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第68話 疾走

 僕とルナを乗せたメイ、美咲さんを乗せたラヴィは、木の柵に囲われたモーギスの丘ダンジョンへの転移ポイントに到着した。下馬して手綱を引き、そのまま全員(・・)でダンジョン内へと乗り込んだ。


 僅かな浮遊感を感じた後、一瞬で視界が切り替わり、薄暗く陰鬱な空間へと変化していた。風がおどろおどろしく哭き、人魂があちこちで青白く発光している。


「うん、落ち着いているし、メイとラヴィは平気そうだね。巧君、二頭を神眼で見てくれる?」


 美咲さんに促された僕は、メイとラヴィの様子をつぶさに観察する。血圧、脈拍、体色の変化、ステータス上の状態異常……どれも悪い変化はない。歪み(ヴァル)に支配された空間である迷宮(ダンジョン)に入っても全く変わらず、二頭の健康状態は問題なさそうだ。


 魔馬は現実世界の歪み(ヴァル)に汚染された地域に適応した魔獣馬と普通の馬との混血で、元々メイとラヴィは魔獣の血を色濃く受け継いでいた。そして更にメイは『歪み耐性(大)』ラヴィは『歪み耐性』をスキルとして持っている。


「メイもラヴィもダンジョンに適応できてるみたいだね」


「良かった。第一段階突破だよ」


 美咲さんが、ほっと小さく息をつき、優しくラヴィの体を撫でる。


「メイとラヴィで探索時間を短縮するとは考えましたね、ミサキさん。魔獣使い(テイマー)がパーティーにいる場合、使役(テイム)した魔獣を連れて行くことはありますが、普通の魔馬だと歪み(ヴァル)に汚染されて死んでしまうので長期間のダンジョン運用は不可能ですからね」


迷宮の赤ちゃん(ベビーダンジョン)で歪み耐性スキルを獲得していたから、メイとラヴィならやれると思ったんだよね。あとはメイとラヴィが攻撃されないように守りを固めないと……」


 美咲さんは両手の指を組み、祈るような姿勢で魔力を練り始めると、美咲さんの魔力が虹色に輝きだした。


「聖域展開! ……あ、失敗だ。これじゃあ薄すぎる……聖域展開!」


 次々に魔力を練り上げてはスキルを発動する美咲さん。


「聖域展開! ……これだと範囲が狭すぎるし……」


 どうやら美咲さんの考えていたイメージ通りに、スキルを展開することができないみたいだ。


「聖域展開! ……地面に固定されちゃったかぁ……」


 ブツブツと呟きながら何度も試行錯誤を繰り返していき、時々近場に現れるスケルトンを、見張りをしてくれているルナが瞬殺していく。


「聖域展開! ……うーん、耐久性に問題あり……」

 

「……美咲さん、イメージ通りにいかないのは、出力が足りてないんじゃないかな?」


 神眼でずっと観察していた魔力の流れを思い出しながら、美咲さんへと告げる。


「出力かぁ……けっこう魔力を使っているんだけどね」


今の(・・)ステータスの中で、でしょ?」


「!? そっか! うーん……ホワイトプレイはできなくなるけど……うーん……自分が未熟なんだから……仕方がないか。今はダンジョン攻略の方が優先だし。よし! そうしましょう!」


「聖域展開は元々美咲さんに備わっていた固有スキルだから……自然に配分された各種ステータスポイントに戻した方がうまくいきそうな気がするんだよね」 

 

「なるほどね〜。……じゃあ……巧君……お願いします……」


 頬を染めた美咲さんが僕の右腕を手に取ると、手の甲にキスをおとし、そっと自分の胸元へと誘導する。


「……ん……」


 服の隙間から右手を侵入させると、しっとりとした肌を這い谷間を越えて豊かな膨らみへと至った。神眼でステータスボードを見ながら指先を操作し、美咲さんを整合する。


「……あ……うそ……なんでこんなに……」


 美咲さんの吐息が、僕の耳元で甘く震える。ステータスボードの数値を書き換えるたび、彼女の肌は粟立ち、薄暗いダンジョンの中でその首筋がじわりと汗ばんでいく。


 僕にそんな意図はないんだけど……美咲さんの声がとても官能的に聞こえてしまう。


 昨日、知覚大先生に強制的に開発されたのが響いているのかもしれないな……あ……だめだだめだ! 集中しなければ! ダンジョン内だしね。


「終わったよ」


「……はぁはぁ……えっち。……いけない手だね」


 さっきはキスされて迎え入れられたというのに……今度はつねられて怒られてしまった。


「ご、ごめん」


 いや、僕にはそんなつもりは全くないんだよ?


 美咲さんも歪み耐性スキルを手に入れているので歪み耐性のパラメーターは前回変えた1のままにして、その分を筋力・耐久・敏捷に割り振った。


――――――――――――――――――――――


名前:白石 美咲

種族:人間

魂の位階(レベル):51

筋力:10→4

耐久:10→4

敏捷:10→5

器用:9→6

知覚:10→10

知力:10→20

精神:10→20

運 :4

歪み耐性:1


――――――――――――――――――――――


 変更後は、一度も整合していない状態の時のステータスに近づいている。


「あ……なるほど。扱える魔力が全然違うね! これならイメージ通りにいきそうな気がするよ!」


 美咲さんは再び両手の指を組み、魔力を練り始めた。


「聖域展開・界!」


 美咲さんの身体を中心に虹色の煌めきが膨れ上がり、半径十メートルほどの半球(ドーム)が形成された。……いや、神眼でよく見れば、地面の下にも拡がっている。


「地面の下からアンデッドモンスターが湧き出てくるからね、球状に結界を張ったんだよ。『聖域展開・纏』に近い強度で私の身体を起点に展開しているから、よっぽどの高ランク個体じゃなければ、ほとんどが聖属性の結界に触れた瞬間に消滅すると思う」


「凄いですね……馬に乗って駆ければ移動要塞じゃないですか。このダンジョンでは私の出番はやって来ないのでは?」


「ルナは匂いでの広範囲の索敵と、美咲さんが完全に後衛のステータスになったから、いざという時の護衛もお願いね」


「そうでしたね。アンデッドモンスターしか出ないとは限りませんし」


 ルナのステータスは脳筋モードにしてある。僕も今は索敵目的で神眼モードを強化したステータスにしたし、いざとなれば自身のステータスはすぐに変更して脳筋モードでも対応できる。それに中距離、遠距離でも戦えるスキルを手に入れているので、パーティー内のバランスは取れているだろう。


「それじゃあメイ、ラヴィお願いね」


「「ヒヒーンッ!!」」


 二頭の首筋を優しく撫でながら美咲さんが頼むと、「任せておけ!」とでも言うかのように、メイとラヴィが元気よく嘶いた。


 ラヴィに騎乗した美咲さんの後ろにルナも乗り、僕はメイに跨がる。


 昨日までに探索した範囲を背にして、まずは同心円状の探索を完成させよう。


「ブルルルッッ!」


 二頭は初速から風のように駆け出すと、更にグングンと速度を上げていく。


「あ〜……う〜……ぼぁ〜……」


 次々に現れるゾンビの群れやスケルトンに構わず突っ込んで行くと、虹色の結界に触れたとたんに砂粒のように身体が崩れていき、あっという間に光となり消えていく。


「あっ、速さはそれぐらいで抑えて! これ以上速く進むとダンジョン内のヒントになる物を見落としてしまいそう」


 手綱捌きと共に声でもこちらの意思を伝えるときちんと言うことを聞いてくれる。なんてお利口さんな馬たちなんだ。

 

「ヒヒーン!」


 倒すつもりがなくとも、アンデッドモンスターは向こうから現れるので、勝手に倒されていき魔石を遺して消えて逝く。できるだけ時間をかけたくないので、F・Eランクモンスターの魔石はスピードを緩めずに放置して、Dランク以上のモンスターの魔石は拾うことに。


 メイの背から伝わる力強い衝撃が、心地よく僕を突き抜ける。視界の両端を、陰鬱なダンジョンの景色が後ろへ飛び去っていく。馬の蹄が地面を叩くリズミカルな音と、風を切る音だけが場を支配していた。


 二頭の活躍は目覚ましく、僅か三時間で二日分と同等の範囲の探索が終わってしまった。これで歩いて半日分の半径内の距離はくまなく探索し終わったことになる。


「ここから先はどうする?」


「ダンジョン探索の定石でいうと、フィールドタイプのダンジョンは外縁部に次の階層への転移ポイントがある場合が多いので、壁に突き当たるまで一直線に進んで行くというのはどうでしょうか」


 休憩を取りながらの僕の問いに、ルナが的確に答えた。


「良い案だね! 壁に当たったらそのまま壁沿いに一周してどんどん渦巻き状に中心に向かえば良いしね」


 美咲さんも頷き、その後の案を出す。


 休憩が終わり、魔馬たちが疾走する。道すがら現れる憐れなアンデッド達は、何をすることもできずに、ただ現れては消えて逝くのみだ。


「あっ、突き当たりですね!」


 一時間ほど魔馬で駆けた頃、ルナから上がった声にメイの速度を緩める。


 指差す先、遠目にはどこまでも続いて見える丘の風景が、近づくにつれて陽炎のように不自然に揺らぎ始めていた。


 さらに数メートル近付くと、その先の色はぷつりと途切れ、そこには虚空を断ち切る無機質な半透明の壁が屹立していた。

 

 壁は一直線に続いている。ここのダンジョンの地形はどうやら長方形に切り取られているらしい。休憩を取った後、壁を左手にして外縁部に沿って進んで行く。


 三十分ほど駆けた頃、疾走する僕たちの体温を、冷気が一気に奪い去った。

 

 気づけば、なだらかな丘は、見渡す限りの墓石の群れに取って代わられていた。神眼が捉える濃厚な歪み(ヴァル)の流れは、不気味な渦を巻いて地中深くへと吸い込まれている。


 地面からは死者の吐息のような霧が噴き出し、青白い燐光が、僕たちの周囲を旋回し始める。


 ――ズズ……ズン!!


 中心部にある、ひときわ大きく立派な墓石。その下の土が内側から激しく盛り上がった。


 土を撥ね除け現れたのは、大柄で鈍色に輝く、鋼のような骨格。そのスケルトンの眼窩に、不吉な赤い光が灯った瞬間、圧倒的な重圧が僕たちを押し潰した。


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