第6話「選ばれし者」
特別通達を受けた俺たちは、案内役の職員に導かれて学園中央棟の奥へと進んでいた。
白と金で統一された回廊は、他の施設よりも重厚で、格の違いを感じさせる造りだった。壁には魔法文明期の記録と思われる浮き彫りが並び、魔石の灯りが影ひとつ落とさず照らしている。
(……こんな場所、普通の生徒じゃまず来れねぇよな)
一歩ずつ進みながら、気持ちを切り替える。隣ではリィナが無言で歩いていたが、どこか張りつめた空気をまとっていた。
「……緊張してんのか?」
「まさか。でも、空気は少し変わったわね……」
「あぁ……」
余計なことは言わない。ここが“普通”じゃない場所だってことは、言葉にせずとも伝わってくる。
そのとき、背後から足音ひとつ立てずに誰かが近づいてきた。
「……あなたたちが、第一と第二位?」
静かな声。振り返ると、長い黒髪の少女が立っていた。無表情に近い顔立ちと、凛とした瞳。
「シャナ・バーネス。第三位よ」
「お、おう……俺はレオン。よろしく、シャナ」
「リィナ・シュトラーデです。シャナさんの試験、見ていました。氷結魔術の精度、すごかった」
「……ありがとう。でも、あなたたちのほうが強い。特に……あなた、芯がある」
淡々とした口調でリィナにそう告げると、シャナは無言のまま先を歩き出す。
(クールすぎるっていうか……なんだ、あいつ…)
でも、ただ無口なだけじゃない。言葉の裏に、確かな“理解”があった。
やがて案内役が立ち止まった先には、大きな扉があった。
「こちらへ。選抜者への通達は、この部屋で行われます」
扉が開いた瞬間、まばゆい光が視界を包む。
中は円形の会議室のような場所だった。中央には半球状の魔導装置があり、空気にはかすかな魔力の脈動が漂っている。
数人の教官が待っていた。その中に、見覚えのある顔もいる。
「ふむ、来たか。いやはや、見事な三人だ。これなら我が校の未来も、少しは面白くなりそうだ」
ガレウス准教授が、眼鏡を押し上げながら笑っていた。
彼の隣にいた年配の男性が前へ出る。ローブの紋章からして、上層部の一人なのだろう。
「リィナ・シュトラーデ、レオン・アルヴァレスト、シャナ・バーネス。君たちは、今年度の選抜試験において優秀な成績を収めた」
「よって、君たち三名には“特別枠”としての試練を与える。以後は、通常の課程とは異なる個別指導と訓練が課されることとなる」
「……特別枠?」
「そう。“育成指定生徒”とでも言えば分かりやすいか。君たちは、“魔術士”としての資質を高く評価された。よって、この学園の“核”として育て上げられる立場にあるということだ」
“核”という言葉が、妙に引っかかった。
(注目される……ってことか)
レオンは静かに息を吐く。重みを感じながらも、どこか心の奥が騒ぎ始めていた。
「質問がある人は?」
一瞬の沈黙。だが、誰も声を上げなかった。
リィナはまっすぐ前を見据え、シャナは何も言わずに立っている。
俺も――背中を伸ばして、ただこの空間に立ち尽くしていた。
(……始まるんだな、ここから)
“魔術士”としての、本当の時間が。
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「それでは、特別枠生徒に対する今後の方針を伝える」
年配の男性──おそらくこの場の責任者であろう人物が、一歩前に出て言葉を続けた。
「君たちは、来週より通常の授業と並行して“個別訓練”に参加してもらう。内容は、それぞれに最適な訓練課題が割り当てられる形になる」
「また、三名の連携力を試すための“合同訓練”も、近日中に実施する予定だ。互いの特性と立場を理解し、実戦に耐える連携を学んでもらう」
(合同訓練、ね……)
リィナとシャナの実力は十分に理解していた。だが、自分がそこに並べるか──それだけは、まだ分からない。
「それと、注意点が一つある」
年配の男がわずかに目を細めた。
「君たちが“特別枠”に選ばれたという情報は、まだ一般生徒には公開していない。だが、近いうちに知れ渡ることになるだろう。そのとき、どう受け取られるかは君たち次第だ」
(つまり……目をつけられる、ってことか)
レオンは小さく息を飲んだ。
リィナもわずかに目線を落とし、無言で頷いている。
シャナは相変わらず何も言わずに、ただその場に立っていた。
「以上だ。何か質問があれば受け付けるが──」
「ありません」
静かに、しかしはっきりとシャナが言った。
続いて、リィナも頷く。
「同じく、ありません。」
レオンも、二人に続く。
「……俺も、大丈夫です」
「ふむ。ならば解散とする。君たちの個別スケジュールは、追って連絡する」
教官たちが静かに頷き、退室の合図が出された。
会議室を出た廊下。
三人はそのまま、ゆっくりとした足取りで並んで歩いていた。
しばらく無言が続いたあと──
「ねぇ」
シャナがぽつりと口を開いた。
「……ありがとう。」
「ん?何のことだ?」
「初めて……名前で呼ばれたから」
「えっ……あぁ」
レオンは、少しだけ目を丸くして笑った。
「そんなことでいいなら、何度でも呼ぶけどな。シャナ」
「……うん」
ほんの一瞬、シャナの口元が緩んだように見えた。
「そんな顔もできるのね」
リィナが小さく笑う。
「別に……普通よ。誰かと仲良くなるの、ちょっと苦手なだけ」
「そっか。でも、少しずつ慣れていけたらいいな」
レオンは小さく笑って、前を向いた。
差し込む陽光は、どこまでも澄んでいた。
(これから、何が待ってるのかは分からない。でも─)
(俺たちは“ここから始まる”)
──選ばれた三人の物語が、静かに幕を開けた。