第37話 護衛依頼と魔法の話
ブルのアニキが受けた依頼内容は、馬車で片道五日間、出先での商談に三日間、帰りに五日間という全期間の隊商の護衛。僕らの他にブルのアニキのパーティーメンバーも合流して合計六人でのお仕事だった。
初顔合わせのお二人は、落ち着いた物腰の魔道士サイラスさんと、温かみのある治癒師のリードさん。サイラスさんは長く整えられた銀髪を後ろで束ね、リードさんは輝く金髪を短く刈りそろえている。
今までは別件で出張して、貴族の依頼をこなしていたらしい。
超強面のブル&モヒーと違って、こちらのお二人はインテリチックで物腰が柔らかく、優しげな雰囲気を醸し出している。
だが僕はもう見た目で判断したりはしないぞ。人となりを一挙手一投足から感じ取るのだ!
護衛の合間に休憩していると、リードさんが僕の足元を指差して笑った。
「タクミは動物に好かれるようだね」
まだ子供の小さなリスが僕のブーツにちょこんと乗って、僕のほうを見上げている。リードさんはそれに気づいて僕に話しかけてくれたようだ。
「ふふっ、可愛いですよね」
「ハハ、君の放つ界理はとても清らかだ。だから、きっと動物たちも警戒しないのだろう」
そう言って、リードさんは穏やかに微笑んだ。
初顔合わせから三日たった今では、サイラスさんとリードさんともだいぶ打ち解けてきた。流石はブルのアニキのパーティーメンバーだけあって、二人とも中身も男前な上に面倒見が良く、悪いところが全く見当たらない。
良い漢の周りには良い男が集まってくるものなのだろう。その中心となるブルのアニキの頼もしさ。僕もいつかあんな風になりたいと、素直にそう思った。
「――様。……タクミ様」
四日目は順路の都合で野営となり、順番に仮眠をとっていると、ルナに起こされた。交代の時間らしい。
「ルナ、お疲れ様。後はゆっくり休んで」
「はい、後はよろしくお願いします」
簡易テントから出て焚き火の方に行くと、岩に腰掛けていたモヒーのアニキと挨拶し、僕も近くにある岩に腰掛けた。
依頼主の隊商の人達のテントを挟んで反対側にも焚き火の光が揺れている。あちらはブルのアニキとサイラスさんが見張りをしているはずだ。
モヒーのアニキが薪を取り、焚き火に放り込むとパチリと弾け、炎がゆらぎ火の粉が舞う。火にかけられた鉄瓶から二つのカップにお茶を注いでくれた。
「ありがとうございます」
ほうじ茶のような味の、ほっとするお茶だった。
「タクミも大分慣れてきたみたいだな。昼間の動きは良かったぜ」
ひゃはは。と小声で笑うアニキ。
「本当ですか?」
「ああ、ちゃんと全方位に気を配れていたからな。ああ、それと――」
アニキが突然弓矢を構え、ビィンと素早く矢を放つとドスッと何かに突き刺さった音がした。
「えっ……?」
アニキが矢を放った方に歩いていくので、僕もそれに付いていく。全方位に展開していた知覚10の3Dスキャンを一方向に集中して距離を伸ばすと……
「うっ!?」
暗闇の中に発せられる微かな熱量、わずかな土の振動、そしてその存在が放つ不穏な気配と共に、まるで立体映像のように僕の脳裏に浮かび上がった。
矢の先端はぶっとい蛇に突き刺ささり、木に縫い付けられている。
「見張りの時は常に気を引き締めておけよ。一瞬の気の緩みが命取りになるぜ。ひゃははは」
アニキはそう言いながら、矢を木から引き抜き、蛇をアイテムボックスにしまう。
神眼によると、猛毒を持つと書いてあった。凄いな……この暗闇の中で、更にあの距離でよく狙えるよ……
「流石はアニキ……凄いですね」
「これぐらいならCランク以上の斥候系なら出来るぜ」
「そうなんですか?」
確かにモヒーのアニキの知覚は13ある。ルナが同じ知覚10でも僕と違う感覚だったように、モヒーのアニキもまた僕とは違うモノを感じているのかもしれない。歪界者のみならず、斥候、弓術士の職業熟練度も高い。
なんというか、上には上がいるものだな。慢心せずに今以上に鍛えなければならないと、深く心に刻んだ。
モヒーのアニキに索敵のコツを聞くと、心よく教えてくれた。五感もそれぞれ発達した上で、総合的に感知するものらしい。でも聞いた感じでは僕の3Dスキャンとは、やはり違うかな。
他の空き時間にも、サイラスさんとリードさんからは魔法理論や魔法戦闘についてレクチャーしてもらった。
「サイラスさん、僕も魔法を覚えて使うことはできますか?」
「タクミ君は、魔法系スキルを使えるのですよね? 今すぐには無理かもしれませんが、魔法系スキルを使うことによって魔力回路が発達したら使えるようになるかもしれません」
「魔法、やっぱり使ってみたいんですよね。魔力回路かぁ」
「魔法とスキルの源泉は二つとも同じで根源的なエネルギー界理と界理が変化した魔素。魔法とは、魔素を消費し、世界の界理の法則に直接干渉することで、特定の現象を意図的に引き起こす技術です。ですので、技術も磨く必要がありますよ。
スキルは魔素を直接体内で消費して即発動しますが、魔法は魔力回路に魔素を巡らせ、時間をかけて界理を書き換えるイメージですね。
成人時点での初期ステータスの知力と精神が高い者ほど魔法使いになれる確率が高いとも言われています。あなたはどうでしたか?」
「僕はたしか……2と3でした」
「そうですか……その数値ではなんとも言えませんが、可能性は零ではない、といったところでしょうかね。タクミ君にその気があるなら私が弟子にとって数年間魔法を教え込んでも良いのですが……」
……いつか、自分の力だけでルナを守れるくらい強くなりたい。そのための手段として、魔法はあまりにも魅力的だった。
けれど僕はゼニス王国から逃げ出した身だからな……ルボンドダンジョンをホームと定めたわけでもないし……一つの場所に留まり、誰かの弟子になることはできない。
「いえ、せっかくですが、僕らは旅をしながらあちこちのダンジョンにもぐっていますので……弟子にまでなることはできません」
「そうでしたか。それもまた良いでしょう。魔法と縁があれば、他にも機会があるでしょうからね」
サイラスさんは僕の言葉の裏にある葛藤を察したのか、深くは追求しなかった。
「気にかけていただき、ありがとうございます」
次の日以降も森の街道では野良モンスターに襲われることはあったが、全て危うげなく返り討ちにし、モンスター肉の解体作業の教材と化した。
野良モンスターはダンジョンモンスターと違い、肉の状態でドロップなどしないので食べるためには解体が必須なのだ。
僕はまだ全然慣れることはできなかったが、ルナはもともと得意だったらしい。ルナ先生と、モヒーのアニキの指導のもとに下手くそながらも解体を終え、夜は隊商の皆さんも交え、盛大なバーベキューが開かれることに。
新鮮なモンスター肉を囲んで笑いあう時間は、何物にも代えがたい楽しい思い出となった。
ブル&モヒーのアニキ達の護衛依頼のお手伝いバイトは、実りの多いものとなり、無事に仕事を終え迷宮都市ルボンドへと帰りついた。
そして……十三日ぶりに帰ったルボンドでは、いつも以上の賑わいと、どこか不穏な空気が混じり合っていた。




