8-選定式と再断罪
――――王都エルグレアの中心部にそびえる、白金のドーム宮殿。
年に一度、若き貴族たちの登用を正式に認可する「選定式」が、盛大に催される日が来た。
赤い絨毯、数百人の来賓、金と白で統一された式場。
荘厳な楽の音が流れるなか、レイラ=グランディールは、落ち着いた面持ちでその場に立っていた。
だがその隣で、セインはわずかに息を詰めていた。
(――来るぞ)
レイラも、それを感じ取っていた。
空気が、重い。
式の始まりにふさわしくない、不穏な気配。
そしてそれは、式の中盤──若手貴族への任命状授与の直前に、ついに現れる。
「失礼いたします。……この場にて、緊急の審問がございます」
扉の奥から現れたのは、王都裁定院の監察官。そして──
療養を終えたはずの令嬢、クリーメル・エスパーダ。
白いドレスに身を包み、やつれた表情を見せながら、震える声で言う。
「どうか……この場を借りて、語らせてくださいませ……!
かつてわたくしは、悪しき虚言に巻き込まれ、すべてを失いました……。
けれど今、思い出したのです……本当の加害者は……
あのときと同じ、レイラ=グランディールです!」
式場がざわめく。
第一王子アレクシスは口を開こうとするが、クリーメルは制するように涙を流し続ける。
「どうか……この無力な令嬢の、最後の叫びを……お聞き届けください……」
──演技は完璧だった。
王家の寵愛、民の憐憫、偽りの記憶。
すべてを真実に見せかける芝居の舞台。
だが、そのときだった。
「……では、証拠をご提示いただけますか?」
その声に、式場が凍りついた。
レイラだった。
微笑みを湛えたまま、堂々と前に進み出る。
「そのような重大な告発、まさか……涙だけで通るとはお考えになっていませんわよね?」
クリーメルの顔が引きつる。
「わ、わたくしは……真実を……!」
「ええ。真実は素晴らしいですわ。だからこそ、この記録をご確認いただきたいのです」
レイラは手を挙げると、廷吏がひとつの木箱を運び込む。
開かれた中にあったのは、王都裁定院の正式な監査報告書。
そこには──
「クリーメル・エスパーダ嬢が療養中に外部との接触を持ち、虚偽の証言誘導、および情報工作を行った疑い」
「王太子名義による療養記録改ざんの証拠文書、および黒き使者との接触記録」
「加えて、先の冤罪事件の際、証言者の一部が買収されていた事実が第三監察課により確認された」
クリーメルの膝が崩れる。
「ど、どうして……そんな、こと……!」
「あなたの動きは、すべて予測済みでしたの」
レイラは優雅に歩み寄り、顔を覗き込む。
「同情を武器に、嘘を正義にすり替えようとした。けれど、今度は違う」
「な、なんで……あなたが、そこまで……!」
「わたくしには味方がいますの。権力に媚びず、記録に忠実な目を持つ──本当の知恵者が」
一瞬、セインと目が合った。
その視線は短く、しかし深く交錯した。
「あなたが仮面を被るなら、わたくしは真実を着て立ちます。
その違いが、今回の結果ですわ」
──そして、裁定が下された。
クリーメル・エスパーダ、王都追放処分。
名誉剥奪、資産凍結。公の場における発言権の剥奪。
王子アレクシスは裁定の場を去ることを命じられ、
代わりにレイラが「次期王政顧問補佐」として任命されることが、その場で宣言された。
ざわめきは、やがて拍手へと変わった。
「ざまぁないですわね、クリーメル。そしてアレクシス……ふふ」
──ざまぁ、完遂。