10年後
私の名は午時 葵。占い師を生業にしている。幼い頃から、相手の左手を触るとその人の近い未来を見ることがあった。
幼少期はかなり辛い日々を過ごしたが、今は平和に幸せに過ごしている。
弟の司は中学生になった頃に体力も付き、無事手術に成功し、めでたく退院した。現在は寮の有る高校へ通っている。休みの時期には、私のいる午時家に帰ってくる。
幼少期に住んでいた家は借家だったため、実母の失踪後は解約し、ほとんどの家財は処分した。カエデ兄さんの物だけ引き取ってある。
実母は私の前には姿を見せないが、弟のところに訪ねてきたことがあるらしい。「親らしいことを何もできなかったけど、娘と息子の幸せを願っている」と言い、「娘に謝りたいけど、顔も見たくないだろうから、謝りには行かないけど、ごめんなさいと伝えてほしい」と頼まれたそうだ。
顔も見たくないほど……。なのかな。今は幸せなので、そこまでは思っていないけど、真面目にまともに生きていてほしいとは思っている。
実は、付き合っている人から、結婚を申し込まれた。
そして浮かれているからなのか、左手を触っても何も見えないことが増えてきた。
「どうしよう」
「結婚するなら、占い師をやめれば良いのでは?」
「うーん。何か他に良い方法はないかしら」
「天職なのねぇ。いっそ、占ってもらえば?」
「え、誰に?」
「ほら、お向かいの先生、本当に未来が見えている人らしいわよ?」
「そうなの?」
占い師の仲間に相談すると、愉快な回答が返ってきた。私はコールドリーディングは勉強していないので、左手を触る以外の方法を知らない。
「なんて先生?」
「夜香 蘭先生」
「今度の休みに行ってみる」
「あ、そうだ。鑑定料は結構高いらしいから」
「そうなの?」
そして休みの日に予約をとって来てみて驚いた。
先生が一人なのに、定休日が月に2回しかなく、毎日8時間以上稼働しているらしい。
本当に人間?
予約時間になり、部屋に通された。
夜香 蘭先生は、目だけを出した衣装を着ていて、小柄な女性だった。パンフレットでお顔やお姿は見たが、とても美しい女性だ。
「こんにちは。お願いします」
「何についてかしら?」
「同業と言うのも烏滸がましいですが、私、才能ありますか?」
じっと目を見つめていると思ったら、目線を外した。
「手を触ってもよろしくて?」
「は、はい。とうぞ」
両手を差し出すと、そのまま両手を触られた。
「最近当たらなくなったのね」
「はい」
「一緒に暮らしているかたと、別れられるかしら?」
少し考えたような素振りのあと言われた。
「え、もうすぐ結婚の予定なんですが」
「ご結婚されたら、家庭はうまく行くと思います。占い師として続けたいのなら、お別れされたほうがよろしいですわね」
少し悩みながら答えてくれたみたい。
「その2択なのですか?」
「結婚もして、どうしても占い師をしたいのなら、お子さんが成人されてからなら、再び、力が戻りましてよ」
「ありがとうございます!!」
占い師を続ける方法があった!
そして最後に一瞬、左手が左手に触れた。
長い黒髪をたなびかせ、青い瞳に黒い翼を広げ、空から舞い降りてくる姿が見えた。
あ、この方、本物の人外だ。神か天使か妖精か。正体は何だかは判らないけど。
受け付けに戻ると、請求額は3万円だった。
確かに高価だった。世の中のアルバイトの時給が700円くらいなのに、10分程度で3万円はすごい。
その後、私は結婚し、子供を3人授かり、それから約30年後に占い師に復帰したのだった。




