閑話 一方その頃ゼニス王国では① ―軍事侵攻計画の頓挫―
――Side ゼニス国王――
「聖女ミサキはまだ見つからぬのか?」
「依然として行く方はわからないままでございます」
他の延臣を下がらせ二人きりとなった王の執務室で、やつれた顔をした宰相が答える。だが、わからぬまま、という答えだけでは仕事をしているとは言えぬ。重厚な扉が閉ざされた後、室内は時計の針の音が不気味なほど大きく響いていた。
「宰相、我が国の悲願である海を手に入れるまで、あとほんの僅か。残るはアクアポル国が国境を越えて我が国の村を襲ったというきっかけさえあれば良かったのだぞ」
「私が立案いたしましたので、もちろん存じております。東の海と港を得る事ができれば、ゼニス王国はこのアルテラ大陸の東部一帯にて、抜きん出た強国となります。
国境を越えて村を焼き討ちしてくるアクアポル国の兵士、という筋書きに従って、そちらの仕込みもすでに万端に整っております」
「我が国が先に襲われた、という大義名分をもって国境での紛争では終わらせず、アクアポル国を電撃的に制圧する! そしてその勢いに乗ってゴルショア国も我が国の版図とするのだ」
「アクアポル国と開戦すれば、同盟関係であるゴルショア国も釣れるでしょう。二カ国とも所詮は弱国。圧倒的武力にて速やかに戦闘を終わらせる……はずでしたが……」
「ルボンド迷宮の完全攻略で武威を高め、『古代遺物』を手に入れ、聖女ミサキの能力で魂の位階を大幅に上げて武力の格差を更に大きくする……全てが順調であったというのに、化け物じみた強さの首無し騎士が安全地帯であるはずの前室にまで襲ってきただと!? ふざけおって!」
「レベルは順調にハイスピードで上がっていたという報告を受けております。しかし……デュラハンに斬られた者たちの中で、四肢欠損や魔力異常により戦闘不能になったままの者が約四十名おります」
「……デュラハンに四肢を斬られても、回復した者たちもおるのだろう?」
「はい。報告によりますと聖女ミサキが、まさに聖女の御業にてフォレル王国の者を合わせて約三十名を一気に癒し、欠損部分をも再生させた、とのことでした」
「……その聖女ミサキはどこに消えたのだ!!」
ダン!
怒りに任せてつい執務机を強く叩いてしまった。
「……現在捜索中であります。ですが……転移災害にて消えたと思われる聖女ミサキの足跡は完全に途絶えています。『移動支援』スキルに対応した受信機を使っておりますが、各階層に反応が無いことが判明しました。受信機の不具合なども考慮して、ダンジョン内をくまなく捜索しておりますが……それには時間がかかりまして……もう少しお時間をいただきたいのです」
「すでに五日が経過しておるのだぞ!」
ダン!
「申し訳ございません」
「そもそもなぜ転移災害が起きるのだ! 消えたのがただの兵ならば一人二人消えようが気にもせぬが、なぜよりにもよって聖女ミサキなのだ! ……デュラハンが原因なのか? 其奴はボス部屋のボスではないのであろう? デュラハンなど放っておいて第九十一階層より先も攻略をすすめ、捜索しているのであろうな?」
「それが……第九十一階層の前室を出るとすぐに、第九十階層にあったような破壊不能の壁が……新たに出現しておりまして……聖女ミサキ無しでは進むことさえできません……」
「ルボンドダンジョンの攻略さえできぬのか!」
おのれ! なんなのだその障壁は! 忌々しい!
「地上は? 転移災害では地上の別地点に飛ぶこともあるのだろう?」
「ダンジョン内に『移動支援』スキルの反応が無いのを確認した後、地上でも受信機を用いての捜索は行いましたが……地上にも反応はありません。第一報が入りましてより、すぐに『猟犬』部隊を差し向けております。間もなく現地に到着していることでしょう」
「『猟犬』か……奴らの鼻ならば闇雲に探すよりも見つかる可能性が高い……か」
「はい。一番の心配は魂の位階が高いとはいえ、ひ弱な聖女ミサキがすでに死んでいる可能性が高いことです……」
「……そうよな……なぜあ奴はまともに魔法の一つも使えないのだ……聖女などといっても、自分では何一つできぬ存在ではないか。……いや、消える直前に四肢欠損さえ治したのであったか。我が国からいなくなるには、ますます惜しい……
それで……聖女ミサキがいない前提の新たな侵攻計画はできたのか?」
「今回のルボンドダンジョン遠征には、大幅なレベルアップをみこして国内の最精鋭から半数を送り出しました。その精鋭百名の内の四十名は現在戦闘不能です。また、聖女ミサキが癒した二十名も、大多数がデュラハンの幻影をみるほどに心に深い傷を負ったようでして……まともに戦える状態にありません」
その先は聞きたくない。なんだそのふざけた状態は……
「つまり?」
「現状ではアクアポル国を短期間で制圧することは不可能です。開戦すれば、長引く戦争期間中に東のゴルショア国だけではなく、南北の国まで参戦して来るやもしれません。またフォレル王国以西の国々にも、裏でアクアポル国への援助を行う隙を与えることになってしまいます」
ダン!
怒りの炎が胸を焼き、視界の端が赤く染まる。
「……なんということだ。長年の計画が白紙に戻ったではないか……」




