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第10話 濡れ場

 ルナがペロペロと、僕の頬からおでこにかけてを舐め始めた。特に目の周囲を重点的に舐めてくる。


 ちょっとちょっと!? 


 突然のことに、僕はびっくりし過ぎて、動けなくなってしまった。人間は驚きすぎると何もできなくなって、フリーズしちゃうんだね。


 ほんのわずかにザラリとしたルナの舌が、ちろちろペロリンと優しく優しく僕の顔を這っていく。くすぐったいような、気持ち良いような……


 は!?

 いったいこれは何が起こっているのか?


 親にも舐められたことがないのに!


 って、普通の親は子どもを舐めないか。


 いや、そうだ! ひかりだ! ひかりは僕の顔を遠慮なく、大きな舌でベロンベロン舐めていたっけ。犬か? 犬さんなのか? 狼獣人だと言っていたから、ルナも舐めるのか? ルナに対しては、人間相手だという感覚があるから、僕にはこの行為は少し気恥ずかしく感じてしまうぞ!?


 驚きつつも、色々なことを考えてしまって、その間ずっと舐められてしまっている。最初はこわばっていた僕の顔の筋肉が、徐々にほぐれていくのが不思議だ。


 ルナの舌が優しく這うたびに、皮膚の湿り気と心地よい温もり、そして気持ちの良さを感じる。って違う違う、そうじゃない。この状況はなんなのか。


「ルナ?」

「はい、なんですか?」

 

 返事をすることで、ルナの舌の動きが止まった。


「なにをやっているの?」

「舐めています」

「いや、だからなんで舐めてるの?」


「……タクミ様の目を……癒してあげたいんです。私はいつも怪我をしたら舐めて治しています。体の治りが良いだけでなくて、私の唾液は普通の人よりも怪我を治す効果が高いんじゃないかと考えました。……だから、タクミ様の目も良くなってくれると良いなって……」

 

 そう返事をすると、再びルナの舌が動き出した。


 そうだったのか……その気持ちは嬉しい……けど……


「ルナ、ありがとう。その気持ちはとても嬉しいけど、僕の目は怪我じゃなくて、生まれつき病気で見えないんだ。だから……」

 

「母犬は仔犬の目が開かない時には舐めて促します。故郷の村で私が飼っていた、仔犬の病気の目を、母犬と一緒に毎日根気強く舐めて、その仔犬の目が見えるようになったこともあります。それに……タクミ様は外ではぎゅっと目を瞑っています。目の周りが疲れてしまっているでしょう?」


 ぺろりともう一度舐め始めたルナ。


 僕のことを心から気遣ってくれるルナの言葉を聞いて、胸の奥底から何か温かいものがこみ上げてきた。


 ここまで僕の心に寄り添ってくれたのは、家族以外では初めてだ。突然異世界に放り出されて心細い思いをしていたところに、ルナの深い愛情と母性を感じて、涙がにじみ出してしまった。


 目の周りの筋肉だけでなく、心が……優しく解きほぐされていくようだ。


 ルナの舌の動きが大胆に変化する。まるでマッサージをされているみたいで……気持ちいい。


 あっ、でも、ちょっと(よだれ)が多めになってきてない?


 わざと涎をたっぷり出してベロンベロン舐め繰り回しているでしょ? 気持ち良いんだけど、ちょっとばっちくない?


 うわっ、涙で通り道ができてしまったのか、硬さがほぐれて僕の目を瞑る力が緩んだのか、目の中に涎が!


 大量の涎が!


 目が溺れる! 


 こら!


 まぶたを舌でこじ開けて目ん玉を舐めようとするのはやめなさい!


 涎の洪水が目の中に!


「ルナ! ありがとう。もう大丈夫だよ」


 さすがに止めてもらいましたよ。


 舐めるのを止めると、乾いた唾液の匂いがして生臭く感じる。さっきまで尊いものだと感じていたはずなのに、途端に不快になってしまうのが不思議だ。顔だけじゃなく目ん玉も洗い流したい。

 

 身支度用の洗面桶に、水瓶から水を移し、ジャバジャバと顔を洗い、桶の中でまぶたをパチパチと開け閉めして目を洗い流した。


「うわっ! まぶしい!! 光が!?」

「タクミ様! 大丈夫ですか!?」


 嘘だろ!? 光が!? 色が! あふれている!


 この世界に来て初めて開いた僕の瞳に映ったのは、僕を覗き込んだルナの不安げな顔だった。


 柔らかそうなふわふわの毛に縁取られた三角耳、肩口まで伸びた艶やかな茶色の髪、顎のラインはすっきりと美しく、頬はふっくらとしている。小さな鼻筋はすっと通り、形の良い唇はぷるんとしてみずみずしい。


 そして、顔の中心にある焦げ茶色の瞳。憂いを帯びた輝きは僕の心を吸い込むようで、魅力的な光を放っている……ほわぁぁぁぁぁ、かわいい(・・・・)ってこういうことなのか!?


「タクミ様の目が……虹色に光ってる……きれい……」


 ルナ以外にも次々に周囲の様子が色彩(しきさい)をもって僕の瞳に映し出され、そのあまりの情報量の多さに僕はベッドに倒れ込んだ。

 

 脳がオーバーヒートしたかのようにガンガンと痛み、僕はそのまま意識を手放した。


 



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