第11話 開眼
気がつくと、ベッドで朝を迎えていた。
ルナが……なぜか僕のベッドの中で、すやすやと穏やかな寝息を立てている。
というよりも、僕の頭をルナが胸に抱えるようにしていた。とても柔らかくて……甘い女の子の匂いが鼻腔をくすぐる。
そうだった!
昨日突然、意識を失ったことを思い出した。
ひょっとして、ルナは一晩中ずっと看病してくれていたのだろうか?
おそるおそる、僕はゆっくりと瞳を開いた。
まぶたの裏にずっと広がっていた暗闇が、まばゆい色彩に満ちた世界へと変わった。
見える!
見えるぞ!
どうなっているんだ?
わっ!? だけどじっくりと見ようとすると、頭がくらくらする!?
一度目を閉じて、ステータスオープンと唱えると……スキル欄に『神眼』というものが増えていた。……やっぱりな。……不思議な現象は、だいたいこのステータスってやつに関係すると思ったよ。
昨日教えてもらったルナの説明を思い出す。スキルには物理、魔法、生産の三系統があるそうだ。この『神眼』はどれに属するのだろう。筋力や耐久をあげても目が良くなるとは思えないから、やはり知覚や知力・精神に関わる魔法系だろうか。
ステータスを整合スキルで調整して、知覚は10のままで試しに知力と精神を両方5にしてみた。
ゆっくりとまぶたを開く。
おおっ!
頭痛がなくなった! くらくらしない! いや、まだ少し軽いめまいを感じるか……
そして何だこれは?
目の前に【ルナ】と文字が浮かんでいる!?
視線を横にずらすと、【ベッド】【ドア】【窓】などという文字が、それぞれの物の上に浮かんでいる。……これはいったい??
視線を戻して【ルナ】の文字を凝視すると、更に文字が分岐して表示された。
【ルナの乳房】
いったいどうなっているんだろう、と文字をタッチしようとして指を伸ばすと、文字をすり抜け……
ぽにん。
「あん」
へ?
恐る恐る視線をずらすと、いつの間にか目覚めていたルナとばっちりと目が合ってしまった。
ぎゃあああ、や、やってしまった!
セクハラ行為、わいせつ行為と受け取られないように、研修生の頃から『性的なゾーンには絶対に触れない』という柔道整復師・整体師としての鉄の掟を徹底していたというのに!
も、もうおしまいだ!
なまじ、そこそこ知名度があるだけにワイドショーとかに晒されて、SNSサイトで炎上したりして職を失ってしまうんだ!
は!? 落ち着け僕! ここは異世界。
テレビやインターネットはないんだ。
いや、そんなことはどうでもいい! まずはとにかくルナに謝らないと!
「ご、ごめんルナ! 今のはわざとじゃないんだ! 文字を、そう、目の前の不思議な文字を触ろうとしたら、すり抜けてしまって……」
「落ち着いてください、タクミ様。私なら平気です。よくわからないので、もっと最初から詳しく説明してください」
冷や汗が止まらない中、起きてからの出来事――新たなスキルが発生しており、ステータスをいじった結果、あちこちに文字が見えるようになった――とルナに説明した。
「それはおそらく鑑定眼系統のスキルですね。ものすごくレアなスキルですよ! タクミ様、おめでとうございます! ひょっとすると、もっと集中すればもっと深い情報も見ることができるようになるかもですよ」
「そうなの?」
もう一度目の前のルナに集中して、もっと知りたいと念じながらじっくりと見ていると【ルナの乳房】という文字が、突然パッと切り替わった。
―――――――――――――――
名前:ルナ
種族:狼獣人
魂の位階:5
筋力:1
耐久:1
敏捷:1
器用:2
知覚:3
知力:5
精神:5
運 :1
歪み耐性:1
職業:歪界者
職業熟練度:3
スキル:アイテムボックス(レベル3)、剣術(レベル3)、体術(レベル2)、盾術(レベル1)
――――――――――――――――
おおっ!
他人のステータスも見ることができるのか!?
「さ、さわりたいですか? た、タクミ様なら少しぐらいなら……さわっても……良いです……よ?」
え?
なんのことだと思い、客観的に自分とルナの位置を見直すと、ルナはベッドから立ち上がり僕の方をじっと見ている。対して僕はベッドの上で正座してルナを良く見ようと集中していた。
ぎょえぇぇぇ!?
これってルナから見たら、無言で目の前のおっぱいをひたすらガン見しているヤバい奴じゃないか!
「ち、違うんだ! 僕が見ているのはルナの中身なんだよ! 今は外側は見ていないから! お陰で色々と分かったことがあるよ!」
「ば、バストサイズですか?」
「ステータスだよ!」
バストサイズまでは載っていないよ!
……知覚を10にしていることで、身体の輪郭は手に取るように分かるため、ルナのスリーサイズはとっくに把握していることは秘密にしておこう。
……ルナは痩せてるのに、けっこう大きいよね。……うん、数字で表記されているわけではないので、嘘は言っていない。ボクハナニモシラナイ。
「ステータスまで見れるなんて、ますます凄いですね! それに、その神眼というスキルが発動中のタクミ様の瞳の色、虹色に輝いていてとても綺麗です♪」
今ルナと僕は、視線が交わっている。瞳の色のことを言われてハッとした僕は慌てて目を瞑った。
「どうかしましたか? また具合が悪くなったのですか? 大丈夫ですか?」
「いや……具合は悪くないよ……ちょっと嫌なことを思い出してね。僕の瞳はあまり他人に見せたくないかな……」
「え?」
訝しむルナに、瞳の色が原因でイジメられていた小学生時代のことを、かいつまんで説明した。
「そうだったんですね。私はタクミ様の瞳の色がどんな色でも気になりませんよ。瞳の色でタクミ様のお人柄は変わりませんからね。
……それに、この世界には、灰色の瞳の人ってけっこういるので普通ですよ? 赤い瞳や青い瞳、緑や黒い瞳なんかもたくさんいますので、単なる特徴の一つにすぎません。ですから、できればタクミ様も気にしないで、私にも他の人にも目を開けていて欲しいです」
「そう……なんだ」
ルナの言葉に愕然とした。そうなのか……僕の瞳の色はありふれているのか。……それなら。
一つ大きく深呼吸をすると、もう一度ゆっくりと瞳を開いた。再びルナと視線が合い、見つめ合う。
「一つ訂正です。今のタクミ様の虹色の瞳の色は、珍しい色だし輝き過ぎて目立っちゃいますね。もし調整が効くのなら、出会った人の記憶に残らないように、元々の灰色の方が良いかもですよ」
ルナは一歩近づき、僕の瞳をじっと見つめると、柔らかく微笑んだ。
ルナ……ありがとう。
窓の外ではすでに朝焼けが終わり、青空が広がっている。
先程までの驚きから一転、一気に目が見えることの喜びが込み上げてくる。世界はこんなにも彩り豊かで、明るかったのか。




