第57話 群れの掟(おきて)
突然女子会をしたくなったのか、ルナが美咲さんを連れ出してしまった。
そういえば迷宮都市ルボンドでもミケさんと定期的に女子会をしていたな。女の子だけでしたい話もあるだろうから僕はいつものルーティンをやっておこう。
一人ぽつねんとスキルの可能性を模索したり、柔道と狼牙封禍拳の型稽古をやっていると、ルナが帰ってきた。
「あれ? 美咲さんは?」
「ミサキさんはまだやる事があるので後で戻って来るそうですよ」
「ふ〜ん? そうなんだ?」
「女の子には準備が必要なんですよ?」
準備? 寝る準備ならいつも一緒に部屋でしているけど……
「は〜、やれやれです」
なんだかよくわからないけど、ルナが芝居がかった動作で仰々しく肩をすくめて頭を振った。
「タクミ様……」
「なに?」
「あなたはマーキングされています!!」
「はぁ?」
左手を腰に当て右手の人差し指でズビシっと僕を指差した! なかなかの決め顔だ。かわいい。
「ミサキさんがタクミ様にマーキングしていることに、鼻の効くタクミ様なら気付いているでしょう?」
「マーキング?」
「毎晩私と一緒にタクミ様のお顔をマッサージしているのですよ。それはそれは愛おしそうに」
美咲さんの匂いが日に日に強く感じてきていたのは……やっぱり気のせいじゃなかったか……
「それ即ちマーキングです! マーキングされているのに拒否をせず毎日受け入れるということは……」
ということは……?
なんだか今日はやけにもったいぶるな?
「二人は交尾の準備が完了したということ!」
「ブフゥー!」
ルナが帰って来たので飲み始めたお茶を全て吹き出してしまった。
「……汚いですね」
手拭いで顔を拭くルナ。
「ゴホッゴホッ! ……ごめん、いまなんて?」
「……まったく揃いも揃ってあなた方は……いえ、これはある意味タクミ様の為に頑張る私へのタクミ様からのご褒美なのでは…………こほん! いいですか? タクミ様とミサキさんは狼獣人の習わしでは現在愛が溢れている状態にあります! 速やかに情熱的な交尾をしましょう!」
「いや、飛躍しすぎだから!!」
「何をおっしゃいますか。獣人ではなく普通の人種族が、愛してもいない方を舐めたりすると思いますか?」
ぐぅ……ルナの時にもブルのアニキに言われたな……
「いや、だって!? まさか美咲さんが僕のことを好きだなんて、そんなことはないと思うけど。だって美咲さんは地球では数百万人の人々に愛される大人気女優なんだよ!?」
「はぁ〜……タクミ様、そういうところですよ?」
どういうところだよ!
「例え一千万人に愛されようと、ミサキさんの愛のゆくへは全てタクミ様に注がれています!」
再び僕をズビシっ! と指差して宣言するルナ。
「まあ、私が言うのはなんですし、本当の想いは本人の口から聞いてください」
「いや、例え……万が一美咲さんが僕のことを好きだったとしてもだよ……僕が愛しているのはルナなんだ!」
「ありがとうございます。とっても嬉しいです。幸せ過ぎてこのまま死んでもいいくらいです……ですがまだ足りません」
「え!?」
これ以上なんて……ないよ!?
「私がタクミ様に求めるのは、たった一人私だけへの愛ではなくもっと大きな愛! そう群れの主となっていただくことなのです!」
「えぇ!?」
ルナだけを生涯愛すると決めているのに!?
「手当たり次第とはさすがに言いませんし、タクミ様の性格では無理だと思いますが、せめてタクミ様のことを好きだと思いを寄せる方達のことは受け入れてください」
「でも……」
「『据え膳食わぬは狼の恥』……私が母様から教わった格言ですよ」
なんだその格言は?
「人格に問題がある人をハーレムに入れるわけにはいかないので、そういう方には遠慮していただきますが……タクミ様は私の伴侶となってくださるのでしょう?」
「もちろん!」
「ではタクミ様は私がどこかの男に連れ去られて陵辱されても平気ですか?」
「え!?」
「狼獣人を含めたハーレムを築く多くの獣人族にとって、一夫多妻は当たり前のことなのです。一夫一妻である者は力がないから一人しか妻を娶れない者であると思われ、より野性的な獣人からの略奪の対象となります。逆にいうと圧倒的力を示す事のできない者が妻を一人しか娶らないということは……大変危険なことなのです」
「……」
「タクミ様の潜在的な力は底知れません。どこまでの力を得られるか、私としても将来がとても楽しみです。そんなタクミ様に付いていく為に、私も日々精進しなければと思っています。ですが、今はまだその時ではありません。力ある者に目を付けられたら最後です」
確かに……仮にブルとモヒーのアニキに力ずくで迫られたら……アニキたちの圧倒的な威圧感を思い出し、背筋に冷たいものが走る。
……彼らは絶対にそんなことはしないけど……
「いいですか、タクミ様。私のことを心から愛してくれるなら、ミサキさんのことも同じ分だけ愛してください。『順番などなく皆大好き』これが狼獣人の夫婦円満の秘訣ですよ? タクミ様も私の伴侶となるならば立派なオオカミになってください」
「……ルナは嫉妬したりしないの?」
「私が出会ってから今日までミサキさんに抱いていた感情は、『ミサキさんなかなかやりますね』と『いいぞもっとやれ!』でした。ヘタレのタクミ様を意識させるにはちょうどよい加減だったのではないですか?」
「ヘタレって……」
「あれだけ精一杯アピールしていたのに、発情期でどうしようもなくなるまで、私には手を出してくれませんでしたよね?」
「うっ……それは……」
「だいたい何のために、私が一人部屋を余計に取り続けていたと思っているのですか?」
「ゼニス王国の追っ手対策でしょ?」
「初めは追っ手対策ですが、途中からはタクミ様とミサキさんがいつ発情しても良いように、という私からの配慮ですよ? 最初くらいは二人きりの方がスムーズにいくでしょう?」
「そうだったのか……」
「だいたいですね、狼獣人は性欲が強いって教えてあったでしょう? それなのに放置されて、私はプンプンですよ?」
「ご、ごめん」
腰に両拳を当てて、私怒ってます! のポーズをとるルナ。少し怒った顔も可愛らしい。……が、これは後で干からびるまで搾り取られる予感しかしない。
「群れの中に入っている人相手には嫉妬はまったくしませんよ? タクミ様のことが大好きな者同士、仲良くしていきたいです。ただし……もし万が一タクミ様が群れの外の女の子に手を出したりしたら……私はどうにかなってしまうでしょう……今、少し想像しただけで嫉妬の炎で焼き尽くされてしまいそうです」
オールフリーではなく明確な線引きがあるらしい。
「例えば花街の女の子相手だったとしても……タクミ様がそういう匂いで帰ってきた日には……タクミ様のことを食べてしまいそうです」
「……性的に?」
「物理的にです。大事なところを噛みちぎって食べちゃいます。そうして私だけのものにしちゃう気がします」
ルナの焦げ茶色の瞳が、一瞬だけ野性的な光を宿して細められた。
ぞぞぉぉぉ!?
怖っ! ルナこっわ!?
思わず両手で局部を押さえ、無意識の内に息子をガードしてしまっていた……冷や汗が止まらない……
「そ、そ、そ、そんなことは、しないよ」
「そうですよね、私達がいたら外に女を作るなんてしなくて良いのかなと思いますよ。そういうお相手ができたら、まず最初に私達の群れに入れてあげてくださいね、タクミ様?」
こてん、と首を傾げてニッコリ笑うルナの目が怖い。さっきの発言は絶対に本気のやつだ……浮気をする気はないけど、泣き別れになることがリアルに想像できてしまい、○がヒュンってなってしまった……もはや僕にできることといえば、高速で首を縦に振る首振り人形と化すのみ。
「タクミ様が内心どう思っていたとしても、ハーレムの女の子の扱いは生涯にわたって、平等に愛しなければいけませんよ? そうでないと不満が溜まって、いずれ刺されたり噛みちぎられたりするかもしれませんから」
僕は冷や汗を拭いながら、目の前の愛らしくも恐ろしい『伴侶』を見つめた。
……ここは異世界ヴァラリア。愛する女の子を奪われず、そして……僕自身の『大事なところ』を守り抜くためにも、僕は彼女たちが誇れるような、強くて公平なリーダーになる以外の道はないらしい。
「私はこれから付近の情報収集に外へ出ます。その後、今夜は一人部屋で寝ますので私のことは気になさらないでください。……それではタクミ様、良い夢を……」
言いたい放題のルナは、実にスッキリとした顔付きで立ち去って行った。
コンコンコン……ガチャ。
「おかえり……美咲さん……」
「……巧君……」




