くるくるのおねえさん
「どうしたんですか!?」
「いや、昨日仕事の帰りに車に轢かれかけて」
「大丈夫なんですか!?」
「それが、赤い車が見えた瞬間、お嬢さんの言ったことが思い出されて無意識に避けたんだよね。避けなかったら死んでたよ」
「えー!」
「赤い車はそのまま電柱に突っ込んで大破してたよ。この腕は避けたときに転んで少し捻っただけ」
「……ご無事で何よりです」
「それで、お嬢さんにお礼のお菓子を」
私は呼ばれ、滅多に食べられないケーキを貰った。
ケーキは箱に4種類入っていた。
みんなで食べましょう。と、湯飲みにお茶が出され、ケーキの皿には大きなフォークが添えられた。
私は大きな苺の乗ったケーキを選び、ニコニコしながら食べた。
私が食べ終わると、母が、これも食べなさい。と自分の分を差し出してきた。
父も、これも食べて良いぞ。と言う。
嬉しいが、そんなにたくさんは食べられない。
「良かったら、これもどうぞ」
ニコッと笑ったお客さんにまで勧められた。
「そんなにいっぱい食べられないよ?」
「そうか、それなら、あ、奥さんナイフ貸してください」
お客さんはケーキを少しずつ切り分け私の皿に乗せてくれた。
「はい、これで全部食べられるね」
「凄い!本当だ!」
ケーキはチョコの味と、栗の味と、リンゴの味だった。
どのケーキも『しあわせ』の味だった。
「アオイちゃん、どうして赤い車に気を付けてって言ったんだい?」
私が、何て言えば良いのかと考えていると、私が言う前に両親が適当な言い訳をした。
でも、お客さんはそれを信じず、再度私に訪ねた。
「アオイちゃん、もう一度左手で握手してくれるかい?」
「いいよー」
「あ!」
両親が止める間も無く左手が結ばれる。
「電車よりバスが良いよ!」
電車が止まって間に合わない姿と、バスで行ってギリギリ間に合う姿が見えた。
「電車よりバスね。わかった。ありがとう!」
お客さんは機嫌良く帰っていった。
私が倒れたりしなかったことで、両親は安心したのか興味が出たようで、握手をしようと言い出した。
「アオイ、父さんとも握手をしよう」
「アオイ、母さんも握手してくれる?」
「いいよー」
父と左手で握手をした。
「ぱぁぱ、こっちの靴」
私は右を指した。
父は慌てて玄関に行くと、片っ端から靴の中を見た。
「お!これは!」
「あなたどうしたの?何かあったの?」
「見つからなくて困っていた鍵だ!」
「アオイ、母さんもお願い!」
母と左手で握手をした。
「まぁま、何にもないよ。お外で髪の毛くるくるの人、お腹痛い痛い」
「髪の毛くるくるの人?パーマかけている人かしら?誰かいたかしら?」
「アオイ、ありがとう!助かったよ!」
父が喜んでくれた。
母は、誰かいたかしら?と記憶を探っていた。
兄に、ケーキを食べたことと父が喜んでくれたことを話すと、あーちゃんは凄いねと笑顔で誉めてくれた。
翌日、母と買い物に出掛けると、お隣さんに会った。
お隣の奥さんは美容院に行ったのか、頭がくるくるしていた。
「まぁま、この人」
「ん?あー!ちょっと、鈴木さん!体調悪くない?」
「え、顔色悪い?ちょっとお腹が張ってて」
「おねえさん、こっちの手見せて?」
「ん?お姉さんだなんて、お宅凄い教育してんのね!手でもなんでも見せちゃうわよ!はいどうぞ」
お隣の鈴木さんは両手を出してくれた。
左手に左手を乗せてみる。
母を呼んで耳元で呟いた。
「おうち帰ると、誰もいなくて痛い痛い。すぐお医者さん行くと、白いお布団で痛い痛い」
「どっちも痛いの?」
母は少し気の毒そうに鈴木さんを見た。
「なぁに?内緒なの?」
「信じてくれないかもしれないけど、このまま病院に行ってくれる?」
「え?」
「騙されたと思って」
「まあ、病院くらい付き合うけど、理由は教えてくれる?」
少し戸惑ってから母は答えた。
「この子の言うことを聞いたら、事故から救われた知り合いと、失くし物が見つかった主人と、私には、髪の毛くるくるの人お腹痛いって言うのよ。そして、あなたの事だって」
「へぇ。面白いわね。そういうことなら病院に急ぎましょ!」
鈴木さんは元気良く歩き出した。
「本当にこの人なの?」
母は小さな声で私に確認した。
「そだよ」
一緒にバスに乗り、大きな病院の前につくと、それまで元気にしゃべっていた鈴木さんはいきなりうずくまり立てなくなった。
脂汗をかいた鈴木さんはそのまま地面に倒れ込む。
「鈴木さん!鈴木さん!」
母が呼び掛けるも返事もできない。
回りにいた人たちが、病院スタッフを呼んでくれたようで白衣を着た人が数人来た。
鈴木さんはバタバタと担架で運ばれて行った。
母は色々な手続きをし、鈴木さんの旦那さんの会社に電話を掛けて伝言した。
そのまま鈴木さんは入院し、緊急手術になった。盲腸破裂で危なかったそうだ。
連絡を受けて職場から駆けつけた鈴木さんの旦那さんと交代で家に帰った。
母は挨拶で大変だったようだ。
「まぁま、お腹すいた」
「あ、そういえば、今日はお昼ごはん食べ損ねちゃったわね」
「うん。髪の毛くるくるのお姉さん、早く元気になると良いね」
「そうね。くるくるのお姉さん元気になると良いわね」
母は少し笑いながら、くるくるのお姉さんと言っていた。
夜、私が寝たあとで鈴木さんの旦那さんが来て、手術が成功してしばらく入院になるので宜しくお願いします。と言っていたそうだ。
朝起きた私に母が話してくれた。
おはようの挨拶のあと、両親の左手を触るのが習慣になった。
「ぱぁぱ、ごはんが良いよ」
「まぁま、くるくるのお姉さん見に行こう」
「なんだ?くるくるのお姉さんって」
「鈴木さんの奥さんのアオイ風の呼び名」
「お姉さんって年でも、いやなんでもない。アオイ、お見舞いに行くのか?」
「おみまい?ってなあに?」
「お見舞いは、病気や怪我をした人に、早く治ると良いねって会いに行くことだよ」
「うん!おみまいにいくの!」
「気をつけて行ってこいよ」
「はーい」