第54話 ダンジョンコア
「だ〜れだ?」
美咲さん!?
「み、美咲さん?? 何やってるの!?」
背後から美咲さんに目隠しをされてしまった。
「私、ダンジョンの虹色の油膜のような壁に干渉したことがあるんだよね。この間の夜に巧君の目に触れた時に、巧君は目に違和感もあったんだよね? 目に固定されている虹色を耳に移してみて?」
そ、そんな事を言われても……
「ほら、ここだよ。ここ。ふ〜」
美咲さんの吐息が僕の耳に吹きかけられた。
なんだろう、凄くゾクゾクしてしまう……虹色ではなく、耳が真っ赤になってしまっているに違いない。
「ほら、巧君、頑張って。もっとしっかり感じとって!」
瞼の上から美咲さんの両手でやわやわと触られ、耳には心地良い声が吐息と共にやってくる。
あるかどうかわからない、あやふやな声ではなく、確実にある美咲さんの声の方に集中する。すぅはぁ、はぁはぁという熱を帯びた不規則な吐息が頭の芯にまで響いてくるようだ。
美咲さんの声に導かれるように、虹色を感じ取りながら魔力と意識を耳に集中させていく……脳と耳が熱い……
「巧君……すごぉい、できてるよぉ」
美咲さんの声が随分とスローモーションで聞こえるような不思議な感覚が訪れた。更に集中する……
「耳に虹色が移ってるよ。綺麗な耳。ふっ」
『マダ……タク……イ』
聴こえた!!
『マダ消エタクナイ』
「君は誰だ? どうしたいんだ?」
『……マダ役目ヲ果タシテイナイ」』
「役目?」
『……歪みヲ……ニ……歪みヲ……スル……』
「よく聴こえない。もう一度はっきりと言ってくれないかな。役目ってなに?」
『マダ……壊サナイデ……役目……果タシタイ…………移動?…………不可……不可……器?……適合……発見……交渉……不可…………交渉…………核……移動不可……理核………………猶予……感謝………』
「え? 何を言ってるかよく分からないよ。落ち着いてゆっくり話してくれ!?」
急に早口になって、つらつらと話し出したが……会話にならない。
「あれ!?」
声が全く聞こえなくなった??
「もしもーし!? 君はいったい誰なんだ? もしもしもしもし!?」
……消えた。声が完全に途絶えてしまった……いったい何だったんだろう。幽霊でも住んでいたのだろうか? ファンタジーな世界だからあり得そうなのが怖いよね。
それともダンジョンそのものの意思? ……まさかね。
「タクミ様、話ができたのですか?」
「話せたというよりかは……一方的によくわからないことを言われて……最後には感謝された? ……ぽい。 結局相手が誰かもわからなかったよ」
「じゃあ、もう手を離しても良さそうね」
美咲さんが僕の目を覆っていた手を離すと、耳にこもっていた熱がゆっくりと引いていくのを感じる。
「耳の虹色が……消えて……目に戻ったわよ……不思議ね。……何度見ても綺麗な瞳だわ……」
瞼を開いた僕の瞳を覗き込む美咲さんと、バチバチに視線がぶつかり合う。美咲さんの瞳の中に目が虹色に輝く僕が映っている。
僕はそもそも目が見えなかったから、声や体の大きさと仕草で相手を判断しているので「だ〜れだ?」はまったく効かない。子供の時に「巧にはだ〜れだ? しても意味がないからつまらない」なんて事をよく言われたなぁ、と思い出す。
まさか大人になって、しかも目が見えるようになってから体験できるとは思わなかったよ。けっこうドキドキするものなんだね……
美咲さんに「だ〜れだ?」されると、虹色の魔力が移動できるとは思いもよらなかったから、今後は美咲さんに手伝ってもらって色々な検証をしてみよう。ひょっとしたら耳だけじゃなくて他にも動かせるかもしれないしね。
後で美咲さんに頼むことを心にメモして、二人にもここでのやりとりで聞き取れた単語をそのまま伝え、夢の世界? で見てきたことも話して聞かせた。
「タクミ様と話した何者かはダンジョンコアを移動させたがっていた……ということなのでしょうか?」
「そう……なのかな? でもダンジョンコアはここにあるから、コアの移動は失敗したということなんだろうね。僕らが見張っていたから、そんなことさせないけど……ダンジョン自体に意思がある可能性ってあると思う?」
「『迷宮内に人を含めたエネルギーを取り込み、歪みを増幅しながら成長していくことがダンジョンの意思である』というのが通説です。タクミ様の場合はダンジョンに自我がある可能性ということですよね?」
「そう……だね」
「ダンジョンは小型中型大型と大きさにかかわらず、どこのコアルームもここと同じような造りだと発表されています。
ですが、タクミ様のように得体のしれない声をコアルームで聞いたという話は、一度も聞いたことがありません。私が知る限りではそういう文献もないし、研究もされていないと思います」
「そうなんだ」
「コアルームでなにかの声を聞いたとなれば、この事を発表すれば研究者が大喜びするかもしれませんね。……ですが私とミサキさんには聞こえませんでしたし……再現性が確認できないと評価には繋がらないかもしれません。最悪、嘘つき呼ばわりされて叩かれる恐れもあります。
もちろん私はタクミ様の言うことを信じています。タクミ様ならばそういった不思議な力があってもおかしくないです。むしろ、さすがはタクミ様だと言えるでしょう。タクミ様のお側でお仕えする栄誉を、ますます誇りに思えます」
ルナの無条件の信頼と親愛が………凄いな。嬉しくもあり、僕のこの世界での道行きの灯火として頼もしいよ。
「そうなんだ。それじゃあ僕ら以外の誰かにこの事を言うのは無しだね。変な注目を浴びるのは嫌だし、逃避行の最中だからね」
「そうですね。それがいいと思います。それはそれとして……」
ルナがスススっと僕の横にやってきて、そっと耳打ちしてきた。
「……随分とミサキさんと仲がよろしいんですね。とても良いことですが……私のことも構ってくれないと拗ねちゃいますよ?」
ふーっと耳の奥に息を吹きかけられた。ゾクゾクする……そして背筋に冷や汗が流れ、急に襲ってきたゾワゾワとする感覚……
ヤバい!?
ひょっとして浮気を疑われているのでは!?
美咲さんへ疚しい気持ちはないのだが……いや、スキンシップされている時に頭がぽわぽわしてしまうのは、紛れもない事実だけど……僕には心に決めたルナがいるので鋼の精神力で全てねじ伏せているのだが……
美咲さんを仲間外れにしてしまわないように配慮していたはずが、肝心のルナに不信感を抱かせてしまうとは……なんてダメな奴なんだ僕は……婚約者失格だな……
改めてちゃんと気持ちを伝えておかないと……その場でルナを抱きしめ、耳元でささやき返す。
「不安にさせてごめん。僕の心は生涯ルナだけのものだから……愛してるよ」
「私だけのもの……」
僕の目を見ながら、きょとんとした顔でルナがつぶやく。
なにかおかしなことを言っただろうか? ……謝り方が悪かったのか? 落ち着いたら二人きりになれる時間を必ずとって、構い倒そうと心に誓う。
「……なにはともあれ、ダンジョンコアを壊しますか。タクミ様、コアに一撃入れてください」
「了解!」
ふと、あの得体の知れない声の主が話していた台詞の中に、不穏な一言があったことを思い出した。念の為に神眼で全員をくまなく調べるが、特に変化は何もなかった。
短槍を手に取り、ダンジョンコアに振り下ろすと、あっけなくコアはひび割れ、鈍い光を放ちながら消えてしまった。
間を空けることなく、入った時と同様に一瞬で地上の泉の前へと場所が移り変わり、迷宮の赤ちゃん攻略は無事に終了した。
いったいどれぐらい魂の位階が上がっているのだろう、とワクワクしながら声をあげる。
「ステータスオープン!」




