言ってはいけない言葉
病院の廊下の椅子に座っていると、母の真子が駆けつけてきた。
「アオイ、いったいどうなっているの!?」
「ツカサが車に轢かれそうになって、助けようとしたお父さんも一緒に」
「あんたが一緒にいて、何でそんなことになるのよ!」
「え?」
アオイに落ち度はない。ましてや、小学校2年生のアオイには責任すらない。でも真子にはアオイにあたる以外、できることがなかった。
「アオイ、2人は助かるのよね?」
真子は、アオイの両肩を揺さぶって尋ねてきた。
「何か見なかったの!? ねえ、何か見えなかったの!?」
「真っ暗だった。お父さん、真っ暗で何も見えなかった」
手術室の入り口の明かりが消え、医師と一緒に、ストレッチャーに乗せられた父とツカサが出てきた。
「最善を尽くしましたが、ご主人は」
「え、どう言うことですか?」
「お子さんの手術は成功しましたが、意識が戻るかは五分五分です」
「ツカサ? あなた? なんでよ、なんでなのよー!」
真子が泣きわめき、アオイはどうすることも出来なかった。
「なんであなたは無事なの!? なんであなただけ無事なのよー!? あなたが代わりに死ねばよかったのに!」
アオイは何も言えなかった。母親の酷い言葉に、そばにいた看護婦から引き離された。そのまま真子は泣き続け、拒絶されたアオイは1人で病院を後にするのだった。
アオイは、バスで15分ほどの距離を歩いて帰ることにした。自宅よりも手前に幼稚園や、午時家があり、病院からここまでで4kmくらい有る。アオイがトボトボと歩いていると、午時家の若い集が、アオイを見つけ声をかけてきた。
「アオイちゃんじゃないか! 最近は遊びに来ないのかい?」
「お兄さん、……うわーん!」
知っている人の顔を見たとたん、アオイは泣き出してしまった。
「何があった? いじめられたのか? とりあえず、姉さんのところへ行こう」
屋敷に入り、すぐさま部屋へ通された。
「アオイちゃんどうしたんだい? 何があったか話せるかい?」
「お姉さん、お父さんが、ツカサと一緒に車に轢かれて、死んじゃったの。お母さんが私の事、私が代われば良かったって言ってた」
「なんだって!」
姉さんは、アオイを抱きしめてくれた。
「アオイちゃんは、何も悪くなんか無いよ。アオイちゃんが無事で、私は嬉しいよ。お母上は、旦那さんのコトがショックで心にもないことを言ったのさ。今頃後悔しているから、落ち着くまで、ここにいたら良いさ」
アオイがその腕の中で泣き疲れて眠るまで、優しく抱きしめていてくれた。
「ちょいと、誰か詳しく調べてきな」
「へい」
姉さんコト午時 花は、一大決心をするのだった。
調べてきた結果が、続々と届いた。
アオイが話したよりも、母親が言った言葉は酷かったらしい。そばにいた看護婦が割って入ってわざわざ母親を引き離したと、聞いてきた。また、花守家は、鍵を開けたまま無人であり、留守番を置いてきたと、報告された。
「花、あの娘、どうすんだ?」
この組の組長である、花の父親から聞かれた。
「あちらが納得したら、いや、納得しなくても、うちで引き取る」
「娘の意思を尊重してやんな」
「勿論。起きたら聞いてみるよ」
アオイは1時間くらいで目が覚め、自宅へ帰ろうとした。
「帰りたいなら送るけど、帰ってどうするんだい?」
「ツカサが帰ってくるかもしれない」
「弟は入院してるだろう?」
「あ、そうか。家には、誰もいないのか。あ!公園に、リュックとかツカサのおもちゃ置いてきちゃった!」
「何処の公園だい?」
「○○自然公園」
歩いていける距離ではない。
「あー、誰か付き合ってやんな」
「俺、行って来ます」
車を出してもらい、公園までやってきた。リュックを置いていた場所には何もなく、困ってうろうろ探していると、管理の腕章をつけた公園事務所の人が、声をかけてきた。
「忘れ物をお探しですか?」
「はい。リュックと、弟のおもちゃを探しています」
「それでしたら、恐らく事務所に届いていますので、入り口のそばの建物で聞いてみてください」
「はい。ありがとうございます」
入口まで戻り、事務所の受け付けに声をかけると、すぐに対応してくれた。
「あ、やっぱり君のだったんだね。救急車で運ばれた方は大丈夫だったのかい?」
「お父さんは死んじゃった。弟は病院にいる」
「え!?」
当日中に忘れ物を取りに来たので、てっきり無事だと思い聞いたらしい。
「辛いことを聞いちゃって、ごめんよぅ」
係員はおろおろし、何度も謝ってきた。
「忘れ物をとっておいてくれて、ありがとうございます」
「あ、うん。元気出してな」
アオイはお辞儀をして、その場を離れた。
「忘れ物見つかった。ツカサのお気に入りのおもちゃ見つかったよ」
「そうか。探しに来て良かったな」
「うん。つれてきてくれて、どうもありがとう」
アオイは午時家に戻らず、自宅で下ろしてもらった。
「アオイちゃん! 無事だったのかい?」
アオイに声をかけて来たのは、お隣の鈴木紅子だった。
「紅子さん、私は無事だけど、お父さん死んじゃった。ツカサは病院にいると思う。お母さんは、知らない」
「アオイちゃんが無事で、良かったよ。お母さんが帰ってくるまで、うちにいたら良いよ」
アオイには、紅子がアオイの無事を本当に喜んでいるように聞こえた。
「私が無事で、良かったの?」
「当たり前じゃないの!」
紅子の返答は、なんでそんなこと確認するの?と言わんばかりの答えだった。アオイは、改めて母の言葉が、如何に酷かったのかを思い知った。
「お母さんは、きっと私のためには帰ってこないと思う」
「そんな訳無いよ」
「だって、なんであなただけ無事なのって聞かれた。あなたが代わりに死ねば良かったって言われた」
「え、そんなまさか」
「聞かないかもしれないけど、私は午時さんのお家に行くね」
「あ、うん。お母さんに伝えておくわ」
呆気にとられた鈴木紅子を置き去りに、家の中に入り、ツカサのおもちゃをおもちゃ箱にいれ、ランドセルなどの必要なものを取り、車に戻った。
「やっぱり、午時さんのお家に行きたいです。お願いします」
「それが良いよ」
運転してくれた男性は、留守番に残っている人にも声をかけ、屋敷に戻った。花守家は、紅子が留守番をしてくれるらしい。




