第58話 美咲さんと *
「「……」」
「「……あの!」」
「「……」」
ルナが「情熱的に交尾しろ」なんてけしかけたものだから、気まずいったらないよ。
……美咲さんも何かしら言われてきているのかな……
いつもなら冗談を言ったり豊富な話題で場を和ませてくれる彼女が、今は毛先を指でグルグルといじりながらおとなしく俯いている。
「……ルナちゃん……」
美咲さんがぽつりと呟いた。
「ルナちゃん……凄く良い子だね。私……ルナちゃんに大事なところで二度も救われたよ」
「え?」
「一度目はそう、ルボンドダンジョンで私が絶体絶命のピンチの時に巧君と一緒に助け出してくれた。あの時モンスターからだけでなく、機転を利かせてゼニス王国からも見つからないようにしてくれたね」
あの時か……モスグリーンとケモミミ変装のことだな。
「そういえば……あの時の巧君、すっっっごく格好良かったよ。私、ドキドキが止まらなくなって……胸が苦しくなるくらい……ときめいちゃった……」
はにかんで笑いかける美咲さんの嬉しそうな顔にどきりとした。美咲さんの形の良い唇から出る声が熱を帯び、こちらまで熱くなるほどだ。
「それでね……今も……ルボンドダンジョンで再会したあの時からずっと……胸がドキドキしっぱなしなの。ううん、日を追うごとにときめきは大きくなっていってる。……巧君のことを考えたり、一緒にいるだけで……とても幸せな気持ちになれるんだよ」
美咲さんの白くすらりとした指先が僕の手に触れる。
「だから……巧君にもっと私を見て欲しくて、触れ合っていたくて……色々とコミュニケーションをとってきたんだけど……巧君とルナちゃんはもう結婚の約束までしていたんだね……」
「……ごめん……僕とルナが婚約してると宣言して、すぐ側でいちゃいちゃしてたら美咲さんがパーティーに居づらいかと思って……なかなか言い出せなかった……」
「ううん、良いの……」
美咲さんが頭を振って僕の左手をぎゅっと握り、目を見つめてくる。
「だから私……二人に……ルナちゃんに迷惑をかけたくなくって、パーティーを抜けて一人で生きていこうと思ってルナちゃんに伝えたんだけど……」
「そんな!? そんな事をしたらすぐにゼニス王国に連れ去られてしまうよ!?」
「ふふっ、心配してくれるんだ? ありがとね」
そりゃあ今、美咲さんが無事で居られるのは僕の【制交】スキルのおかげだと言っても過言ではないからね……それだって、距離が離れてしまうとどうなるかわからないから……
「でもね、ルナちゃんが……出ていくことないって言ってくれたの……二人で巧君を一緒に支えようって言ってくれた……」
「ルナが……」
「ルナちゃんに……背中を押してもらったの。自分の気持ちに嘘をつかなくていいんだよって。……だから私、今ここに、自分の意志で立ってるよ」
潤んだ瞳が、僕の視線を逃さずに射抜いている。震える肩、そして僕の左手に絡められた指先から美咲さんの熱い鼓動が伝わってくる。
「巧君……私を、巧君のお嫁さんにしてください」
心臓がこれまでにないほど強く、重く跳ねた。
……ルナに言われるまでもなく、僕も……
喉の奥が熱い。返事をしようにも、声が震えてしまいそうだった。
「美咲さんの気持ちはとても嬉しいし、美咲さんのことは僕にはもったいないくらい、とても魅力的で素敵な女性だと思ってるよ。……でも……僕は先にルナを愛すると誓ってしまった。ルナのことが一番大事だ。そんな僕でもいいの?」
「今はそれが当然だと思う。……私のことが一番好きだと言われたら……むしろ幻滅しちゃってたかもしれない。でも今は、なんだよね? いずれ……ううん、近い内にルナちゃんと同じくらい好きって言わせてみせるからね! 私、自分の魅力には自信があるんだよ?」
美咲さんがくすりと笑いながら、明るく言う。
「……それで? 私が一大決心して気持ちを伝えたのに……返事はくれないのかな?」
僕の想いをすでに見透かしているのか、小首を傾げて拗ねたように言う美咲さん。愛情たっぷりの可愛いらしい仕草が、どうしようもなく愛しく感じた。
握られた美咲さんの手に、自分の右手を重ねると彼女の潤んだ瞳を真っ直ぐに見つめ返した。カラカラになった喉の奥の熱さをねじ伏せ、こちらからも改めて美咲さんにお願いする。
「日本にいた時も含めて、美咲さんと一緒にいる時間は凄く心地よかったよ……これからは同じ時を過ごして、もっともっと君を幸せにしたい。美咲さんは僕にとってかけがえのない大切な女性だ。……僕は美咲さんのことも一生、全力で守り抜くよ……だから……僕のお嫁さんになってください」
僕がそう口にした瞬間。
美咲さんの瞳から、堰を切ったように涙が溢れ出した。
「……っ、……ぅ、ん……っ!」
さっきまでの蠱惑的でありながら凛とした「大人気女優」の面影はどこにもなかった。
美咲さんは顔を真っ赤にして鼻をすすりながら、僕の胸に勢いよく飛び込んできた。
折れそうなほどの細い腕が、ぎゅっと僕の背中に回される。
「……よかったぁ……断られたら、どうしようかと、思ってた……っ」
僕の胸元で、彼女の震える声がこもって響く。
「……美咲さん」
僕は彼女の柔らかい背中に手を添え、力を込めて抱きしめ返した。その瞬間、最近お馴染みになった美咲さんのふわりと甘く清らかな香りに包まれる。
「巧君……大好き。大好きだよ……」
何度も、呪文のように繰り返される愛の言葉。くすぐったく感じるその言葉を防ぐように口付けると、優しく吸い返されお互いに啄むようにキスを繰り返す。
お互いの舌が絡み合いだんだんと激しくなると、ドクドクと、耳の奥で自分の鼓動が早鐘を打つのがわかった。
「ぷはっ………巧君……少し待っててね」
衣擦れの音と共に、美咲さんの手が震えながら小さな瓶を掴み上げた。キュポッ、と音を立てて蓋が開かれる。
小瓶からは、陶酔を誘うような微かに甘い香りが漂ってきた。
「それは?」
「ん……避妊薬だよ。色々あってね、ルナちゃんと約束したんだ……」
美咲さんは僕の視線を真っ向から受け止めると、細い首を反らせて、一気にその液体を喉へと流し込んだ。
嚥下するたびに上下する、白く華奢な喉元。
飲み干した後、ぷはっと小さく吐き出された熱い吐息が、僕の頬をかすめていった。
「……お待たせ、巧君」
そう言って微笑む彼女の唇は、湿り気を帯びた光沢をたたえて、ランプの光を反射していた。わずかに口元に残った雫を指で拭い、僕を上目遣いに見つめてくる。
目の前で顔を真っ赤にして僕を待つ美咲さんを見ていると、一秒一秒が永遠みたいに長く感じられた。
美咲さんの覚悟に、僕も全力で応えなきゃいけない。震える彼女の手を取り抱きしめると、シーツの上に優しく押し留めた。
「ルナちゃんから、巧君はすんごいって聞いちゃったんだけど……私、初めてだから、お手柔らかに……ね?」
可愛らしいお願いに、僕はたまらず……彼女の細い肩を引き寄せ再び熱いキスを交わしながら、美咲さんに愛を刻んでいった――




