表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/14

6-療養令嬢と黒き使者

 ――――灰色の雲が垂れ込める、王都郊外の古い療養院。


静まり返った石造りの建物の奥、分厚いカーテンで閉ざされた一室に、クリーメルは横たわっていた。


かつては社交界の華。第一王子の傍らで微笑み、貴族の間で「天使のような令嬢」とまで呼ばれた女。


だが今は──

「虚偽の告発による婚約破棄事件の共犯」として、事実上の幽閉状態。


部屋の扉には番兵が立ち、外との接触は一切禁じられていた。


だが。


「──遅かったわね」


その声が響いたのは、深夜。

クリーメルのもとに、黒き使者が現れたのは、満月を雲が覆い隠した静かな時間だった。


カーテンの隙間からするりと忍び込んできた男。

黒い外套、フードで顔を覆い、足音すら響かせないその男は、膝を折って恭しく一礼した。


「クリーメル様。ご機嫌、麗しゅう」


「挨拶などいらない。……例の準備は?」


「整っております。グランディール家の動向、王都裁定院の監察情報、魔眼に関する基礎解析──すべて、予定通りです」


クリーメルは微笑んだ。かつての愛らしい笑みではない。

そこには、失った地位と誇りを取り戻す女の、確かな執念があった。


「レイラ=グランディール。あの女が、わたくしを泥の中に突き落としたのよ」


「承知しております」


「なのに……社交界ではあの女を持ち上げる声が日々増えている。

 自らの才覚で誤解を跳ね返した新時代の令嬢ですって?」


嘲るように吐き捨てる。


「──ならば、才覚の証など潰してしまえばいい。

 あの女が神輿にされている理由を、一つひとつ壊してやる」


「そのためには、やはり……」


「ええ。舞台が要るわ。派手な舞台でなければ、人は真実を疑わない」


クリーメルはベッドサイドに置かれた、銀のブローチを指で撫でた。

第一王子から贈られたもの──今では王家への皮肉の象徴。


「選定式がふさわしいわね。

 次代の貴族たちが新たな立場を与えられるその舞台で、わたくしが被害者として戻れば、

 レイラはまた悪役に見えるわ」


黒き使者は頷いた。


「療養記録の終了命令を得るために、王太子殿下への接触が必要です。可能でしょうか?」


「問題ありませんわ。殿下は、まだわたくしに罪悪感を抱いていますもの」


「……して、クリーメル様。貴女が彼女に抱く怒りはただの嫉妬ですか?それとも──」


「違うわ。レイラは、あの場でわたくしよりも賢く、強かった。

 それが、許せなかった。

 わたくしは選ばれた側の人間でありながら……捨てられたのよ」


その声は怒りと共に、わずかな哀しみを含んでいた。


「──だから奪うの。すべて。彼女の才覚を、信頼を、居場所を。

 わたくしがそうされたように、すべてを壊してやる」


使者は黙ってうなずき、黒い懐から小さな小瓶を取り出した。


「では、再登場の準備を。服従と憐憫を引き出すには……ほんの少しの薬と、涙があれば十分です」


クリーメルは静かに頷き、手鏡を取り上げて自分の目を見つめた。


「仮面の裏のわたくしが何者でも関係ない。必要なのは、人々にどう見えるか

 ──ただ、それだけですわ」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ