ケーキやさん
どうやっても火事からまぬがれない。
手に触れた瞬間にビックリしたように手を離したのを見て、
「静電気かい?ビリっとしたなら痛かったね。ごめんね」
「もう一回さわってみても良い?」
「どうぞ、もう静電気起きないと思うよ」
ゆっくり手に触れる。
何通りも探してやっと見つけたのは、伝えるには難しい案だった。
まず、母に説明した。
「まぁま、夜ね、ピカピカゴロゴロして、ガッチャンするの。だから、いつも寝るくらいの時間に電気の一番大きいスイッチを全部つけないでってお願いして」
「それをしないとどうなるの?」
「火がいっぱいで、全部真っ黒で、無くなっちゃうの」
「わかったわ」
少し考え込んだ母は意を決したように話し出した。
「あの、これは信じてもらうしかないんですが、この子が言ったのは、今夜、雷が落ちて火災が起きるのを防ぐために、夜8時頃からブレーカーを落としてほしい。と」
「8時からいつまでだい?」
「アオイ、どのくらいの時間 電気のスイッチをつけなければ良いの?」
10分を適切に表現できなかった。
「さっきのバスくらい」
バスは10分弱乗るのだが、母は少し多めに言った。
「15分くらいです」
「わかった。お嬢ちゃんの言ったことやってみるから又来ておくれ」
母はぐったり疲れたようで、黙ったまま家まで歩いた。
その後、天気がだんだん悪くなり雷鳴がとどろいた。
アオイが寝る時間になっても雨風が激しく、雷も鳴り続けている。
20:05頃
ドカン!!! ピカピカ、ピカピカ
「近くに落ちたわ!あ、電気消えた!」
「真っ暗だねー」
「ローソク点けるから近づかないでね」
「はーい。ケーキの人、大丈夫かなぁ」
「大丈夫だと良いわね。さ、早く寝なさい」
「はーい」
「ただいま、停電で町が真っ暗だったぞ」
「おかえりなさい。今日ね……」
「どうした?」
今日有った事を夫に話した。
「でね、やっぱりアオイは、……にぃにがカエデが居るのよ」
「うん。そうかもしれないな。今度 俺がアオイに聞いてみるよ」
朝起きるとすっかり晴れて、明るい空だった。
「まぁま、ケーキ屋さん見に行く」
「朝ごはんを食べてからね」
「はーい」
昨日も食べたプチフールを朝食にもひとつ出してくれた。
小さいケーキなので色々目移りする子供には満足度が高い。
母は6つ入りのを買っていた。
昨日3つ、両親が1つずつ、今朝ひとつ食べたのでちょうど無くなった。
幸せの味は無くなるのが早い。
それまで甘味と言えば、母がパン屋から貰ってきた食パンの切り落としの耳を油で揚げて砂糖をまぶしたものしか知らなかった。これが一番豪華なおやつだった。
父は出勤し、母が片付けをしている間に、兄の部屋へ行って兄と話した。
つい楽しくて大分時間がたってしまったのだと思う。
「あ、お母さんが あーちゃんを探してる」
「わかったー」
急いで部屋を出て母の元へ向かうと、母は泣きながら怒っていた。
「アオイ!どこ行っていたの!?家中探したのに居なかったじゃない!」
「にぃにの所にいたよ!」
「え?」
とたんに母は黙ってしまった。
「まぁまごめんなさい。ケーキ屋さん行くの、行かないする?」
「ケーキ屋さんには行くわ。アオイ、にぃにはどこにいるの?」
「にぃにのお部屋」
「いつもお部屋にいるの?」
「まぁまいないとき、ここも来るよ」
「それで絵本を読んで貰ったの?」
「うん!にぃにいつも遊んでくれるよ」
「にぃにに伝えてくれる?お母さんも会いたいって」
「わかったー」
それからケーキ屋さんまで歩いていった。
商店街は惨憺たる状況だった。
ボヤの跡が至る所に有り、ケーキ屋さんの近くに有った大きな木は雷の直撃を受けたのか2つに割れていた。
母は唖然として立ちすくみ、木を見上げていた。
するとそこにケーキ屋さんのお姉さんが男の人と一緒に通りがかった。
「あ!昨日の!」
「ケーキ屋さんのお姉さん!」
「するってえと、この嬢ちゃんが恩人か?」
「そうですよ!このお嬢ちゃんのお陰ですよ!」
「何かありましたか?」
話の見えない母が二人に質問した。
「昨日言われた通りに8時にブレーカーを落としてみたんです。そしたらすぐに雷が落ちて、この辺一体の電気製品が過電圧?とかいうのでダメになったんですが、うちは全部無事でした。しかも火事の恐れを商店街にも伝えてあったので火が出てもどこもボヤですみました!」
これで軽くすんだ方だと聞かされ母は心底驚いていた。
はあ。と、気の抜けた返事しかできない。
「お嬢ちゃん、ケーキ好きか?」
「うん!幸せの味!」
「幸せの味か!良い言葉だなー。ちょっと時間あるかい?」
母を見るが、心ここに非ずの様子。
「まぁま?」
「あ、はい……大丈夫です」
「ちょっと寄って行ってくれるか?」
「はーい」
ケーキ屋さんは、正面のガラスが割れていた。被害は決して小さくはないが、冷凍庫、冷蔵庫、冷蔵ショーウィンドーが無事であったことは物凄く大きいことらしい。
「好きなだけ持っていってくれと言われても限度があるだろうから、毎週2個、取りに来なかったら翌週に4個って感じで好きなケーキを持ち帰ってくれ。とりあえず今日はこれとこれとこれを」
ケーキ屋さんのお兄さんは、焼き菓子の詰め合わせや、缶入り水羊羹のセットや、プリンをくれた。
プリン以外は母が持ち、少し重たそうに持って帰った。
◇◇◇◇◇
ケーキ屋さん夫婦の昨晩夕食時。
「天気荒れてきたな」
「今日ね、お店に来た可愛らしいお嬢ちゃんが、夜8時から15分間ブレーカーを落として落雷と火事に備えてくれって」
「なんだそりゃ」
「まあ、子供が言うことだけど、一緒にいた母親が真剣に伝えてきたからちょっと興味が湧いて」
「お前がやりたいなら15分くらいならやっても良いぞ」
「なにもなくて笑い話にすれば良いわよねー」
「そうだな」
「ろうそく用意してくるわ!」
「ブレーカーはともかく、火事の注意は商店街にもしておくか」
お姉さんはろうそくの準備をし、お兄さんは商店街に火事の注意をしに行った。
「うふふ、じゃあブレーカーを落とすわよ」
「なんだ、楽しそうだな」
「だって子供の言うことを真に受けてって、面白いじゃない」
ガチャン。ブレーカーを落とした。
「真っ暗だな。先にろうそくを点けるべきだった。えーとマッチマッチ」
マッチを探し、有った!と手に取った瞬間
昼間のように明るくなったのと同時に、
ドカン!!!バリン、ガチャガチャン。
「なんだ?店の方なんか割れたぞ」
「何!?雷が落ちた音?耳が痛いわ」
「危ないから目がなれるまでじっとしてろ」
窓の向こうに見えていた近隣の明かりもなくなり町が真っ暗になった。
暗闇の中、しばらくじっとしていた。
目がなれたのか回りが見えるようになってきた頃、窓の向こうに明かりが戻ってきた。
「おーい、ケーキ屋ー!大丈夫かー?」
商店街の自衛団が、いつまでも明かりのつかないケーキ屋を心配して見回りに来た。
ブレーカーをあげ腕時計を見ると8:15だった。
「大丈夫ですー。ありがとうございます!」
「大丈夫だー!俺も見回りに加わる!」
「本当に言った通りだったわ・・・」
遠くで叫んでいる声が聞こえてきた。
「火事だー手伝ってくれー!!」
「向こうでも火の手が上がっている消火を手伝ってくれー!」
商店街は大混乱だった。
幸い火事はどこもボヤで済み、大事には至らなかった。
朝になり、辺りを見回せば、惨憺たる状況で、店はガラスも割れているし、そばの大木は2つに割れていた。
近所の店では、軒並み電気製品が壊れたと嘆いている。
詳しい人が『雷による過電圧のためだろう』と言っていた。
商店街の組合に顔だすからと店の外に出ると、向こうから母娘が歩いてきた。
母親は木の前で立ち止まり見上げていた。
「あ!昨日の!」
「ケーキ屋さんのお姉さん!」
◇◇◇◇◇
沢山のお菓子をもらい、家に帰ってきた。
母は心底疲れたようでぐったりしていた。
母に言われたことを思いだし、兄の部屋へ行った。
「にぃに!お菓子いっぱい貰ったよ!」
「そうか。あーちゃんよかったね」
「あのね。まぁまがにぃにに会いたいって」
「お母さんが? それは難しいかもしれないな」
「なんで?」
「あーちゃんも何となく気がついてるでしょ? 僕が普通じゃないって。手紙でも良いか聞いてくれる?」
兄の部屋を出ると母の元へ向かった。
「まぁま、にぃにがお手紙で良いか聞いてって!」
「え?」
「まぁま、にぃに会いたいって言った。お手紙で良いか聞いてくれる?ってにぃに言ってた」
「にぃにに聞いてくれたの?」
「うん!」
「とりあえずお手紙で良いわ」
「わかったー」
ととと、と階段を上がっていく娘のあとをこっそりついていくと、2階の廊下で突然消えた。
「アオイ……」
仕方なく2階の布団のある部屋で待っていると、娘が一人で話している声が聞こえてきた。
「わかったー。まぁまに伝えるねー」
慌てて廊下に出ると向かいの壁、いや、開かずの扉の前に娘は立っていた。
開かないわけではない。亡くなった息子の物をしまいこんで有るので開けたくなかったのだ。
「アオイ!」
「まぁま、にぃにお手紙書くから捜さないでって言ってた」
「わかったわ」
夜、寝る前に娘が消えたと思ったら手紙を持って戻ってきた。約束してあったのかもしれない。
「まぁま、にぃにのお手紙!」
「アオイありがとう」
娘が寝たので居間で手紙を読むことにした。
◇ーーーーー◇
お母さんへ
しんじてくれてありがとう。
ぼくは、あーちゃんの『思い』でここにいます。
だからお母さんやお父さんには見えないかもしれません。
あーちゃんは自分を守れないのでお母さんとお父さんが守ってください。
あーちゃんの力はやさしい力です。
わるい人があーちゃんをねらうかもしれません。
あーちゃんを守ってください。
カエデ
◇ーーーーー◇
そうだった。
カエデはアオイをあーちゃんって呼んでいたわね。
母は一人、手紙を読みながら泣いていた。
「ただいま。……どうした?」
「あ、あなた、おかえりなさい。これ」
夫に手紙を渡し、抱きついて泣いた。
手紙を読んだ夫は静かに語りだした。
「アオイが普通の子供じゃないことはわかっていたけど、カエデを留めていたんだな。カエデはいつまでも妹思いだな。本当に良い子達だな……」