第27話 におい(ルナ視点)
――Side ルナ――
身体が突然動かなくなり、手足の感覚がなくなった。声が……ずいぶんと遠くで……かすかに聞こえ……る……
……ま……ひ……?
……ど……く……?
……いっ……ぷく……盛ら……れた……?
……くや……し……い……匂い…………匂い……しなかった……のに……
……タク……ミ……様……ごめん……な……さい……逃げ……て……
――……ルナ…………――
――……ルナ!……――
は!? のどが……!?
デリアさん――デリアにナイフで首を切られかけて!?
デリアのナイフを握った右腕を引きつけて固定し、一気に体を入れ替えタクミ様に教わった腕挫手固で腕を極めた。
カラン。
デリアの腕からナイフが落ちる。
「……ッ、やめて!」
デリアの悲鳴。やめるはずないでしょうが!
躊躇なく力を加えデリアの右腕をへし折ると、絶叫が洞窟内にこだましました。
素早く体勢を変え、三角絞めでデリアの意識を刈り取る!
「ルナ大丈夫!?」
「まだふらふらしますが、なんとか……」
タクミ様にポーションを飲ませてもらい、少しずつ体力が回復していっているのを感じます。
ドゴン!
「ぐぅおおお!!」
洞窟中央の岩が吹っ飛び、粉塵の中から血だらけのヴァンスが飛び出してきました!?
!? 洞窟の入り口から新手まで!?
新手は、以前一度会ったナンパなモヒーと、ごっついブルの二人組でした。自分でCランクと言っていただけあって、二人とも物凄い強さです。
ブルさんが難無くヴァンスを処理し、デリアに魔封じの首輪をはめ、猿ぐつわをかませました。更に頭からすっぽりとズタ袋を身体まで被せ、布で念入りにぐるぐる巻きにし担ぎ上げました。
あの魔封じの首輪は個人で持てるようなものではありません。ギルドから派遣されたというのは本当のようですね。
ヴァンスの亡骸は、周囲に散乱したアイテムを回収した後に、モヒーさんのアイテムボックスに収納してあります。四人で犯罪者であるデリアを監視しつつ、ダンジョンを出てギルドに帰還しました。
ふう、とりあえずはなんとかなったみたいですね……
タクミ様の声で目が覚めることができて良かったのですが……
どうしよう……とんでもないヘマをやらかしてしまいました……タクミ様は一人で二人の格上のDランク歪界者を相手取り、ヴァンスを倒していらっしゃるというのに……
やはり私のような、へっぽこ獣人とは一緒にいないほうが良いのでしょうか。……残酷な現実に泣いてしまいそうです……
ギルドの個室で簡単な事情聴取をされた後に、今日は疲れているだろうから早く帰れと言われ、宿に戻りました。なぜか私より落ち込んでいるタクミ様は疲れからか、すぐに眠りにつかれましたが、夜中に何度もうなされています。
私は自分の不甲斐なさに、半覚醒状態が続いてよく眠れません。
……タクミ様……寝苦しそうです。……静かにタクミ様の枕元に行って頭をそっと撫でると、いくぶんか寝息が安らかになりました。
……し、仕方がないですね。……タクミ様の従者としては、安眠のお手伝いをしなくてはいけません。これは、絶対に必要なことです。超重要案件です。
ルナ、まいります!
そ〜っと、ベットの掛け布団を持ち上げ、タクミ様の隣に潜り込みました。起こさないようにタクミ様の頭を私の胸に掻き抱きます。苦しそうな寝息から、安らかな寝息に変わりました
よしよし。タクミ様、安心して眠ってくださいね。
クンクン。すーは〜。ス〜ハー。今日もタクミ様はとってもいい匂いがします。……あ……タクミ様にくっついていたら、なんだかとっても眠たくなってきてしまいました……
「ルナ? お、おはよう」
あれ? 朝ですね?
いつの間にか眠ってしまっていました。
「おはようございます」
二人で朝の身支度を終えると、昨日の夜考えていたことをタクミ様に伝えます。
「タクミ様。お願いがあります。飴玉を私にください」
「え? ……いいけどなんで?」
「今回のことは大変申し訳ありませんでした。牙狼族の狼として、毒の匂いに気付かず食べてしまうなど一生の不覚。本来であれば自刃すべきですが……」
「自刃!? いやいやいや! これは獣人の嗅覚でも勘付かれないってデリアが自慢げに言っていたからね!? 仕方ないよね!?」
「そんなことはありません。匂いに気付くことのできなかった私が狼失格なのです。そこでお願いなのです。どうか私にその飴玉をください」
「あげたらどうするの?」
「ひたすら匂いを嗅いで、その匂いが判別できるようになるまで訓練します」
無味無臭? 魔法薬がなんですか! こうなったら魔法の匂いだって嗅ぎ分けられるようになるしかありません! タクミ様のお側にいるためにはそれぐらいできるようにならなくては!
「訓練に使うって言うんなら良いけど……食べないでね?」
は!? なんということでしょう!? 私、とっても食い意地がはっている子だと思われているのでは!?
「た、食べませんよぅ」
は……恥ずかしいです……
ギルドに行くとブルモヒのお二人が待ち構えていました。
「お前ら、まだ歪界者になりたてなんだろ? 俺らがきっちり一から教えてやるから、今日は一緒に行動しようぜ?」
ブルさんが下手くそなウインクをしてきます。どっからどう見ても犯罪者が私達を脅しているようにしか見えません。見えませんが……
「「よろしくお願いします」」
私達は、二人揃って頭を下げてブルモヒさん達に歪界者のいろはを教えてもらうことにしました。
脅しているように見えるのは外見だけで、会話の中身は心から私達を心配してのものだというのが、昨日の出来事を通じてわかりました。
早速、実地訓練を始めるためにダンジョンに向かいます。道すがらデリアが罪を自白したため、即日処刑されたことを聞かされました。すごい数の余罪があったそうです。犯罪の手口も暴かれ、今後は周知されるそうです。
ブルモヒさん達のレクチャーは、私も村で大人達から教わっていなかったことがたくさんありました。とても参考になります。
人間同士のダンジョン探索では、ダンジョン内で食事を融通し合う時には、毒見をしてから相手に渡すのがマナーだとも知りました。もっと早く知っておけばと悔やまれます。
マナーなので別にやらなくても咎められませんが、遠慮なく毒見を求めて良いものなんだそうです。
ブルモヒさん達の一日ダンジョン指導が終わる頃には、タクミ様がブルのアニキ、モヒーのアニキ、とお二人を慕うようになってしまわれました。尊敬の眼差しでお二人を見ています。
あれ?? なんだか私のタクミ様を取られたみたいで何となくモヤモヤしてしまいます。
は!? もしやタクミ様は……だ、男性に気があるのでしょうか!?
もうすぐ同じ部屋で共に寝るようになってまる一ヶ月経ちますが、私には一切発情してくださいませんでした。
……私ってそんなに魅力がないのかな、と内心落ち込んでいましたが……まさか……そんな……
とても嬉しそうな顔で、「アニキっこういう時はどうすれば良いんですか?」と聞いています。そ……そんな!?
クンクンクンクン……ほっ。誰からも発情のオスの匂いは漂ってきませんね……
ダンジョンレクチャーが、終わると親睦会をやろうと誘われました。
困りました。以前から私は今日は初めての女子会をやろう、とミケさんに誘われている日だったのです。
「あ、そうか。今日はミケさんと女の子同士で飲む約束の日だったっけ? じゃあルナはそっちに行っておいでよ。僕はブルのアニキとモヒーのアニキと男同士で飲んでくるからさ」
タクミ様の歯がキラリと光ってます。とても良い笑顔です。クンクンクンクン……発情……してませんよね?
「ミケさーん!」
お店に入るなり私はミケさんに泣きつきました。
「タクミ様が……取られてしまいましたぁ……」
かくかくしかじか、とミケさんに涙目で状況を説明します。
「にゃはははは! 大丈夫にゃ、ルナの考えすぎだにゃ! ブルとモヒーはオフの日は花街に行ってるみたいだし、男色の噂もないにゃ」
「花街………た、タクミ様も行きたいのかな……私は全然相手にされていないし……」
「うーん、花街に行きたいかどうかはわかんにゃいけど、タクミは奥手そうだし……ルナに手を出さないのはヘタレなだけだにゃ、きっと」
「そう……なんでしょうか。私は女として魅力がないのかなと心配なんですけど」
「ルナは出るとこ出てるしウエストも引き締まってるし、ナイスバディだから心配ないにゃ……ウチより良い体してるのに舐めてんのかにゃ」
「ご、ごめんなさい」
あ、あれ? ミケさん今日は絡み酒?
「んー、ルナはそろそろあの日が来る頃にゃ?」
「は、はい」
「やっちゃいにゃ」
「え?」
ミケさんと別れて宿に帰ると、タクミ様はまだ帰って来ていませんでした。
考えてみれば、タクミ様と一緒になってから宿で一人で待っているのは初めてのことです。ベットに腰掛けて手持ちぶさたに足をパタパタしてしまいます。
タクミ様早く帰って来ないかなぁ……
一人の時は一人でいることになんとも思わないのに不思議ですね。
……待ちくたびれてしまったので、タクミ様の使っているベットに横になります。スーハーすーはー……あ~、いいにお〜い。タクミ様成分を補給できた気がします。
!? この足音は! ベットから飛び起きてお出迎えします。
「お帰りなさいませタクミ様」
「ただいまルナ。とっても楽しかったよ! ルナも楽しめた?」
「はい」
クンクンクンクン。
女の子の匂いもあまりしないし、発情したオスの匂いもしないし……ブルモヒさん達の匂いも……うっすらとしかしていませんね……セ〜フ!?




