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11-偽史の封鎖空間と魔眼の鍵

 ――――王都南部、第三層地下。


その空間は存在すら地図に記されておらず、石畳の奥に口を開けた、漆黒の螺旋階段が続いていた。


「……気配はありますわね。人の、それも魔力の強い者の」


「黒写本の管理者、記録守(きろくもり)のひとりでしょう。

 エイビスの右腕にして、記録魔術の使い手です」


セインの声は低く、油断のない音で響いた。


レイラはゆっくりと、金細工の髪飾りを外した。

それは魔眼封印解除の鍵だった。


「いきましょう。――この目で、すべてを見抜いて差し上げますわ」


静かな靴音が響く。


ふたりは重い封印扉を抜け、いよいよ禁忌の記録空間へと足を踏み入れた。


室内は、黒と銀で構成された異様な空間だった。

書架が浮遊し、記録が空中に展開し、魔法の記述が空を泳ぐ。


その中心に立っていたのは、ひとりの黒衣の男。

瞳には記録魔術の痕――銀色の刻印が浮かび、手には黒写本が握られていた。


「……おやおや、ずいぶんと珍しいお客様だ。レイラ嬢、セイン。お揃いで記録の墓場へようこそ」


「あなたが、記録守?」


「そう。正式な名は《ルクレア》。我が記録に反し、入室者が発生する確率は0.03%。まったく、計算違いにもほどがある」


彼は薄笑いを浮かべ、黒写本を掲げた。


「この書に記されたことは、すべて真実となる。

 君の戸籍も、君の出生も、君の功績も――

 ここで改竄されれば、明日には世界がそのように認識する」


「では……」


レイラが一歩前に出る。魔眼が淡く光る。


「あなたが、王政に不都合な情報を消してきた証拠も、そこに記されているのでしょうね?」


「残念。私が記した内容は、すべて正義の名で守られている。誰にも解読など――」


「――その記録の内容、今日をもって書き換わりますわ」


セインが放ったその言葉に、ルクレアの笑みが凍る。


「何……?」


セインは懐から一冊の文書を取り出した。それは数年前に、旧図書塔で見つけ、魔術的偽装を施して黒写本の副本に挿入しておいた記録。


『記録守・ルクレアは、王命を騙り、記録改竄を独断で行った罪人である』

『その記録が再生された時点で、記録空間の管理権は失われる』

『記録守は、自らの記録により裁かれるべし』


その記述が――

黒写本の魔術構造に従い、自動的に発動した。


空間が震えた。

銀の記録陣がルクレアの足元に浮かび上がり、彼自身の声が再生される。


「……これは私が記した記録だ。誰もそれに反することはできない――」


「――記録に従い、汝、罰を受けよ」


《ギィィィィィィン……!》


魔法陣が炸裂する。

銀の鎖がルクレアの身体を縛り、口を塞ぎ、記録を口にすることすら許さずに、彼の身を封じ込めていく。


「そんな……記録が……私に……!?」


「記録こそが絶対と言ったのは、あなたのほうですわ」


レイラの瞳が輝きを増した。


「存在を消されかけた人間の怒り、お味はいかがかしら?」


ルクレアはそのまま、記録庫の深奥に封じられた。

皮肉にも、彼が消してきた者たちと同じ場所に。


ふたりは記録を奪還し、黒写本の制御権を奪取。

書き換えられたレイラの戸籍、功績、家系記録はすべて修復され、

誰も消せない特権レベルで保護されることとなった。


地上へ戻る階段の途中、レイラはぽつりと呟いた。


「歴史って、こんなにも脆いものだったのですね」


「だからこそ、守る価値がある。君が書く未来の一行が、誰かの人生を救うかもしれない」


レイラは微笑み、うなずいた。


「……なら、わたくしの物語。きちんと書き残さなくてはなりませんわね。

 レイラ=グランディールという名を持つ令嬢が、決して消えなかったという記録を」

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