表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/14

10-黒写本の夜会

 ――――王都の深夜、グランディール邸の密室。


扉には防音と封印結界が張られ、蝋燭の炎だけが部屋の輪郭を照らしていた。


レイラは机に広げられた一枚の書状を見下ろし、目を細めていた。


「……これ、わたくしの戸籍記録ですわよね?」


「正確には、王都中央登記院に保管されている写しの写し。信頼筋から入手しました」


セインが指先で示すのは、出生欄の右下──


母:エルザ=グランディール(死亡)

父:不明

生年:王暦XXX年……《抹消線処理済》


「……おかしいですわ。わたくし、父の名を記載していたはず。亡き父の名前は「ルディ」──」


「そう。だが、今の記録では記載そのものがなかったことにされている」


「つまり……私という人間の根が、ゆっくりと消されていってる……?」


レイラの声に、微かに震えが宿る。


セインは頷いた。


「これは、情報改ざんの常套手段。実在しながら、存在しなかったことにする。

 そしてこの記録改変は、通常の王政機構では到底不可能な領域に踏み込んでいる。

 間違いなく──エイビスの仕業だ」


レイラは拳を握った。

名誉でも、地位でもない。

存在を消されるということは、世界そのものから拒絶されることに等しい。


「やられる前に、やり返すだけですわ。

 記録が消される前に、わたくし自身が歴史を刻めばいい」


「そのために、ひとつ提案があります」


セインが静かに広げた地図の中央には──


王都南地区・第三層「旧史料保管庫」

通称《夜会の間》


「ここは、王家直属の写本管理部門。

 通常の貴族は立ち入れず、公式記録の原文が保管されている。

 そして、黒写本も、ここにあるはずです」


「……夜の王宮の下に、そんな場所が……」


「誰も気づきません。表の宮廷から遠く離れ、記録という名の影だけが眠っている」


レイラは一瞬だけ黙し──そして、口元に静かに笑みを浮かべた。


「わたくし、初めてですわ。自分が何者かを取り返すために、盗みに入るなんて」


「盗むのではありません。奪われたものを、取り戻すだけです」


セインが差し出したのは、古い鍵。


「これを渡した人物は、かつて王家の記録係だった老人です。

 処刑を免れる代わりに、沈黙を選びました。

 だが、今だけは言った。本当の歴史を取り戻してくれと」


レイラはそれを受け取り、そっとドレスの内ポケットへ忍ばせた。


「……夜の仮面舞踏会ですわね。わたくしとあなたの、ふたりきりの」


「その仮面の下で、嘘を暴きましょう」


月が雲間から顔を覗かせた。


そしてその夜、ふたりの影は王都南部へと向かう。


存在を奪う記録に挑むための、たったふたりの記録奪還作戦が始まる──

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ