第32話 ゼニス王国の陰謀 (美咲視点/国王視点)
――Side 美咲――
「はぁ……もうだめ。息が詰まりそう……」
「大丈夫ですか、美咲さん?」
日本でマネージャーだった愛さんが、気遣わしげに声をかけてくれた。変わらぬ心遣いが心にしみます。
「ちょっともう無理かも……肩こりがひどくなり過ぎて頭痛までするの」
「ストレス……でしょうね」
「そうなのよ。護衛に付いてくれている宮廷魔道士のキャサリンが何度も上級回復魔法をかけてくれたんだけど……その時は良くても、一日もたずにまた悪くなるのよね」
「さすがの魔法も、大元の精神的なものまでは回復してくれませんでしたか」
「そうみたい。はぁ~、日本ではこういう時は巧先生に施術してもらうと、ストレスもこりも全部すっきりしたんだけどなぁ」
「巧先生を呼んでもらうのはどうですか? 城下町にいらっしゃるのなら往診も可能なのでは?」
「良いのかしら?」
「それぐらいは頼んでも良いんじゃないですか? 前回の施術から、ちょうどひと月経ちましたね。巧先生のことですから既に商売繁盛してお忙しいかもしれませんが、巧先生にはなんとかあの予約を活かしてもらいましょう」
「……そうね。そうしましょう。久しぶりに巧先生にも会いたいですし……ね」
私がテーブルの上の呼び鈴を鳴らし、声を掛けるとすぐに護衛騎士のソフィアがやってきた。
「ソフィアも知っての通り、私は最近、慢性的に体調不良が続いています。城下町にいらっしゃる巧先生に施術をお願いしたいので、連絡をとってください」
「タクミ先生……とは?」
「私達と一緒に召喚されたもう一人の男性です」
「わかりました。私は存じ上げませんので、知っている者に確認してまいります」
「よろしくお願いしますね」
一時間ほど待たされただろうか。複数の足音とともに部屋の扉が開き、ソフィアが細マッチョイケメン騎士のマイケル、ゴリマッチョイケメン騎士のデニーを引き連れて現れた。
あれ? 口を真一文字に引き結び、ソフィアの顔付きが非常にかたい。どうかしたのだろうか。
神妙な顔をしたマイケルが口を開いた
「聖女ミサキ様、ご報告いたします。現在、召喚者タクミ殿は行方不明となっております」
「えっ?」
「城を出られた当日に、城下町から少し離れたダンジョンになぜか一人で向かわれまして……そこで消息不明となられました」
「なぜかってなによ!? 巧先生は目が……見えないのよ!? それに……とても穏やかな性格の巧先生が、自分からダンジョンに進んで行ったなんて……そんなこと……あるはずないじゃない」
「そう言われましても……私はそのように報告を受けておりますので、細かい動機までは分かりかねます」
「それじゃあ、その報告した人を連れてきてよ!?」
「一番大元の報告者はもう『歪みのない場所』へと旅立ってしまい、この世にはおりません。実はそのダンジョンで迷宮氾濫が起こっておりまして……
報告に来た衛士は、無謀にもダンジョンに突入したタクミ殿を追ってダンジョン内に突撃したところ、通常ではあり得ないランクのモンスターに次々に襲われ相棒を失い、自身も致命傷が元で回復魔法も間に合わず報告後に絶命いたしました」
「そんな……」
「幸い迷宮氾濫は騎士と王宮魔道士の三部隊が迅速に対応し、ダンジョンコアを破壊したので事なきを得ましたが……
ダンジョンコアを破壊した後にはダンジョン内にいる人間は全て外に転送される筈なのに、タクミ殿の姿は誰も確認できなかったとのことでした」
「それじゃあ……巧先生は……?」
「はい、恐らくは死亡されているのだと……」
「巧先生が……し、死……ん……?」
急速に血の気が引くのを感じ……
「美咲さん!」
私はそのまま意識を手放してしまった。
「あ、良かった。美咲さん気が付かれましたか?」
ベットサイドからかけられた愛さんの声を、ぼんやりする頭でゆっくりと咀嚼する。巧先生の訃報を思い出してしまい、返事をすることもできなかった。
とめどなく涙が溢れてくる。
疑うことなく、私の内面のみを見つめてくれる巧先生との月に一度の施術の時間は、周りの期待に応えようと常にプレッシャーで押しつぶされていた私の、心のオアシスだった。
……その巧先生はもういない……
「……愛さん。絶対にこの国はおかしいよ……これ以上悪い事が起こる前に二人で、ううん、和正君もだね。三人で逃げよう?」
周囲を確認し、二人きりなのを確かめてから愛さんにそっと耳打ちした。
「……長谷川君は多分逃げませんよ……彼にそんな話をしたら絶対にだめ。彼が聞いたらすぐに王国側に伝わってしまうかも……」
「じゃあ二人だけでも……」
「……ごめんなさい。私は長谷川君を放っておけないから……一緒にはいけない……」
「そっ……か」
「これだけ護衛に固められていたら、とても逃げ出せるとは思えないから美咲さんも無理しちゃだめよ?」
「……そう……だね」
その日以来、私は生きる気力が萎えてしまい、どれだけ回復魔法をかけられようと、ダンジョンに潜るような体調には戻れなかった。
―― 一週間後 ――
朗報があるからということで、引きずられるようにして国王陛下の御前に連れていかれた。愛さんと和正君も一緒だ。
「聖女ミサキよ、よくぞ参った。聞けば同胞の訃報を受けてたいそう落ち込んでおったとか。その心優しきあり様に、我は誠に感じ入った。改めて召喚者タクミについての報告を詳細に精査した。その結果、わずかながら生存の希望が残されておることがわかったのだ」
「本当ですか!?」
「本当です。ここからは私が説明させていただきます」
宰相さんが資料の巻物を乗せたお盆を取り寄せ、語りだした。
「当時を知る者に綿密な聞き取り調査を行ったところ、誰もタクミ殿の姿を見ていないことが判明いたしました」
またか……またその話を聞かされても……
「ですが、裏を返せば死亡は確定していないということです。ダンジョンの転移は稀に不安定になり転移災害を起こすことがあります。ひょっとすると、生存していて近隣に飛ばされておられるやもしれません」
「でしたらすぐに捜索を……」
「捜索いたしましたが、近隣の村には姿を見受けられないようです」
結局ダメなんじゃない……
「聖女ミサキ様は『古代遺物』をご存知ですかな?」
「勉強したので少しなら分かります。現代の技術では再現不可能な、大昔の特別なアイテムですよね?」
「その通りです。そして過去の文献をくまなく探してみたところ、尋ね人を探し当てる古代遺物が未踏破のダンジョンに眠っている可能性が高いことが判明いたしました」
!?
尋ね人を……探し当てる?
「そのダンジョンは元になる場所が古代遺跡であり、発見以来二百年最奥まで辿り着いた者のいない最難関ダンジョンの一つです」
「わ、私にも! 私にも、ダンジョン踏破のお役に立てますか!?」
「わが国の精強なる騎士団、魔法師団に加え、勇者様、大魔導師さま、そして何よりも、聖女様のその過去類をみない素晴らしいお力があれば、必ずや踏破できることでしょう」
「私も頑張りますので、どうか連れて行ってください!」
「わかりました。ただし、そのダンジョンの所在地はわが国ではなく、隣国である為しばらくは英気を養ってください。恐らく隣国と合同攻略になるでしょうが、外交交渉にて必ずやダンジョン探索の権利と当該古代遺物の権利を獲得いたしますゆえ」
「よろしくお願いします! ……それでしたら事前にそのダンジョンについて予習をしておきたいので、ダンジョン名を教えてください」
「フォレル王国にあります、『ルボンドダンジョン』にございます」
――Side ゼニス国王――
「宰相よ、お主の説得が上手くいき、聖女は活力を取り戻したようであるな」
「はい。寝たきりになって伏せっておられると知りやきもき致しましたが、なんとかダンジョン探索に乗り気になっていただけましたね」
「それにしても、ルボンドダンジョンにそのような古代遺物が眠っておるなどと、よく調べ上げたな。我も古文書には目を通しておるが、そのような記述は見かけたことがなかったぞ」
「で、ありますか。そうでございましょうな。私もあるかどうかなど知りませぬゆえ」
「なんと!? では……?」
「聖女様にやる気を取り戻していただくための方便にございます。しかし、ルボンドダンジョン級の大ダンジョンであれば、必ずや騎士団大隊に匹敵する古代遺物が複数眠っているはず。加えて踏破致しますれば、周辺諸国へわが国の武威を大いに知らしめることでしょう」
「なんとなんと! 流石は宰相であるな。見事な手腕よ」
「ありがたきお言葉」
「しかし、ルボンドダンジョンの踏破が終わってしまえば、聖女が今度こそ使い物にならなくなってしまいそうであるな」
「その時は……あの古代遺物の力にて物言わぬ案山子……いえ、聖なる神輿になっていただければよろしいかと」
「しかしあの古代遺物で洗脳したものは思考が足りぬゆえ、戦闘面では一段落ちる……おおっ!? そういうことか?」
「はい、さようでございます。聖女様は魔法を使うでもなく、ただそこにいてくださりさえすれば……よろしいのですから……」
「そうかそうか! うむ、見事な策略じゃ! はっはっはっは」




