表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/14

5-沈黙の紋章と、封じられた血

 ――――秋の風が、グランディール侯爵邸の中庭を吹き抜けた。


紅葉の葉が舞う庭園で、レイラは手にした一枚の書簡を見つめていた。

古い羊皮紙。端がかすかに焦げ、封蝋はすでに割られている。


それは、王都のとある古書店から匿名で届いたものだった。


中身は、ごく短い言葉だけだった。


『王位簒奪の夜、処刑を逃れた一人の赤子がいた』

『その者の名に、エルファン家の意志は今も宿る』


──エルファン家。

百年前に滅びた、王家の前の名。


それは貴族たちの間でも禁句に近く、記録の多くは焚書に遭っている。

レイラが魔眼を使っても、王城の書庫にはほとんど何も残っていなかった。


(なぜ、今になって……?)


レイラはふと、最近よく現れる黒衣の青年を思い出した。


セイン。


あの知識。あの観察眼。あの、時折見せる異常なほど王政に冷たい目。


(──まさか、彼が……?)


考えすぎだと頭ではわかっていた。

けれど、心のどこかで釘を打たれるような違和感が残っていた。


ちょうどそのときだった。

庭園の石畳を踏む音が近づき、セイン本人が現れた。


「また、独りで難しい顔をしていますね、レイラ嬢」


「あなたこそ、いつも絶妙なタイミングで現れますわね。まるで……」


レイラはわずかに笑みを浮かべ、書簡を背中に隠した。


「……わたくしを観察しているかのように」


「失礼。私としては、ただ気になっているだけです。あなたがどこまで、あの王座の深さを覗けるか」


「その深さを、あなたはどこまでご存じで?」


問いかけると、セインは一瞬だけ言葉を失った。


だが次に返ってきたのは、いつもの冷静な声。


「私はただの学者です。ただ、先代の歴史には……人より少し詳しいだけ」


「少しにしては、あまりにも記録の断片を持ちすぎていらっしゃる。

 そして、あなたは王家にまつわる話題になると、必ずほんの僅かだけ間が空く。

 まるで……怒りか痛みを飲み込むような沈黙が」


レイラの瞳が、セインの瞳をまっすぐに捉える。

魔眼ではなく、ただの人間としての直感で。


「……あなたの本当の姓は?」


風が吹いた。セインの前髪が揺れ、沈黙が落ちる。


だが、彼は答えなかった。

ただ、わずかに唇を引き結んだまま、視線を逸らさずに言った。


「……それを知って、どうする?」


「決めかねています」


レイラは隠していた書簡を取り出し、セインの前に差し出した。


「けれど、これが貴方自身の記録なら──わたくしは、ただ傍観者ではいられません」


セインはそれを見て、驚くこともなく、静かに受け取った。


「……なるほど。やはり、あなたには隠しきれないか」


そして彼は、ついに一歩、己の殻を破った。


「エルファン。それが私の消された姓です」


「……!」


「私は王族ではありません。王になるつもりも、復讐者を名乗る気もない。

 ただ……歴史を焼き捨て、上に乗ってあぐらをかく者たちに、終わりを告げたいだけです」


それは、告白ではなく、誓いだった。

王にすがらず、王にならず、正義をただ記し続ける者。


レイラは黙ってセインの目を見て、ほんのわずかに笑った。


「なら、よろしいですわ」


「……え?」


「わたくしも復讐には興味がございませんの。

 けれど記録を書き換えることには、大いに興味がございます」


そして彼女は、少しだけセインに歩み寄った。


「あなたの名前が王の血から来ていようと、魔眼で見えるのは嘘だけです。

 今のあなたが本当のあなたであるなら、わたくしはその隣に立ちます」


風が止まり、時間が一瞬だけ凪いだ。


セインは、静かに目を閉じた。


そして──


「……ありがとう」


その一言だけを、穏やかに返した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ