第47話 メイとラヴィ
馬具一式をフル装備した魔馬、黒馬メイと白馬ラヴィの背に乗って商館を出ると、僕らは西へと進んだ。
これからは第三者による道案内のない、自由気ままな三人旅だ。
「「ブルルルッッ」」
街道を駆けるメイとラヴィが力強く嘶いた。
おっと失礼、三人プラス二頭の旅路だったね。ルナの腰に捕まっていた左手を離し、メイの背中を撫でる。逞しい馬体には安心感がある。
そして道案内といえば僕にはこの世界の道行きを照らす、ルナという灯火がいる。だから僕には今後の旅に全く不安はない。
「タクミ様、危ないので手を離さないでくださいね」
再び両手でルナの腰を掴むと、ルナが振り返り柔らかく微笑んだ。
「うん、離さないよ」
僕は笑顔を返し、ルナの手綱捌きによって馬たちはどんどん前に駆けてゆく。
やがて前方の小川の側にちょうどよい木陰が見えた。
「少し早いかもしれないけどちょっと休憩しようか」
「はい」
「そうですね」
ルナと美咲さんが二頭を操り、小川の水をメイとラヴィに飲ませる。僕たちも木陰に入り、川のせせらぎの音を聞きながら水筒の水を飲む。少し落ち着いたところで、いよいよ馬の治療という未知への挑戦の時間だ。
「足を怪我しているのに、ここまで乗せて来てもらって悪かったね。ありがとう」
二頭の鼻面を優しく撫でて語りかけると「ブルルル」と返事がきた。まるで「気にすんな」とでも言ってくれているようだ。
「怪我ですか?」
「お店の人は怪我はしてないって言っていませんでしたか、タクミ先生?」
「実はね、僕の神眼の鑑定によると、メイは左前脚、ラヴィは右後脚に古い打撲で骨に微細な歪みが発生して、常に炎症を起こしている、と書いてあるんだよ」
「私達は騙されたんですか?」
「そんな!?」
「いや、この子達が凄すぎて、お店の人も普通の馬並しか走れない真の理由である怪我に気付けなかったのさ」
今の僕のステータスは、魔力を上げ消費を極限まで抑えるために知覚、知力、精神がそれぞれ10、その他を全て1にしてある。
瞳が虹色にならないための制御もやめて、二頭の患部を徹底的に視る、さらに診る。どうやら強く意識することで、レントゲンのように診ることまでが可能なようだ。
「タクミ様の瞳……綺麗です……」
「え!? 巧先生の目が……虹色に光って!? これって……ルボンドダンジョンのあの油膜のような壁と……似ている……? あのデュラハンとも……?」
「なるほど、確かに歪んでいるね。人とは違って馬の脚だけど……なんとかなるかな」
アイテムボックスからポーションを取り出し、ルナに預けた。
「合図したらメイの脚にかけてあげて」
「わかりました」
整合スキルで知力と精神、器用の値を7にする。
「メイ、じっとしていてくれよ……」
「ブルルッ」
まずは左前脚、外周部の筋肉をほぐして……次に骨に直接繋がっているインナーマッスルを整えてから……僕の両手で骨の位置を正しくなるようにホールドして……よし!
「ルナ、お願い!」
「いきます」
ルナの手によってポーションがメイの左前脚にかけられると、患部がシュワシュワとほんのり泡立つ。
「どうかな? 効果があるかはわからないけど……おまけに『清光』!」
僕がかざした左手から、状態異常を治す効果のある光が放たれる。
「ヒヒーン!」
ひときわ高く嘶いたメイが長い舌で僕の顔をベロベロと舐め回す。
「むう……タクミ様のお顔を舐めるのは私の役目なのに……」
ルナは頬を膨らませ、どこか羨ましそうにメイを見つめた。……そんな顔をするほど重要なの? まあ、僕にとってもルナのお顔ペロペロは思い出がたっぷりなので、深くは突っ込むまい。
再びステータスポイントを知覚、知力、精神に10ずつ割り振って、念入りに患部を診る。異常なし!
次いで神眼による鑑定欄を読むと、状態が健康となっている。良かった! 成功だ!
「うん、治ったみたいだね! それじゃあ次はラヴィも脚をみせてね」
ラヴィに声をかけ、今度は美咲さんにポーションを渡した。
「ラヴィは右後脚です。僕が合図したら同じようにお願いします」
「まかせてください!」
僕のメイへの治療を見ていたラヴィは、嫌がる素振りもみせないで大人しく立っている。メイと同じ症状なので、メイの時と同じように治療を施す。ポーションがシュワシュワと効果を発揮し、見事に治った。
「ラヴィにも仕上げに一応『清光』をかけてっと。良し! うわっ頭をかじらないで!? 甘噛なんだろうけどちょっと怖いよ!?」
ラヴィに頭をハムハムされてしまった。小川でべとべとの顔と頭を洗い、落ち着いて二頭を眺めると、心なしか立ち姿がさらに凛々しくなっているような気がする。
「巧先生凄いです。色んな事が出来るんですね……」
「スキルのおかげな部分もありますけどね」
「日本の時から巧先生の施術は凄かったですからね、やっぱり巧先生が凄いんですよ!」
美咲さんが興奮気味に褒めてくれた。常連客の美咲さんに褒めてもらえるのは悪い気はしないね。ここは素直に受け止めておこう。
「ありがとうございます。それでは次の町を目指しましょう。今度は美咲さんとラヴィにお願いしますね」
馬にできるだけ疲れを溜め込まないように、二人乗りをするのはメイとラヴィで交互に行う。ラヴィにひらりと跨った美咲さんの後ろに座り、腰を掴む。
相変わらずびっくりするほど細い腰だ。それでいて、日々の真面目なトレーニングにより、きちんと体幹を鍛えられた芯を持ちながらも、女性らしい柔らかさも備わっている。女優としての見事にプロフェッショナルな、美咲さんの腰をこうした形で掴むというのは、かなり意識してしまう。
「ふふっ、しっかり捕まっていてくださいね、巧先生! ラヴィ、いっくよー!」
上機嫌の美咲さんがブーツで馬の腹をぎゅっと締め、手綱を操ると、ラヴィが飛ぶように駆けてゆく。前方を駆けるメイもさっきまでとは雲泥の差で、楽しそうに走り続けた。
馬の買い付けがあったので、今朝グラースの町をでたのは昼近くになっており、今日は野宿かと思っていた。それなのに……途中二度の休憩を挟んでなお、次の宿場町に日が残っている内に辿り着いてしまった。
「凄いぞ、メイ、ラヴィ! 馬車の倍近くのスピードで走破したってことじゃないか!」
「「ヒヒーン!!」」
得意げに嘶くメイとラヴィ。君たちを選んで良かったよ。
夕方になってくると魔力消費がぐんと積み重なって、どれだけ知力と精神を上げていても、かなりの疲れを感じた。これは初めての乗馬だからと言うわけではないだろう。
そして……なぜか今日も部屋は二部屋借りたというのに、二人部屋に三人で泊まることになってしまった……




