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2-断罪の舞踏会

「レイラ=グランディール、お前には貴族令嬢としての品位がない!」


そう言い放ったのは、この国の第一王子にして、レイラの婚約者であるアレクシス王子だった。


凛々しい顔に怒りの色を浮かべ、金色の髪を揺らしながらレイラを指さす。その隣には、可憐な笑みを浮かべた少女──侯爵令嬢クリーメルが控えている。おそらくこの場の「ヒロイン役」を演じる、そういう立ち位置なのだろう。


「あなたは第三騎士団長ヴァルカスと密通し、王家を裏切ろうとした!よって、婚約は破棄する!」


王子の声が高らかに響くと、会場に集まっていた貴族たちがざわめいた。


けれどレイラは──


「あら……それで?」


微笑んで、首を傾げた。


「で、その証拠は?」


「な……っ!」


アレクシス王子が言葉を詰まらせる。

あまりにも堂々としたレイラの態度に、場の空気が一変した。


「そのような大事な決定を下すのに、まさか勘だけではございますまいね?」


レイラの声は穏やかだが、会場の空気は凍りついた。


「証人はいるのかしら?手紙?目撃者?……それとも、ただの噂?」


周囲を見回すと、さっきまで得意げだったクリーメルの顔が少し引きつっている。

彼女の肩越しに立つ男──辺境伯家の次男・ギルバートが、わずかに唇を噛んだのをレイラは見逃さなかった。


(ふむ。あれが黒幕か)


そう察したレイラは、ゆっくりと進み出ると、侍従に向かって手を差し出した。


「王子殿下、この告発に関わる証拠資料を、今すぐに提出してください。ないならば──これは虚偽による名誉毀損であり、逆に裁かれるべきは、あなた方ですわ」


言い切った瞬間、場内は静寂に包まれた。


──ざまぁ、開始。


その瞬間、魔眼が煌めいた。ギルバートの胸元に隠されていた改ざんされた文書の存在をレイラは正確に見抜き、そしてそれを告げる。


「辺境伯家のギルバート様。あなたの懐にある手紙……第三騎士団長を陥れるために偽造したものでは?」


「な……なぜ、それを……!」


周囲の視線が一斉にギルバートに注がれる。


レイラは微笑む。


「──ごきげんよう。王子殿下、どうやら真の裏切り者は、違うようですわね」


ギルバートはしばし絶句していたが、やがて唇を震わせ、必死に絞り出すように言った。


「そ、そんな馬鹿な……この手紙は、確かにヴァルカス団長から……!」


「そうですの?」


レイラは一歩、二歩とゆっくり前に出る。紅いドレスの裾が床を擦る音だけが、静まり返った会場に響いた。


「ではその手紙に書かれていた内容──王子殿下の暗殺計画なるものの詳細を、どうぞ皆様の前でお読み上げくださいな。わたくしの名誉を地に落とす覚悟で、当然それくらいの覚悟はおありですわよね?」


ギルバートの顔色が、みるみるうちに蒼白になっていく。


「そ、それは……!」


レイラはふうっと、わざとらしくため息をついた。


「残念ですが、わたくしの魔眼には、文字が変造された痕跡が見えております。貴方が使ったインクと、ヴァルカス団長の公用書簡に使用されるインクの成分、まったく違っておりますもの」


「っ……!」


「さらに言えば、貴方が証人として提出した騎士も、今朝ほど行方不明になっておりますね? 不思議ですわ、ちょうどこの告発の直前に姿を消すとは」


レイラは笑った。

まるで舞踏会の主役のように、優雅に、余裕を携えて。


「さて、王子殿下。これでも、わたくしの罪は確定でしょうか?」


アレクシス王子はレイラを見つめ返すが、その目には明らかに動揺の色が滲んでいた。

王子はギルバートに目を向けた。


「ギルバート……これは、本当なのか?」


「わ、私は……っ」


ギルバートは逃げるように視線を逸らし、答えを濁す。

王子の顔に怒りが浮かびかけたそのとき──


「申し訳ありません、殿下! これはすべて、わたくしが……!」


悲鳴のような声を上げて、クリーメルが王子の前に跪いた。


「すべては……わたくしが、レイラ様に嫉妬して……ギルバート様に相談を持ちかけ……っ、でも、こんなことになるとは……っ」


大粒の涙が頬を伝い、床に落ちる。可憐で儚げな姿に、何人かの貴族が同情のため息を漏らした。


だが──レイラは知っていた。この女の涙が、いかに冷たい毒を含んでいるかを。


「クリーメル様」


レイラはゆっくりと彼女に歩み寄り、膝を折った。


「どうかお気になさらず。貴方はわたくしに嫉妬したとおっしゃった。けれど、それはつまり──わたくしに負けていることを自覚していたということですわね?」


「……っ!」


「わたくしは、貴方に嫉妬したことは一度もありませんわ。ですから、ご安心なさって」


にこりと笑って、レイラは立ち上がる。ざわり、と空気が揺れた。


誰もが悟った。

この日、断罪されたのは、レイラではなかったことを。


アレクシス王子は、この日を境に王国の政治の表舞台から距離を置かれ、ギルバートは辺境へ左遷。

クリーメルは「心の病」で療養という名目のもと、社交界から姿を消した。


そして──

レイラは、かつての「悪役令嬢」から一転、冷静で聡明な貴婦人として知られるようになる。


だが、それはまだ物語の序章にすぎなかった。

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