しあわせの味
「アオイおはよう」
「ぱぁぱ!お仕事無いの?」
服装で父の休みを感じたようだ。
背広と白シャツネクタイではなく、色つきのシャツを着ている。
「今日はお休みだから、アオイと一日遊ぼうと思う!」
「やったー!」
「アオイー、やりたいことはあるか?」
「おさんぽ!」
「よし、散歩に行こう!」
「さあさあ、お散歩の前に朝ごはん食べてくださいね」
「はーい!」
母は、ふと台所の横の棚に紙が置いてあるのに気が付いた。
何気なく見るとカエデの字のようだ。
◇ーーーーー◇
あーちゃんが出かけたらテーブルにいてください。
◇ーーーーー◇
アオイに内緒なの?
アオイが居なくても手紙が貰えるの?
アオイの負担にならなくてすむの?
夫が食器を流しに持ってきて、アオイと出掛けていった。
食器を洗い、テーブルで待っていると小さな紙が数枚ふわふわ飛んできた。
テーブルに落ちた紙はペンもないのに文字が書かれていく。
◇ーーーーー◇
あーちゃんの力は、ま力です。
子どもなのでまだよわいです。
◇ーーーーー◇
「まか? まちから? あ、魔力ね!」
少し考え込む。
「つまり、魔力の使いすぎで昨日は倒れたってことかしら?」
◇ーーーーー◇
せいかいです。
◇ーーーーー◇
「どうすれば良いか、何かあるの?」
◇ーーーーー◇
あーちゃん、とよべばおさえられます。
◇ーーーーー◇
「アオイと呼ぶと魔力が高まるの?」
◇ーーーーー◇
せいかいです。
すこし大きくなるまで、あーちゃん、あと半年くらい、あーちゃんてよんでください。
◇ーーーーー◇
「半年間はあーちゃんって呼べば良いのね」
◇ーーーーー◇
ぼくは、カエデとよばれたほうが、いいです。手紙が書けます。
◇ーーーーー◇
「わかったわ。あーちゃんとカエデね。お父さんにも言っておくわね」
カエデは行ってしまったのかその後は何も書かれなかった。
手紙は大事に箱にいれて保存した。
◇◇◇◇◇
「アオイ、疲れていないか?」
「つかれてないよー」
「母さんのこと好きか?」
「まぁま? 大好きだよー。ぱぁぱもにぃにも大好きだよー」
「そうか。父さんもアオイが大好きだぞ」
娘は右手を出した。
「ぱぁぱ、あくしゅ!」
「右手で良いのか?」
「なかよしのあくしゅ!」
「そうだったな」
娘と握手する。
「アオイ、行きたい所は有るか」
「ないよー」
「散歩に行きたかったんじゃないのか?」
「にぃに、まぁま、お話しする」
「カエデが母さんに用があるからアオイは出掛けたかったのか?」
「そだよー」
そうか、カエデはアオイに聞かせたくないことを何か話したかったのか。
アオイのお気に入りらしい商店街までを散歩する。
先日の嵐で酷いことになっていた商店街だが、すっかり片付いて綺麗になっていた。
商売人は偉いなぁ。
「ケーキ屋さん!」
「ケーキが欲しいのか?」
「ケーキ屋さん、きれい!」
「あー、ガラスが割れたんだったな」
店の外で話していたせいか、店員の女性が出てきた。
「お嬢ちゃん!来てくれたんだね。ケーキ持ってってよ」
「アオイ、知ってるのか?」
「ケーキ屋さんのお姉さん!」
「あ、お父さんですか?お嬢ちゃんには大変お世話になりまして、ケーキ持って帰ってくださいな」
父は少し複雑な顔をしていた。
妻が言っていたのはこれか!と思ったのだ。
買うには我が家の家計では確かに厳しい。
かといって、タダで貰うのは憚られる。
しかし、アオイの報酬でもある。
「アオイ、1つだけ選んできなさい。1つだけだぞ」
「わかったー」
「イチゴのケーキください」
「もう1つはどれにするかい?」
「1つだけください」
「そうなのかい?お嬢ちゃんのお父さんは何が好きかな?」
「ぱぁぱ?……アオイ!」
「ん? お嬢ちゃんの名前はアオイちゃんか。お父さんの好きな食べ物は知ってるかい?」
「わかんない!」
「わかんないか。じゃあイチゴは好きかな?」
「好きだと思う」
「じゃ、イチゴにしよう」
結局ケーキは2つ入っているようだった。
娘は頑張った。俺の負けだ。
「すみません。ありがとうございます」
「いやー本当はもっと沢山持たせたいんだけどね。食べきれないだろうと思ってね」
「細かなお気遣い、ありがとうございます」
「具体的に300万円くらいの機材が助かったんで、その半分150万円分くらいのケーキ約6000個分。仮に物価が上がっても一生分、毎週2個ずつ取りに来てください」
6000個が150万なら1つ250円で55年半か。
250円のケーキとは値段が高い方だ。
娘の好きなイチゴのショートケーキは180円で売っている。
250円あれば、店でラーメンが食べられる値段だ。
娘は本当にすごいな。
妻が思い詰めたのが少しわかるような気がした。