってば! 巧君、こんな時にっ……なに、やってるの!?」
聖衣の内側に手を滑り込ませ、その中核――脈打つ心臓の直上へ右の掌を当てる。
循環し増幅されていくことで、触れた肌は火傷しそうなほど熱くなり、僕らの界理が激しく混ざり合い、共鳴を始めた。
ドクン、ドクンと二人の鼓動が同期し、視界が虹色の魔力で塗り潰される。美咲さんの甘い吐息が耳元を打ち、僕の意識は彼女の聖なる魔力の奔流に呑み込まれそうになった。
「……あぁ! 熱い! 凄く熱いよ巧君っ!……」
美咲さんの体を媒介に、僕の身体も熱で溶けそうな程に界理が高まり、体から溢れる虹色の魔力が目視できる程に漲っていた。――今なら、因果のすべてを焼き切れる――
「ありがとう美咲さん、おかげで準備は整ったよ」
美咲さんの熱を手のひらに感じながら、僕は正面の異形を見据える。
暴走寸前にまで活性化させた界理を、『整合』の意志へと変換し……
「聖劫!!」
聖域展開越しにゾンビキングの身体を貫き、虹色に燃え盛る火柱が天へと立ち登る!
「グアアアァァァ!」
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【聖劫】 ―― 不浄なる存在に蓄積された歪みを燃料とし、因果を焼き切る聖火を放つ能力。永劫の時を彷徨う虚偽の生命を強制的に清算させ、魂の浄化と解脱を促すことで、対象を本来あるべき界理へと還す。
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「グブブブブ……マダダ……マダ我ハ臣民ヲ……救エテオラヌ」
聖劫の炎に焼かれ、みるみる内にゾンビキングの身体から歪みが消失していく。
神眼に映し出されたゾンビキングの背景が、システム的なモンスターのバックグラウンドとしてのテキストなのか……それとも真に非業の死を遂げて、アンデッドへと界理を反転させてしまった哀しき王の成れの果てなのか……
「どちらかは僕にはわからないけれど……自我があるのであれば、せめて来世では穏やかに過ごしてくれ……」
天を突く虹色の炎は一際大きく燃え盛り、眩しいほどに強い光を一瞬放った。
「……感謝……スル……」
カツン、カツン……
ゾンビキングは完全に浄化され、二つのアイテムを遺して光と共に消えていった――




