第24話 第三階層
「おはようございます」
「ああ? おはよう? もう朝なの?」
なぜか至近距離からルナに朝の挨拶をされた。抱き枕にされている……そうだった……あのまま寝ちゃったんだった。そっとルナから離れ、何事もなかったかのように立ち上がる。……何もないよね??……僕もルナもちゃんと服を着ている。
よし、大丈夫だな? 一緒に生活している女の子を、酔った勢いで襲ったりしたらシャレにならないからな。ルナはとても素敵で良い子なだけに大事にしたい。
「……整合師の熟練度が上がってなにか変わったのかな……」
「タクミ様のように前例がない職業だと、変化を探すのに時間がかかるかもしれませんね。他の職業の例でいくと、例えばスキルの発動時間が短縮されていたり……新しく関連スキルが発現したり、覚えたりなんてことがありますけど……」
自分のステータスボードを眺めてみるが、熟練度が2になったこと以外は新たな変化はないみたいだ。
「見てみたけど、今のところ変化はないね。気長に探すしかないか……」
「それではダンジョンで色々実験してみましょう」
「そうだね! 今日から第三階層だし、昨日のミケさんの忠告を忘れずに気合を入れて行こう!」
「はい!」
ルボンドダンジョンの第三階層は地底湖エリアだった。一歩足を踏み入れると、ひんやりとした空気が肌を刺す。アリの巣のように入り組んだ水場と岩場が連続して続いており、天井付近にぼんやりとした明かりが所々ある。
ギルドで購入した地図の書き込みによると、発光する鉱石の光らしい。だが、全体に薄暗く夜目が利く者以外ではまともに行動できないだろう。
湿っぽい苔と水場の匂いが辺りを覆い、ピチョンピチョンと岩場や湖面に滴り落ちる水滴の音だけが、不気味なほど大きく響く。
「ルナ」
「はい。気付いています」
ルナがコクリと頷いた。
「はっ!」
「せい!」
僕らを待ち伏せていたでかいコウロギとダンゴムシがいたが、残念、僕らは暗い所に強いコンビなのだ。
ショートソードと鉄の短槍が、それぞれのモンスターを突き刺した。コウロギは洞窟コウロギ、ダンゴムシは泥団子ムシだな。どちらもEランクのモンスターだが、問題なく戦える。
第三階層は暗いという事前情報があったので、始めから知覚10プラス脳筋モードで乗り込んで正解だったな。
「油断せず索敵に集中して行きましょう」
「ああ」
魔石を拾ってしばらく進むと、鉱石の光と見せかけて近寄ったら毒針をさすヒカリホタルがいた。殺られる前に殺れの精神で、サーチ&デストロイだ。索敵が得意な僕らにとっては第三階層はいい狩場かもしれない。
……なんて調子に乗っていた頃もありました。
生まれて初めての魔法系スキルを使うモンスターとの対戦は散々だった。
サンショウウオのようなモンスター『グロウサラマンダー』は体表が滑らかでぬめりがあり、剣や槍の攻撃が中々効かない。そんな中でも少しずつダメージを与えて、もう少しというところで岩陰に逃げられてしまった。
追い詰めようとして、こちらの動きが単調になった隙をつかれてグロウサラマンダーの魔法スキル『水鉄砲』の直撃を浴びてしまった。
そしてその後グロウサラマンダーは地底湖に飛び込み逃げていった――
「……僕らは魔法系スキルには弱いね」
「前衛職の対処法としてはとにかく相手よりも速く行動して、魔法系スキルを使わせないことしかないですからね……グロウサラマンダーの相手は苦労しそうです」
「そうだね。もっと攻撃がちゃんと当たるように、次に見かけたら器用のステータス値を上げてから攻撃してみるよ」
「わかりました。サポートしますね。……はっくしょん!」
「ここは結構冷えるね。ずぶ濡れのままだと良くないから休憩しようか」
「そうですね。少し休んで服を乾かしましょう」
入口が一箇所しかない良さそうな洞穴を見つけた。元々中にモンスターもいなかったので安全性は高そうだ。ここで焚き火をして服を乾かすことにした。
ドーム状になっていて中心部の天井は高い。これだけの空間があれば酸欠になることもないだろう。
びしょ濡れの服を乾かすついでに、携帯用の鍋を火にかけ、薫製肉を数きれとモスグリーンを一枚分細かく刻んで入れたスープを作った。
一口飲むと、冷え切った体がじんわりと温まっていく。薫製肉からダシがよく出ていて美味い。パンをスープに浸しながら食べると、それだけでダンジョン内としては十分な食事になった。
まだ服と革鎧が乾ききっていないのでスープのおかわりを作り、火にあたりながらグロウサラマンダーの対策をあれこれ話し合っていると、ルナが鼻をひくひくとさせる。
遅れて僕も出入り口の先に気配を感じた。鉄の短槍を手に取り身構えるが、ルナは臨戦態勢を取らなかった。
「明かりが漏れているから何があるのかと思ったら、タクミ達か」
この声と体の輪郭はヴァンスとデリアか? 今日は子供たちの姿はなく二人きりのようだ。
「二人ともこんなところでどうしたんだ? Dランクの二人ならもっと先の階層だろう」
「グロウサラマンダーの肉が食べたくなってな、ドロップ目当てに狩りをしていたんだよ。しくじっちまって水をかけられちまったけどな。悪いが俺達も火に当たらせてもらって良いか?」
「どうぞ」
ルナがにこやかに応える。ルナは匂いでこっちに来るのがこの二人だと気付いていたんだな。
「わ! 美味しそうないい匂い! ねえルナ、スープもわけてもらってもいい? もちろんタダでとは言わないわよ。この飴玉と交換でどう?」
「え? 飴玉ですか? 高級品じゃないですか! スープとはつり合わないですよ!」
この世界では砂糖はまだ高級品みたいだからね。本当にそうだよ。それはもらいすぎだろう。
「何言ってんのよ、そのスープはダンジョン内価格なら十分飴玉と釣り合うわ。体の冷え切った私達が今一番求めているのが温かいスープと火なんだから! ほら、遠慮しないで。私達の仲じゃない」
「でも……」
「モス肉のお礼もちゃんとできていなかったし、これで貸し借りなしっていうのはどう?」
ルナが僕をちらりと見たので頷いた。ここは素直に交換したほうがいいだろう。その方が今後も彼らと良い付き合いができそうだ。
「じゃあ……いただいちゃいますね♪」
「どうぞ〜♪ 私もスープいただくわね」
ルナが包み紙を開け、クンと一つ匂いを嗅ぐと、飴玉を口にした。
一瞬驚いたような顔をした後に、花が咲いたかのような笑みを浮かべ尻尾が揺れる。強烈な砂糖の甘さに、始めは驚いたのかな?
「とても甘くて美味しいです♪」
「このスープすごく美味しいわ! どっちが作ったの?」
ルナの隣に座ったデリアが楽しそうに会話を進める。女子トークで盛り上がる二人の黄色い声がとても楽しそうだ。
ヴァンスは焚き火にあたりながら黙々とスープをすすっている。
ぱちぱちと焚き火の爆ぜる音が心地よく響く。僕もスープをすすりまったりと過ごす。ダンジョンの中とは思えないような穏やかな一時だ……
ドサッ。
「ルナ!?」
突然ルナが倒れた!? ついさっきまでデリアと楽しそうに会話をしていたのに!?
「あら? ルナどうしたの? 寝ちゃったのかしら?」
ルナを介抱しようとするデリアの顔が、どことなく楽しげに見える。
ミケさんの忠告が急速に脳内でリフレインしてきた。
――二人とも本当に気をつけるにゃよ? ダンジョンの中で知らないやつに迂闊に近寄っては駄目にゃよ? 死んだら承知しないからにゃ?――
まさか……まさか!?
「ルナから離れろ!」




