第73話 腐肉の王
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腐肉王 ―― Aランクの固有個体。
かつては『慈愛の王』と国民に慕われたが、同盟国の裏切りにより愛する臣民もろとも虐殺された悲劇の王。その絶望と怨嗟は、死の淵で界理を反転させ、自らを歪みの源泉へと変えた。
転生後、わずか数日で仇敵の国中を「生ける死者の都」へと変貌させてなお、生者を呪い続けている。その飢えた復讐心はいまだ癒えていない。
生前の卓越した四属性魔法に加え、界理を歪みへと再定義する『暗黒魔法』を自在に操る。その叫びは死者を導き、その吐息は生者の希望を腐らせる。
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「腐肉王 、 Aランクの固有個体、四属性と暗黒魔法の使い手だ!」
神眼で読み取った情報を皆と満遍なく共有した。その間にもアンデッドモンスター達は着々と戦闘体勢を整えていく。しかも腐肉王からボトボトと崩れ落ちた腐肉は、新たなゾンビとなって蠢いている。
「無理はしないっていう方針だったけど……どうする?……Aランクだよ」
「でもこの状況ってさ……きっと本来はダンジョンのもっと深い階層にいたモンスター達が、第二階層まで上がって来てるんだよね?」
「迷宮氾濫だとしたら……いえ、もう間違いなく迷宮氾濫でしょうね。モンスター達が自分の階層に留まりたいという本能を越えて、地上へと溢れ出るまで……もうあまり猶予がない……かと」
「私はAランクモンスターと戦ったことがある……と言ってもあの時は和正君達の戦いを見ているだけしかできなかったけど。今の私なら……ちゃんと戦えるようになった今の私なら……自分たちだけじゃなく、宿場町の人達を守るための戦いもできると思うんだ。
巧君とルナちゃんには負担をかけると思うから、自分たちが本当に危なくなる前には撤退しなきゃいけないっていうのは……わかっているけど」
美咲さんが憂いを帯びた表情でとつとつと語る。その瞳には強い意思の光が宿っていた。ルナと顔を見合わせると、お互いに大きく頷きあった。
「僕もルナも同じ気持ちだよ。やれるだけやってみよう! 少なくとも数は減らしておきたいしね」
「私はタクミ様とミサキさんが、今、二人揃ってこの場にいることが奇跡だと思っています。『聖』に特化したお二人が力を合わせればきっと……」
「ルナもね! ルナがいないと僕らも上手く機能しないと思うから頼りにしてるよ。あ! メイとラヴィもね!」
「「ブルルルッッ!」」
「ありがとうルナちゃん。よろしくね! なにか作戦はある?」
「一番は、命を大事に……ですね。そのためにも地上へと帰還できる、この場所を守りきることが重要かと」
「わかった。撤退のタイミングはルナに任せるよ。どんなにひどい状況からでも、今まで生き残ってきたっていう実績があるしね」
「タクミ様と出会わなければ……影の回廊ダンジョンで詰んでいたと思うのですが……」
「運も実力の内っていうからね。それも含めてさ! それじゃあ美咲さん、ドカンと一発派手なのをよろしく! さっきからゾンビの群れに睨まれて鬱陶しいったらないよ」
「任せて! マナポーションでお腹がタプタプになるまでやってやるわよ! 聖域展開の範囲を限定して……浄化力を最大に上げて、と。いくよ! 聖域展開・浄!」
広範囲のゾンビの群れがまとめて虹色に淡く発光するドームに囚われ、一瞬ドーム内の光が強くなったかと思うと、全てのゾンビ達が音もなく光へと消えていった。
「おお〜!?」
「浄化範囲がますます広がりましたね!?」
聖女の固有スキル、聖域展開は、聖女の職業熟練度が上がったことにより、ますます磨きがかかったようだ。対となるらしい僕の界理と頻繁に循環させているのも、ちゃんと効果があるのかもしれない。
「あ……今のはちょっと張り切り過ぎたかも。展開中の聖域展開・界と、聖域展開・刻の方が薄くなっちゃった。これからの攻撃は神聖魔法主体の方がいいかな」
第二階層へと出る直前に、僕ら全員の装備はすでに美咲さんにより聖属性が付与されている。
「グブブ……侵略者メ……我ガ民ヘノ度重ナル狼藉……絶対ニ許サヌ。我ガ民ノ肉ト成リ……永遠ニ……我ガ王国ニ……尽クセ……グブブブブ」
腐肉王が、その巨大な右手をゆっくりと天に掲げた。その瞬間、平原の空気が凍り付くような錯覚に陥る。
「グブブ……『腐界ノ号令』……」
腐肉王の周囲に渦巻く歪みは、黒く濁った泥のようにドロドロと淀み、この階層の空気そのものを腐らせているかのようだ。そのヘドロじみた歪みが濁流のようにゾンビの軍勢に注ぎ込まれてれていった。
歪みを注がれたゾンビ達は、ただのゾンビはゾンビポーンへ、ポイズンゾンビは屍食鬼へ等と、一段階上の存在へと進化していく。
「うわぁ……何あれ!? ほんとにAランクモンスター?」
美咲さんの驚愕の声。
更に僕の神眼には、ダンジョンから供給されているのか、腐肉王へと足元から歪みが流れ込んでいるのが映っている。
「これは……相当まずくないか? 早いところ腐肉王を倒すか、こちらからも直接この空間を聖属性の力で押し込まなければ……じり貧もいいところだよ……『聖光』!」
「天より降り注ぐ聖なる光よ、不浄を洗い流す慈愛の雨となれ! 『聖光雨』!」
範囲を広げて拡散するように放った聖光の光と、美咲さんの神聖魔法の光の雨が降り注ぎ、広範囲のゾンビポーン達を消し去り、グール達を段階的に消滅させて逝く。
「グブブブブ……小癪ナマネヲ――天ヨリ滴ルハルカナル呪イヨ、闇ニ濡レシ暗黒ノ雨トナレ!『汚濁ノ雨』!」
腐肉王の掲げた右手から黒雲が湧き立ち、ゾンビ軍団の上空からどす黒い雨が滴り落ちると、神聖魔法で一撃死しなかったモンスター達がみるみる回復していく。
「軍勢に守られた強力な魔道士タイプって……反則だろ……」
「タクミ様とミサキさんは魔法やスキルでの攻撃に集中してください! 敵の攻撃からは、私が必ず守ります!」
ルナの声にハッとした僕は、迷わずステータス値を変更する。
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名前:徳本 巧
種族:人間
魂の位階:27 魔道士モード
筋力:1
耐久:1
敏捷:3
器用:3
知覚:10
知力:16
精神:16
運 :1
歪み耐性:1
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知力・精神にステータス値を集めたことで、扱える魔力が急激に増えた。僕の脳内に何かがカチリと嵌った感覚が訪れ――新たなスキルを創造する。
「聖降!」
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【聖降】 ――極めて純粋かつ清浄な界理を太陽に模して高密度で上空に創り出す能力。降り注ぐ神聖な陽光は歪みを浄化し、生者を活性化させる聖域へと空間を徐々に塗り替える。
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僕が叫ぶと同時に、黒雲に覆われた空に「新たな太陽」が現れた。純白に輝く神聖な界理の巨大な塊だ。
眩い陽光は細かな光の粒子となって平原へ降り注ぎ、黒く淀んでいた空気を、歪みを、一秒ごとに純白へと塗り替えていく。
ゾンビたちの肉体は降り注ぐ光の重圧に耐えかねて、徐々に腐肉王から注がれていた歪みが蒸発していく。
不浄を塗り潰す、圧倒的な聖の暴力。
「ま、また巧君が私のまねっこみたいな事を……」
「……ほら、僕たちは……」
「二人で一つでしょ!」
あきれとも照れともつかない声を上げ、美咲さんがポッと頬を染める。
「この聖降スキル、かなり魔力を持っていかれるね」
脳を焼くような熱さを感じながら、魔力切れを起こさないように早めにマナポーションを飲む。聖域展開を平気で多重展開している美咲さんの凄さを身を持って体感した。
「グブブブブ……オノレ侵略者メ、マタモヤ我ガ民ニ非道ナコトヲ強イルトハ……『腐界ノ号令』」
再びヘドロじみた歪みが濁流のようにゾンビの軍勢に注ぎ込まれてれていく。
「……それにしてもさっきから侵略者、侵略者って……僕たちの方が悪者なのか?」
「実際にダンジョンに侵攻して、攻略していますからね……しかしそういう考えを、ダンジョンモンスターが持つものなんでしょうか? 今まで聞いたことがありませんが」
ルナが復讐鬼の放った投槍を弾き飛ばしながら答える。
鑑定に固有個体って書いてあるから……腐肉王が特殊なのかも。
平原では僕の『聖降』が生み出した降り注ぐ陽光の粒子と、『腐界ノ号令』の立ち昇る暗黒のヘドロのような歪みが空中で激突している。バチバチと音を立てて互いに打ち消しあい、最初の様にゾンビが進化するようなことはなかった。
しかし、神眼に映る、腐肉王への足元から血管のように不気味な脈動を伴って流れ込む歪みは、依然として止まっていない。だが、その供給は過剰で腐肉王は悲鳴を上げているかのようにも感じられた。
僕たちと腐肉王の戦いは、聖と暗黒、二つの領域の奪い合いが勝利の鍵を握るのかもしれない――




