まぁまの願い
翌朝、少し落ち着いた母に突然、ありがとう。と言われた。
最近の疲れていた感じがなくなり、笑顔だった。
母が元気なのが嬉しくて母の未来を見ようと左手を触った。
自分と手を繋いだ母が、兄の姿を目視するものだった。
「まぁま、一緒ににぃに、手繋いでにぃにみる」
「ん? アオイと手を繋ぐとにぃにが見えるの?」
「そだよー」
「いつ? いつ見えるの?」
「本読んでたー」
「アオイが本読んでるとき?」
「うん!」
いつも母が用事で外に出るときに兄は来る。
「にぃに来るまで外いてねー」
「お部屋の外にいれば良いの?」
「そだよー」
母は息子のカエデに会えるなら今日一日中 外出せずに家に居るつもりでいた。
やがて普段なら外出する時間になり、母は部屋の外に出た。
部屋の中からは娘のアオイの声が聞こえる。
「にぃに、まぁま会ってね。待っててね」
ガチャとドアが開き娘が迎えに来た。
部屋に入っても誰もいない。
「まぁま、手繋いで」
娘の後ろから左手で左手を握った。
「カエデ!」
「ーーーーーーーーーーーー」
カエデの声は聞こえないけど、そこにカエデが居る。
透き通ったような揺らいだ姿でもカエデが居る。
焦ったような表情をしたカエデの唇が、あーちゃんが と言ったように思った瞬間、カエデの姿がかき消え、手を繋いだまま娘は崩れるように倒れた。
「アオイ!アオイ!」
娘に無理をさせたのだろう。
母親を喜ばせるために娘は特別な力を使ったのだろう。
私は何て愚かで酷い母親なんだ。
自分の望みのために娘を犠牲にするなんて。
「アオイごめんなさい。もう無理を言ったりしないからどうか目を覚ましてちょうだい。あなたまで失うことがあったら私は生きていけないわ……」
抱き締めた娘を、泣きながら布団に寝かせた。
左手を触ったらダメね。と、右手をずっと握っていた。
一時間も経っただろうか、娘のアオイが目を覚ました。
「まぁま?にぃに?どうしたの?」
アオイは右を向いて母を呼び、左を向いて兄を呼んだ。
「アオイ、ごめんね」
「え?え?まぁま、なんでごめんねするの?」
『あーちゃんが倒れたからね』
「にぃに、まぁま悪くないよ」
「そこにカエデが居るのね。会えて嬉しかったって伝えてくれる?」
『僕も嬉しかった』
「まぁま、にぃに聞こえてるよ?」
『僕も嬉しかったって、伝えてくれる?』
「わかったー」
「まぁま、にぃに嬉しかったってー」
「ありがとう、アオイ。ありがとう、カエデ」
母は笑顔で泣いていた。
夜、帰ってきた夫に全て話し、自分の愚かさを懺悔した。
夫は、アオイはちゃんと目覚めたし、アオイの行為を無にするのは頑張ったアオイに失礼だ。と言った。
夫は明日アオイと話すらしい。