表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/9

第5話「選ばれし魔術士たち」

筆記試験の終了から、そう時間は経っていなかった。


控室に戻ってきた生徒たちの表情には、疲労と安堵が入り混じっている。だが、その空気はすぐにぴんと張りつめることとなった。


「次は――実技試験だ」


扉の向こうから響いたのは、あのガレウス准教授の飄々とした声だった。


「演習場へ移動したまえ諸君。まだ心の準備ができていない者は居るか?まぁ、常に準備が整っていないと負ける……魔法というのはそういうものだが……」


意味深な言葉を残して、彼は去っていく。


(演習場か…… 次は実戦形式ってわけか)


レオンは小さく息を吐き、隣にいたリィナと目を合わせる。


「行くわよ。……今度こそ、あなたの“本気”が見られるかしら?」


「……その前に、俺がちゃんと魔法を出せるかどうか、なんだけどな」


小さく笑い合いながら、ふたりは他の生徒たちと共に歩き出す。



演習場――通称『魔導演習円環』は、魔法学園の中央庭園の奥、巨大な魔力障壁によって囲まれた闘技場のような施設だった。


空には結界の薄膜が張られ、観客席からの視線を遮断している。魔素濃度は高く、地脈を通じて常時循環しているため、魔法行使に最適な環境が整っていた。


「では、まず第一班から行こうか。……シュトラーデ嬢、君からだ」


「了解しました」


リィナは一歩前へ出て、静かに詠唱を始める。


「――光よ、導きの弓と成りて、影を射抜け」


彼女の周囲に展開される魔法陣は、実に精密で美しかった。光属性をベースに、流線的な魔力の流れが繊細に制御されている。


出現した幻獣は、漆黒の狼型召喚獣。素早く、複数の個体で連携を取る戦法を仕掛けてきた。


だがリィナは、それを読み切っていた。


陣を空中に展開し、光の矢を高速で連射。魔力を最小限に抑えつつ、着実に急所を射抜いていく。


「――やるな、あの子」


観察していた他の教官がつぶやいた。


「基礎の徹底、応用力、魔力消費の最適化……全部そろってる。これが貴族階級の完成形、か」


(……やっぱすげぇな、お前)


レオンは、誇らしさとほんの少しの焦燥を胸に抱えながら、それを見つめていた。



「次、309番。レオン・アルヴァレスト」


呼ばれた瞬間、空気が変わった。


観察していた教官たちの目も、すっとこちらに向けられる。


(さて、やるか……)


レオンはゆっくりと前に出る。目の前には、既に次の幻獣が召喚されていた。


それは巨大な二足歩行の魔獣――岩のような皮膚を持つ“擬似石竜”。


(防御力特化型か……こっちの攻撃魔法の質が試されるな)


レオンは手をかざし、詠唱を試みた。


「火よ、熱を帯びて……って、く、っ……?」


魔力が、うまく術式に流れない。


「あれ……?」


脳内に組み上げたはずの術式構造が、うまく結びつかない。発動すべき魔法陣が、わずかに歪む。


(……しまった、俺……)


詠唱魔法に慣れていない。


いつもは“自然に”、感覚で魔力を操っていた。術式を口にするより早く、“出てくる”のが当たり前だったのだ。


そして今、その“常識”が裏目に出た。


(落ち着け、落ち着け……!)


迫る石竜の咆哮。


思考が追いつかないまま、レオンは無意識に右手をかざした。


「……来るなッ!」


その瞬間――


空間がわずかに歪み、術式を介さない純粋な魔素の奔流が発生した。

轟音と共に、大気が震え、まるで“意志”そのものが形を成したような熱波が前方へと放たれた。


石竜の動きが止まる。装甲のような皮膚が、中心部から“爆ぜた”。


観客席の教師陣が、思わず前のめりになる。


「……今のは、術式を使っていない?」


「否。魔素が……彼の精神波長に“直接干渉”していた。これは……術式以前の、原初の干渉……!?」


「まさか、“詠唱抜きの直接干渉”か……?」


「理論上は不可能のはずだ。けれど──あの時代なら、ありえたかもしれないな。“魔導文明の時代”ならば……!」


____________________



「試験終了。309番、レオン・アルヴァレスト、実技評価完了」


試験官の機械的な声が響く。だが、その場の空気はまだ凍りついたままだった。


爆ぜた石竜の残骸は、蒸気のようにゆっくりと霧散していく。残されたのは、微かに焦げた空気と、何か“異質なもの”を見たという、全員の無言。


(……やっちまったか、これ)


レオンはその場に立ち尽くしていた。自分でも、何が起きたのか完全には把握できていない。ただ、体の奥から突き上げてくるような“力”に、心当たりがあった。


──昔、何も知らずに火の玉を出したあの瞬間と、まったく同じ感覚。


あれは、魔法じゃない。それは、術式でも、理論でも、ましてや“魔術士”のそれですらない。


(あれは……もっと原始的な、“何か”だ)


「ふむふむ、なるほど なるほど……!いやはや、面白いものを見せてもらった!」


控室に戻るレオンの背に、ガレウス准教授の声が追いかける。興奮を隠す気配すらなく、彼は眼鏡をきらりと光らせていた。


「君、いいねぇ!術式を無視した魔素の直接干渉なんて……やっぱり今年は当たり年だ。いやはや実に面白い!」


「俺、何かやばいことやった……とか?」


「やばい?違うな。“未知数”というやつだよ。だが、それは恐れるものではない。“魔術士”たるもの、未知を怖れることなかれ!」


准教授はレオンの肩をぽんと叩き、次の生徒の評価へと戻っていった。


(……未知、か)


正直、怖くないわけがなかった。でも、不思議と心の奥には“確かな手応え”があった。



控室に戻ると、すでに試験を終えた生徒たちがちらちらとレオンを見ていた。羨望、驚愕、警戒……入り混じった視線が突き刺さる。


そんな中、リィナがひとり立ち上がって近づいてきた。


「……やっぱり、あなたはただ者じゃないのね」


「いや、俺にもよくわかってないって」


「でも、分かったこともあるでしょ?」


「……多分、俺、普通の魔術じゃダメなんだ。逆に“普通”に合わせようとしたせいで、出力できなかった。だから……無意識に、あのやり方でやっちまったんだと思う」


「それは、“魔法を知っている者”じゃなく、“魔導を知っている者”のやり方よ」


レオンは言葉を返せなかった。リィナの瞳はまっすぐで、どこか確信めいたものを宿していた。


「あなたが“何者”なのか、私もまだ知らない。でも……気をつけて。これから先、あなたの存在を脅威と捉える者も、きっと現れるわ」


「……脅威、ね」


言われなくても、もう感じ始めていた。

“何か”が始まってしまった感覚が、肌にまとわりついて離れない。


その時、控室の扉が再び開いた。


「全試験終了。これより、上位合格者への特別通達を行う。該当者は名を呼ばれた時点で、速やかに別室へ移動せよ」


場がざわめいた。


そして──


「第一位合格者、リィナ・シュトラーデ。第二位、レオン・アルヴァレスト。第三位、シャナ・バーネス」


その瞬間、空気が止まった。


リィナは小さくため息をつきながら、ちらりとレオンを見やった。


「どうやら、“坊や”は卒業まで隣にいてくれそうね」


「……お嬢様の補佐役、悪くないかもな」


二人は軽く笑い合いながら、立ち上がった。


こうして、全ての試験が終わりを告げる。


だが──


その背後では、学園内部で動き始めた“何か”が、静かに牙を研いでいた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ