表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

天国で笑って

掲載日:2025/10/18

妹が死んだ。トラックに轢かれて死んだ。まだ17歳の、憎たらしくて愛しくてこの世で一番大好きな妹が、死んだ。相手はトラックの運転を生業とする50歳の男でまだ捕まっていない。どこにいるのかな。♪


俺は今まで何かに執着したことが無い。何にも興味が持てず、死ぬ理由も生きる理由もない。死んでみようかと思ったこともあったが、突然死んだら家族を悲しませるかもしれないと思ってやめた。一貫して人生に主体性や自分の意見が無かった。でも一つだけ、俺には宝物があった。年子の妹のはね。何かと俺の事を大切にしたがる両親にいつも文句を言い、僕のことを疎ましく扱う。高校生になってからは話すことも少なくなってしまった。強気で負けず嫌いででも実は僕のことが嫌いじゃない、羽。部活の遠征で県外へ行った際は「お土産よろしく」と連絡が来る。東京の大学に進学するつもりだと言うと、両親の前では使える部屋が増えたと喜んでいたのに部屋から声を押し殺して泣く声が聞こえた。かわいい僕だけの羽。だが僕もこんな本心を羽に知られたら、嫌われて口も聞いてくれなくなることは分かっていたので1度たりとも言葉にしたことは無い。誰も知らない。


あの日、僕は塾の授業を終え、スマホを見ると母親から不在着信が入っていた。またいつもの買い出しのお願いかと思いながら電話をかけ直した。泣いている母親の声。「羽が死んだ。」何を言っているのか分からなかった。


羽が死んだ?死んだってどういうこと。病院に着くまで何に乗ってどのくらい時間が経ったのか何も分からなかった。ただ目の前に白い布を顔にかぶせられた僕の宝物が横たわっている。もう羽は話さない。色素の薄い綺麗な瞳で僕のことを見ることもない。その瞬間全てがどうでも良くなった。早く死にたい。羽のところに行かなければ。頭の中は真っ白になった。緊張した時の白ではなくて濁った白色。病院を飛び出してそこから見えるいちばん高い建物の屋上を目指した。走って走って走って涙が出る。なんで死んだんだ、羽。その時、スマートフォンが鳴った。母親からだった。お前まで死んだら私も父さんと死ぬ。と言った。一家心中も悪くないと思った。でも父と母は僕と違って宝物はひとつでは無い。ここで僕が死んだら親殺しの息子として先祖に恨まれるかな、そう思うと少し笑えた。帰るよ と連絡を返して帰路についた。


羽のいない生活が始まった。けれど一つだけ分からないことがあった。羽はどうして死んだのか。母も父もトラックに轢かれて死んだとしか話してくれない。トラックの運転手って誰だ。僕の宝物を奪ったのはだれなんだよ。毎日毎日毎日念仏のように朝から晩まで聞き続けた。1週間ほどたって頭がおかしくなりそうだと両親が折れた。犯人は捕まっていない。どこにいるかも分からない。そう言った。その瞬間濁った白色だった俺の心は黒色に支配された。そうなのか。まだ生きているいるのか。心底安心した。俺の宝物を奪ったヤツは殺しても良い人間だと分かったから。生きる希望が生まれた。そこから毎日が楽しくて仕方がなかった。生きるのが楽しいとはまさにこの事かと実感した。毎日羽が死んだ事故現場に行き、通るトラック一つ一つ調べ、警察に行き、羽の事件を追っている刑事の動向を観察した。なるべく早く警察より先に犯人を見つけなければ犯人は俺の手の届かない場所に行ってしまう。そうなれば負けだ。出所するまで殺すことが出来ないなんて生き地獄だ。何としても早く見つけなければ。



見つけた。相手はろくでもない容姿の中年の男だった。運命の相手を見つけたかと思うほど胸が高鳴った。犯人をどのようにして殺すのか10年ほどの時間の中でそれだけを考えていた。相手は羽を轢いたことなどもうとっくに忘れているだろう。母さん産んでくれてありがとう。男が車で眠りこけている。「グッ」「ウワァアアアアアアアアア」



それから俺は人を殺すのが趣味になった。羽が死ぬ前の俺が見たらびっくりするだろうな。殺すのは人に迷惑をかけ嫌われている人間だけ。それも1回は見逃すというルールで。羽を殺したヤツはそれだけで万死に値するので例外だが、1回だけならば許してやる。でも2回目はダメだ。いつも同じ時間の電車に乗っている女子高生のストーカーをしている男。近所のコンビニの店員に理不尽なクレームをつける無職のジジイ。タクシー乗り場で列を守らない若い女。今まで何にも関心を持たずに生きてきたために気づかなかったが世界にはこんなにも殺してもいい人間で溢れている。天国だ。

世直しなんて聞こえのいいものではない。俺がやっていることは単なる趣味だ。好きでやっている。自分にこんな部分があったとは28年も生きてきて何も知らなかった。羽は天国で泣いているかもしれない。自分のせいでこうなったと。羽は知らなかっただけだよ。俺がどういう人間であったかを。


今日も世直し…では無く趣味をしに出掛ける。俺が殺すのは大抵無職で友達もいないようなヤツばかりだからか、まだ警察に見つかっていない。けれどいつかは見つかるだろうな。早く見つけて俺を死刑にして欲しい。だってあの世に行けば羽と同じ次元に行けるんだから。たとえ同じ場所ではなかったとしても。


「あの、大丈夫ですか?」


急に話しかけられて顔を上げるとそこに羽がいた。

「なんか顔白いからどうしたのかなって」

羽では無い。羽はこんな喋り方はしなかった。全くの別人。でも外見は羽に瓜二つだった。

その瞬間俺の黒い心に濁っていない純白が差し込まれた。涙が出た。

「ごめんなさいぃぃぃいぃいぃっぃぃ」

俺はホームで突然泣き出す奇妙な男になった。俺の趣味はこの日を境に終わった。



これは刑務所の中で書いている。いつ来るか分からない死刑を楽しみに今俺は生きている。今、俺の心は純白の白で満たされている。羽はどんな天使になったのだろう。そのことを考えて一日が終わる。大好きな羽。来世でもまた俺の妹として産まれてくれないか。愛しているよ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ