第6話 ルナ(ルナ視点)
――Side ルナ――
私の名前は牙狼族のルナ。誇り高き牙狼族族長の孫娘にして――落ちこぼれだ。
私は何故か、狼獣人の種族特性である、『筋力、体力、俊敏』がいっさい成長しませんでした。幼い頃から、そして成人してダンジョンに潜るようになり、ダンジョンモンスターを倒して魂の位階が上がっても、狼獣人として必須の能力はまったく伸びません。
代わりに、魔素や魔力を運用する、魔法使いの素養として一番大事な『知力、精神』はめきめきと上昇しました。――獣人は魔法が一切使えない種族だというのにです。
私の取り柄と言えば、何故か生まれ持った人並み外れた回復力の高さと、せめて技術だけは人並みでありたいと、血反吐を吐きながら習得した、部族に伝わる武術のみです。
牙狼族の人々に蔑まれ続け、力に憧れた私は、狼獣人の伝承にある伝説の『真狼』になるべく、今日も仲間たちとダンジョンに潜ります。
『真狼』は狼獣人でありながら、並外れた魔力を纏い、あらゆる獣人の頂点に君臨する存在だったそうです。
真狼は並外れた魔力の持ち主。ただその一点が私と似ているということだけが、落ちこぼれの私の精神を保つ唯一のアイデンティティです。――私の誇りを取り戻すには真狼しか……誰に現実を見ろと笑われようとも、諦めるつもりはありません。
ギルドのある都会に出て来て、数カ月前にパーティーを結成しましたが、当然のように私は最初、誰からも必要とされませんでした。現在のパーティーメンバーは、私同様にどこかしら問題のある獣人達の集まり――要するに落ちこぼれパーティーでした。
それでも私はパーティーメンバーと共に上を目指すべく、必死に頑張っていました。私の役割は盾役。怪我をしても治りが早いということで選ばれています。
そんな日々を過ごしていたある日、いつも潜っている『影の回廊ダンジョン』でイレギュラーが発生しました。
いつものように分相応に、浅層で仲間と共にモンスターを狩っていると、扉の向こうから、突如としてDランク上位モンスターのホブゴブリンウォーリアが現れました。しかも、単体ではなくゴブリンスカウト五体を従えて。
ゴブリンスカウトは単体ではEランクだけど、連携が得意なので五体もいればDランクモンスターに相当します。
対して私達は、全員がFランクの駆け出しパーティー。この時点でパーティーの全滅を覚悟しました。
ところが、パーティーリーダーのハイエナ獣人のブッチが、全滅を避ける名案を閃いた――そうです。
ゴブリンはメスに異常に執着する――「その習性を利用して逃げる!」と、叫びつつ、ホブゴブリンウォーリアの方に私の背中を突き飛ばして、他の三人と共に逃げ出しやがりました。
ブッチの口癖だった『合理的な判断』を実践しやがったのDEATH。私を生贄にして。
私は彼らのことを似た境遇にある仲間だと思っていましたが、彼らにとっての私は違っていたようです。力が足りないタンクだったので、要するに使い捨ての肉の盾だったのでしょう。悔しすぎて涙も出ません。
ホブゴブリンウォーリアの強力な横薙ぎの一撃をくらい、なけなしのお金をつぎ込んで新調したばかりの、小丸盾『バックル君1号』が粉々になり、私の身体は遥か後方まで吹き飛ばされました。
結果的にはそれが良かった。吹き飛ばされたことで、運よくゴブリン達の囲みを突破できたのです。
慌てて逃げる私を追って、最も近いゴブリンスカウトがまず私に迫りました。が、一対一なら私の剣術でかろうじてなんとかなります。
ホブゴブリンウォーリアからくらった一撃のダメージもあり、満身創痍になりながらもゴブリンスカウトを倒して、ひたすら逃げていると、人間の男が道をふさいで待ち構えていました。
しかも、あろうことか狼獣人である私のことを人面犬と呼び、モンスター扱いです!
なんて失礼な人間なんでしょうか!
ものすごく腹がたちましたが、それどころではありません。初級ダンジョンにいるぐらいなので、この人も対した実力はないのでしょう。
早く逃げるようにと、一応警告して足早に立ち去ろうとしましたが、ついにゴブリンスカウトに追いつかれてしまいました。
ところがこのお兄さんは、人間のくせに夜目が効くのか、真っ暗闇のこのダンジョンの中で的確に立ち回り、私と協力して難なくゴブリンスカウトを退治することができました。
このお兄さん、「ケーサツにつき出す」とかわけのわからないことをいう変な人ですが、結構やるじゃないですか。強い人は好きですよ。かなり印象が良くなりました。もっとも、私のことをモンスター扱いしたので、まだ印象はぶっちぎりのマイナスですけどね。
などと馬鹿げたことを考えて、時間を浪費したのが良くなかった。
ホブゴブリンウォーリアの足音が迫って来るというのに、先程の戦闘で右足首を壊滅的に痛めてしまいました。これでは走ることができません。
もはや覚悟を決めて、一矢報いて華々しく散る他ありません。
私が巻き込んでしまって、お兄さんが死ぬことになるのはのは申し訳ないので、先に逃げてもらうように伝えたところ……「女の子をおいて、自分だけ逃げるわけにはいかんでしょう」と言われてしまいました。
ぶーーーーっちっ!!!
仲間だったブッチのクソ野郎とのあまりの違いに、胸が熱くなり、不覚にも涙がこぼれてしまいました。
しかもこのお兄さん、槍を持つ手が震えています。きっとホブゴブリンウォーリアに怖れをなしているのでしょう。それでも……それなのに私を置き去りにして逃げることなく、私を庇うように守ってくれています。
こんなの……ないよ……私、こんなに大事にされたことなんかない。
お兄さんだけを死なせるわけにはいきません。私もホブゴブリンウォーリアの隙をうかがって、命懸けで活躍して見せます。
ホブゴブリンウォーリアと剣戟を交わしたお兄さんの動きが、突如見違えるほどに良くなりました。死線をくぐることによって、何かのスキルに覚醒したのでしょうか?
あのホブゴブリンウォーリアが、手も足も出ないでダンジョンの床に転がされ続けています。
チャンス!
私はホブゴブリンウォーリアの首にショートソードを突き入れましたが、硬い皮膚と筋肉に阻まれて致命傷を与えるには至りませんでした。
ですが、お兄さんがあっけなくホブゴブリンウォーリアの首を突き刺し、とどめを刺してホブゴブリンウォーリアは魔石と剣を遺して消えました。
「生きてる……私、生き残れたんだ……」
あの絶体絶命の状況が嘘のように消え去り、代わりにとんでもなく強く、義侠心に溢れた素敵な人の笑顔が残りました。どうしましょう。私、さっきから胸がときめいて、このお兄さんの顔をまともに見れません。このダンジョンが真っ暗闇で良かった……
「ルナ大丈夫? 足、怪我しているんだろ? 僕が応急処置するから診せてみなよ」
私は慌てて手をふって断ります。今体に触れられたりしたら、この胸の高鳴りが伝わってしまうかもしれません。……それはなんだか恥ずかしいのです。怪我はペロペロして唾をつけとけばそのうちに治りますから。
「あ……」
断ったのに、黙々と治療をしてくださいました。なんと優しい方なのでしょう。ますます胸の奥の熱い想いが高鳴ります。……魅了のスキルですか? いえ、違いますよね。わかっています。この人からは、とても良い匂いがしますし。
幸い私のドキドキは伝わらず、恥ずかしい思いをすることはなかったようです。
「はい、これで大丈夫。しばらくは安静にしてね」
「命を助けてもらったうえに、怪我の手当てまで……ありがとうございます。このご恩は一生忘れません! あの……良かったらお名前を教えてもらえますか?」
「ああ、ごめん。まだ名乗っていなかったね。巧だよ。徳本巧」
「タクミ……様」
なんて素敵な名前……
「ははっ、様はいらないよ。大袈裟だなぁ」
「いえ! 命の恩人に敬意を払うのは当然のことです! 犬人種は特に恩義を大切にします。ご迷惑でなければ、助けてもらったこの命、一生従者としてお仕えしたいぐらいです!」
どんな形でも良いので、一生お側にいたいです。なんならご主人様と呼びたいぐらいです。私の犬人種の本能が叫んでいます。駄目だと言われても勝手に憑いていきますからね!
「いや、大袈裟だって。命の恩人と言うなら、僕にとってのルナもそうだよ。僕一人だと、最初のゴブリンスカウト? あいつらに殺されていたと思う。それでも恩をっていうんだったら、少しの間でいいから、僕の知らないことを色々教えてくれないかな?」
人の一生など刹那のようなもの。『少しの間』とは今後の一生涯のことでしょう。きっと。たぶん。絶対。
「はい! 喜んで!」
私もタクミ様の恩人なんですって。タクミ様は奥ゆかしいですね。それとも照れ屋さんなんでしょうか。どう考えても私が助けられたんですけどね。そんなところも、なんだかかわいく感じます。
早速質問してもらえました。何でも答えちゃいますよ!
「歪みがどうのこうのって王様が言っていたな……それじゃあダンジョンってどういうこと? 僕はトンネルを越えて『歪みのない街』という所に向かっていたはずなんだけど……ここは一体どこなの?」
え!? そんな馬鹿な!?
『歪みのない街』に向かっていた!?
「ダンジョンは世界の根幹となる『界理』が乱れ変質して産み出された『歪み』が凝縮した場所です。階層が深まるにつれて歪みの濃度が増し、出現するモンスターはより強力になります。
ここは『影の回廊』という初級ダンジョンです。出てくるモンスターのランクは低いのですが、初級といわれつつも、待ち伏せ、暗殺タイプのモンスターが多いので、私達みたいな鼻の効く獣人以外には人気のないダンジョンなんですよ……そして……『歪みのない街』とは死後の世界の事です」
「死後の世界? それってどういうこと?」
「……『歪みのない街』『歪みのない場所』などと呼ばれていますが、いずれも私達にとっては、安らぎに満ちた死後の世界だと言い伝えられています……」
「つまり……僕はここで死ねって言われていたってことなのか?」
先程、王様という単語がタクミ様から出てきていました。私の大切なタクミ様を、ダンジョンモンスターを使って殺そうと画策していた事に、怒りで全身が震えてしまいます。
ゼニス王国、許すまじ!




