第41話 イレギュラー(美咲視点)
――Side 美咲――
「我が身を巡る生命の光よ、傷つきし者に癒しの調べを届け、安定の理を呼び戻せ! 『生光治癒』」
上級ポーションで回復した治癒師達が次々に上級回復魔法を唱えていく。傷口がみるみる内に塞がっていき、動ける者達が増えていった。
しかし首無し騎士に斬られて四肢を欠損した者たちは、失った部分はそのままだ。せめて斬られた腕や足がこの場にあればくっついたのだろうけど……無情にもあの部屋で飛び散った血と共に、デュラハンの仕業で消え失せてしまっている。
「いったん第九十一階層の前室まで退却し、集中的に治療を行う。それと並行して第八十九・九十・九十一階層を探索中の者たちを回収し、全員でダンジョンを出る。非常に残念だが今回のダンジョンアタックはここまでだ」
ベケット卿が口惜しそうにその場の全員へ伝えた。ダンジョン攻略部隊の最高責任者はベケット卿なので反対する者は誰もいない。
……デュラハンの圧倒的な力を目の当たりにして、この場にいる者でそんな気力がある者は誰もいない、と言ったほうが正しいかもしれない。
でもそれだと……巧先生を探し当てる古代遺物はまだ見つかっていないのに。……だけどみんなのダメージも深刻だし……私一人の思いで先に進むことなど到底できるはずもない。
「この階層にいるモンスターはあらかた排除してあるが、すでに新しく湧いているかもしれん。我々の戦力が下がっていることを念頭に索敵を怠ることなく最短ルートで戻る。では出発!」
かろうじて命に別条はないが、痛々しい姿の敗残軍と化してしまった攻略隊の面々がまとまり、第九十一階層の前室まで引き上げていく。
なんとか無事に安全な前室まで帰ってこれたが、今朝のやる気に満ちた空間とは打って変わって、野戦病院のような有様だ。
治癒師達が患部に手を当て、欠損部の肉が少しでも多く再生するように魔力を振り絞っている。
私の前には左腕を失った和正君と、私を護り右足を失った護衛騎士デニーが意識のない状態でベッドに横たわっていた。
「和正君……デニー」
なんで私には回復魔法が使えないのだろう……文献に残る過去の聖女は四肢欠損をも治すことができたというのに……悔しい。
なんで私には……できないの?
……どうして?
魔力回路への魔素の巡りが悪いの?
教わった魔法の詠唱は、完璧なはずなのに。
込める魔力が足りないの?
私の魔力で界理を書き換える。それが魔法よね?
これまで以上に魔力回路を意識して、身体中の魔力を全て奮い立たせる。
お願い……治って。お願い。
今まで以上に魔力が高まった感じがまだしない。もっと、もっと高めないと……
……身体中が熱い。身体の芯から炎に焼かれているみたいだ……
熱い……身体が熱で溶けてしまいそう……
「ミサキ様!? こ、これは!? 魔力が暴走しているのでは!?」
宮廷魔道士ハンスの動揺したような声が、おぼろげに聞こえてきた。
……暴走?
閉じていた目を開けると、私の身体から時折、線香花火のようにバチバチと虹色の火花が散っているように見える。
この光は、あの油膜と……同じ……色?
な、なんなの、これは!?
あぁ……熱い……この熱をどっかにもっていかないと……燃え尽きてしまいそう……
ふと右手に持っていた祈りの杖に意識が向かうと、私の身体から熱がどんどんと祈りの杖の先端にある宝珠へと動いていくのを感じる。
再び目を瞑り、祈る。お願い。……治って。
バリィン!
え!?
音にびっくりして目を開けると、祈りの杖の先端にある宝珠が!? 割れた!?
割れた宝珠が粉々になると同時に、室内に虹色の光が満ちあふれた。
他に持っていくことが出来なくなった身体の熱が再び高まってきた……あぁ熱い……
「なんと!?」
「奇跡だ……」
「ゆ、勇者さまぁ」
意識がおぼつかなくなる中で、遠く聞こえる声の方に目を向けた。
……え!?
和正君の左腕が……生えている!? デニーの足も!?
「素晴らしい……」
「これぞまさしく聖女の御業……」
いったい今何が起こったというの?
ふと何かの気配を感じて振り返り、第九十一階層の扉を見た私は、恐怖により身動き一つ取れなくなった。
「ひっ!?」
呼吸が止まり、ショックで一気に意識が覚醒した。
「ぎゃぁ!?」
「で、出たぁ!?」
「馬鹿な!? モンスターは絶対に現れないはずの前室になぜ首無し騎士が!?」
「逃げろ! 逃げろ〜!?」
「界渡りだ、石板に触れて第一階層へ逃げろ!」
「九十階層だ! 順番待ちするより階段の方が早い!」
「しかしボス部屋にはグリーンドラゴンが!」
「グリーンドラゴンの方がまだマシだ! とにかく早く!」
ゼニス王国側もフォレル王国側も全員がパニックとなり、我先にと逃げ出す者が続出した。
「待て! 聖女様が先だ! 聖女様なくしては今後が立ち行かぬぞ!」
護衛騎士マイケルが叫ぶ。
「ゼニス王国の精鋭達よ! 命を賭して聖女ミサキ様を護りなさい! 勇者様と大魔道士殿にも同時に転移してもらいます! 介護者が一人ずつ付きなさい」
私の護衛隊長であり宮廷魔道士副団長のハンスが、その場に残っている全ゼニス王国の攻略隊に檄を飛ばした。
「ミサキ様! さぁお早く! 私の界渡りで一緒に転移しますよ!」
護衛騎士ソフィアに促され、黒い石板の元へと急いで動く。
寝たきりの和正君、愛さんをそれぞれの護衛騎士が背負い、私たちを守るように二重の人垣が囲った。その中にはフォレル王国のメンバーの姿もある。
『忘れ物だ。わが領域から疾く消えうせよ』
デュラハンが左腕を振るうと、扉の外から部隊員が浮いた状態で入ってきた。まだ連絡がつかず第九十一階層の迷宮のマッピングをしていた面々が、次々に折り重なっていく。あっという間に五十人ほどの血濡れの人の塚ができた。
いったい何なの、このモンスターは!?
「界渡り! 第い……」
ソフィアの声が界渡りと唱えた瞬間、ヴォーンという音を発し、周囲が鳴動した。
黒い石板が虹色に輝き、光が溢れる。私の体を取り巻く溢れた魔力と……共鳴している!?
光の奔流にのまれ、繋いでいたソフィアの手が離れた。代わりに何かの力が私の意識と一瞬繋がった。
「何事だ!?」
ベケット卿の声を置き去りにして、私の視界はぶれ、へそから身体の内外を裏返らせるような感覚に包まれる。
身体が浮遊感に包まれ、しばらくするとそれも収まった。あれだけ熱かった身体の熱がほとんどなくなり、急に冷えてきて寒いくらいだ。
ここは……どこ?
手足を動かすと自由に動く。転移したら壁の中だった、という悲惨なことにはなってはいないようだけど……薄暗くて遠くはよく見えない。
「ソフィア! 和正君? 愛さん?」
「……誰か……いますか?」
声をかけても隣に人の気配はない。本来なら、和正君、愛さんと護衛が三人で一塊に転移されるはずなのに……
そもそも界渡りで行き先を告げていないのに、なぜ私は一人で飛ばされたのだろう?
少し経つと、離れた位置にある上部の亀裂からのわずかな光のみという環境にも目が慣れて、ある程度見えるようになってきた。
そして……それと同じくして見たくはないもの達が続々と目に映ってきた。
私がいる壁側を目指して、今いる空間の周囲から、うごめき近付いてくるモンスター達。
ジリジリと私に詰め寄ってきた醜悪な大ナメクジがビュッっと何かを吐き出した!
「きゃあ!」
ジュウゥゥという音と共にすえた臭いが立ち込めた。だが幸い私の装備している聖なる衣、聖なる冠、聖なる首飾り、聖なる靴、の防御力を突破できなかったみたいで、私は無傷で済んでいる。
そうこうしている間にも、モンスター達が次々に接近してきた。慌ててアイテムボックスから予備の杖を取り出して身構える。
大カエルが飛びかかってきた!
「来ないで!」
杖でカエルを払い落とすが、すぐに足元から大蛇が地を這ってくる。ヘビを杖で叩きつけると少し怯んだが、まだ止まらない。
「いや!!」
三度叩いたところで、ようやく魔石を遺してヘビは消え去った。
休む間もなく先ほどのカエルが舌を伸ばしてきたのでかろうじて避ける。どうやら高ランクのモンスターではないようで、後衛の私でも即死はしないレベルのモンスターらしい。
だけど……壁を背負った私はすでに大量のカエル、ヘビ、ナメクジに何重にも囲われている。
直接戦闘が向いていない私が一人きりで……いったい……いつまで保つというのか。
「誰か! 助けてぇー!」
私の叫び声に合わせるように、カエルとヘビが同時に襲いくる。
「やめて!」
がむしゃらに杖を振るい、カエルとヘビをめった打ちにする。休む間もなく次がきた。
叩く! 叩く! 叩く!
「もう……いや!」
ビュッ! すえた臭いが立ち込め、防具がない部分にしぶきが飛び私の肌の一部を焼く。
「痛い!」
痛くともポーションを飲む暇もない。
「このぉっ!」
ナメクジを叩き潰す!
「あ!?」
カエルの舌で杖を絡め取られてしまった!?
いやだ!
「誰か!」
こんなところで死にたくない!
……お母さん……お父さん……私……もうだめかも……
「……誰か……」
「……助けてよ……」
絶望的な状態に涙がにじんで前が見えづらくなってきてしまう。
巧先生を探すはずが……こんなところで死んじゃうなんて……最後に……会いたかったな……
「声轟!」
とつぜん轟音がひびき、モンスター達がバタバタと倒れていく。
「え!?」
「誰かそこにいるよね!? 待ってて今助けるから!」
残っているモンスター達が現れた声の主達の攻撃により、武器でかき分けられるようにして当たったものから次々に消えていく。
私の方をめがけて怒涛のように一本道が伸びてくる。
私の目の前にいるカエルもヘビも、完全にそちらを向いて臨戦態勢だ。
槍と剣が次々にひらめき、遂に救い主達が私の前までたどり着いた。
「ふー、間に合ったみたいだね。良かった」
「え?」
その声と顔は……でも目が……見えているみたいだし……別人?
「……巧……先生?」
「ん? あれ? その声は……美咲さん?」
「わあぁぁぁ!」
思わず巧先生の胸に飛び込み、ぐちゃぐちゃになった感情のまま、涙が止まらなくなった。
いつも応援していただきありがとうございますm(_ _)m
次回からは主人公視点に戻ります。




