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さようなら

 アオイが3歳半になり、カエデが亡くなってから1年がたった。

 カエデから言われた半年が過ぎたのだ。


 アオイは、てにをはがしっかりしてきて大分言葉が達者になり、一人称が『私』になった。


「まぁま!私がお手伝いするー!」

「あーちゃん、お皿並べてくれる?」

「はーい!」


 四角い座卓に茶碗とお椀と箸置きと箸を並べる。

 横では読んでいるわけではない新聞を見ているふりをして父が唸っていた。


 母は、クリームシチューの入った鍋と、漬け物を持ってきた。

 お椀にシチューをよそい、鍋を鍋敷きごとアオイと逆がわの脇に下ろす。


「さあ、ごはんにしましょう。はい、あーちゃん、スプーンよ」

「ありがとう」

「お!今日はシチューか!」

「ね、ね、ごはんにかけて良い?」

「良いわよ」

「いただきます」

「いただきまーす」

「はい、いただきます」


 クリームシチューとは名ばかりの水っぽい白いスープ。

 シチューのルーが半分と少々の豚コマと残っていたクズ野菜が入っている。


「おいしいねー」

「あーちゃんはシチュー好きか?」

「うん!」

「よかったな、いっぱい食べなさい」

「おかわりもあるわよ」


 両親はニコニコと娘を見守っていた。

 アオイはこれが一番美味しいと思っていた。

 スプーンですくい、一生懸命食べる。

 ご飯にかけきれずに残っていた分のお椀のシチューを最後に飲み干した。


「お腹いっぱいになったー!」

「そうか、よかったな」


 一度言葉を切って、意を決したように父は話した。


「あーちゃん、カエデから半年と言われたから今日から、いや明日から名前を呼ぼうかと思ってる」

「うん。カエデにぃにが言ってた!」

「カエデから聞いていたか」

「うん!」


 父は拍子抜けしたのか、小声で「そうなのか」と言っていた。

 



 朝起きると早速名前を呼ばれた。


「あー、アオイおはよう」

「お父さんおはよー」


 アオイは寝ぼけぎみだが父は より目が覚めた。


「アオイがぱぁぱじゃなく、お父さんと呼んだ?」


 アオイは少し寝ぼけて顔を洗いにいく。

 寝巻きの袖がびしょびしょになり目が覚めた。


「お母さん、寝巻き濡れちゃった」

「あら、袖を捲らずに顔を洗ったの?風邪引くから早く着替えなさい」

「はーい」


「あら、まぁまじゃなくなったのね……」


 母は割りと動じなかった。



 貰い物の服には、知らない名前が書いてある。

 母が用意してくれた服の名前が書いてある部分を探す。


「今日は『すずきあいこ』さんだ」


 アオイは知らないが、お隣の鈴木さんの娘の子供(現在6歳)のサイズアウトした服である。少し大きい。


「ずぼんは、『はなもりかえで』カエデにぃにのだ!」


 アオイは嬉しくなり母に伝えに行った。


「お母さん!今日はカエデにぃにのズボンだよ!」


 ニコニコと報告してくる娘を見て、ズボンを見て、カエデを思いだし少し懐かしいと母は思った。


「そうね。昔カエデが履いていたわね」


 アオイは、父と母は呼び方を変えたのに兄だけは『にぃに』のままであった。




 ある日、アオイは両親に言った。


「5歳になりたくない」


 4歳の誕生日すらまだ半年先である。

 なぜそういう思考になったのかと聞いてみると、驚く話だった。


 カエデはアオイが5歳になる前にいなくなる。というのだ。

 なんとなく、カエデはいつまでもアオイのそばにいるのではないかと漠然と考えていた両親は衝撃を受けた。


 今悲しんでもカエデが困るだけだから、一緒にいられるうちに、いっぱい話したり聞いたりしなさい。そう言って両親はアオイをなだめた。


 母がカエデから聞いた話は、5歳の誕生日からアオイの魔力の質が変わるからこれ以上は、残っていられなくなるというものだった。




 アオイ4歳と半年。


 この頃母は、たまに体調が悪そうにしていた。


「お母さん、大丈夫?なにかお手伝いある?」

「大丈夫よ、病気じゃないから」


 アオイが4歳の秋、来年から幼稚園に入るため、入園手続きが必要になった。


 母は入院し、手続きは父がした。

 いつも母と寝ていたのに、一緒に寝られなくなった。


 病気ではない。

 弟が生まれたのだ。

 (つかさ)と名付けられた。



 この頃、父は会社勤め(商事会社)だったが、二代目が継いでから業績が思わしくなく、会社は倒産の危機にあった。


 ある日、会社はとうとう倒産した。

 最後の社長の挨拶で二代目バカ社長は、よりにもよって、とんでもない挨拶をした。


「諸君!おめでとう!君たちは我が社から旅立つのだ!」


 全員失業して、社員は明日と言わず今日食べるものにも困っている、給与未払いの会社の社長の言うことではない。


 父は本気で殴った。それでも重役も平社員も一切誰も止めなかった。


「文句があるなら全員に未払いの給料払ってから言え!!」


 そう言い捨てて帰ってきたそうだ。


 このあと、雀の涙程のお金が出たが当然貰えなかった。


 元々の貧乏がさらに困窮した。

 食べるものに困り、父は知り合いのつてで、その日暮らしのような手伝い等で、駄賃のようなものをもらって生活していた。



 元、得意先の知り合いから手紙で連絡があった。

 まだ仕事が決まっていないなら手伝わないか?と。


 得意先だった会社の部長の福田さんは、父のことを気に入っていた。


「あのバカ社長、いつかぶん殴ってやりたいと思ってたんだけど、本当に殴ったやつがいると聞いて、笑いが止まらなかったよ。しかもそれ、花守くんだって聞いてさ、困ってるんじゃないかと声をかけたんだ。あいつ、バカの癖に陰湿だったからどうせ未払いのまま逃げたんだろう?」


 その通りだった。


 研修社員という名目で雇ってくれた。

 1年研修して、自力で開業する。


 若手の新入社員よりは少し多いという給料だが、安定収入はとてもありがたかった。


 アオイが5歳になる直前のことである。


 アオイ5歳の誕生日の前日。


 ◇ーーーーー◇

 お母さん さようなら

 ◇ーーーーー◇


 メモがあった。


「お母さん、私倒れたりしないから手を繋いで?」

「え?」

「お父さん、最後ににぃにに会って」

「いいのか?」


 父はアオイを抱き抱えるようにして、右手に赤ん坊を抱いた母の左手をとった。

 そして、両親はアオイの左手に触れた。


 目の前にカエデが笑っていた。


 その唇は、『お母さん、お父さん、ありがとう。アオイをよろしくね』と言っていた。


 手をふりながらカエデは消えていった。


 今まで貰ったメモ手紙が舞い上がり、落ちてきたときには白紙になっていた。

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