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12-記憶の監査と虚構の審問

 王都の審問廷――

王族の前で開かれた特別審問の場に、レイラは呼び出された。


罪状は、なんと「王家転覆を企てた反逆者」。


提示された証拠は、魔法によって映し出された【記憶の映像】。

そこには、黒写本を手に禁忌の呪文を読み上げるレイラとセインの姿が映っていた。


会場はどよめきに包まれる。


「まさか……彼女が……?」

「あの記録を改ざんしたのは本当だったのか……!」


静かにその映像を見ていたレイラは、やがて立ち上がった。


「……ふふ、ずいぶん凝った幻をお作りになったものですわね」


その言葉に、傍聴席の貴族たちがざわめく。


「これは事実だ!君の罪は、記憶としてここに残っている!」

と叫ぶのは、エイビスの手の者――審問官リシングル。


だがその瞬間、隣のセインが口を開いた。


「では、これはどう説明する?」


彼が差し出したのは、一枚の記録写し。


「この映像の中で使用されている黒写本は、五日前に新しい表紙へ修復されたもの。

 私たちが潜入したとき、まだ旧型のデザインだった。つまり……」


「その映像は、偽造された記憶だということです」


レイラの声が会場に響いた。


さらに、セインはとどめを刺す。


「そしてこの記憶を提出した魔力波形は、君のものだ――リシングル。

 私の記憶ですと主張していたが、記録を分析すれば一目瞭然。

 これは、レイラを陥れるために作られた偽物だ」


会場がどよめき、審問官たちがざわつき始める。


そこに現れたのは、老いた記憶監査官。

王家に仕えていた本物の専門家が、重々しく宣言する。


「その記憶は嘘だ。……すべて、リシングルが作った幻だよ」


──沈黙。


そして。


「リシングル、あなたを記憶偽造による国政妨害の罪で拘束します」


鎖音とともに、黒衣の警護兵がリシングルを取り囲んだ。


「そんな……私は王家のために……!」


「王家のために他人の記憶をでっち上げるなんて、滑稽ね」


レイラが、堂々と前に歩み出る。


その瞳はまっすぐリシングルを射抜いていた。


「あなたは記録に続いて、記憶にも見放されたのですわ。

 さぞ、お気の毒ですこと」


その一言が、法廷中に響いた瞬間――

完全勝利のざまぁが、鮮やかに決まった。


「……そんな、はずが……ッ……!」


魔力鎖に縛られ、ひざをついたリシングルは、なおも足掻いていた。


かつて裁定院の中でも指折りの審問官とされ、王政を代表する正義の執行者の名を冠していた男。

そのプライドが、今日、完全に地に墜ちた。


「私が……王家のために何をしてきたと……!あの女が!あの女さえいなければ……!」


レイラを睨みつける目には、もはや理性の光はなかった。


「お前のような成り上がりに、わたしの正義を、わたしの記録を……ッ」


「記録?」


レイラがゆっくりと歩み寄り、冷ややかな声で返す。


「あなたが記録と呼んだものは、他人を貶め、自分の立場を守るための捏造だったはずですわ。

 そんなもの、正義でも何でもない」


「黙れ!黙れ……ッ!!お前みたいな女が認められて、私が……っ、私が何もかも失うなんて……!」


「お前みたいな女――」


レイラはリシングルの目を正面から見下ろし、はっきりと告げた。


「その言葉が、あなたの限界ですわ」


会場が静まり返る。

レイラは続けた。


「わたくしは、あなたのように誰かの手足となって生きてはいません。

 記録に消され、記憶に歪められ、それでも立ち続けてきた本当の自分を、守り抜いただけです」


「あなたは王家のためと唱えていたけれど――

 結局、あなたが守っていたのは、あなた自身の小さな名誉。

 他人を陥れれば自分が上に行けると思っていた、小物の浅知恵ですわ」


リシングルは顔を歪めた。


「わたしは……私はっ……! 王家に忠義を尽くしてきた!私が正義だったのだ!!」


その叫びに、審問官長が静かに首を振った。


「――ならば、なぜ記録も記憶も、お前の正義を支持しなかった?」


「っ……!」


「それが、お前の正義のすべてだったのだ。誰にも見届けられない、自分勝手な妄執にすぎん」


リシングルの顔が真っ赤になり、くずおれる。


「こんな、こんな……レイラなんかに、負けるなんて……っ……!」


「ええ、負けたんですのよ」


レイラの声は凛として、美しく響いた。


「なんかではなく、レイラ=グランディールという名を持つ女に。

 記録にも、記憶にも、確かに生きたこのわたくしに」


ガチャン、と鎖が締まる音。

リシングルはそのまま、魔術封印の輿に乗せられ、王都の地下監牢へ連行されていった。


最後に見せた表情は、怒りでも涙でもなかった。

それは、初めて自分が何者でもなかったと気づいてしまった男の、

絶望と空虚だけが浮かんだ顔だった。


そしてその日、王都にこう刻まれた。


「虚偽の記憶を使い、正義を騙った男。

 彼の名は消され、記録も記憶も、レイラの勝利を語った」と。


――――ここでも、レイラはざまぁを完遂していた。

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