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魔女と呼ばれるまで  作者: 葉山麻代
本編

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10/21

あやちゃん

 その日の夜中、誕生日と共にアオイに変化があった。


 急に大きくなったのだ。

 今までは大分小柄だった体型が、年相応より若干小さいくらいになった。

 大きめに用意したはずの幼稚園の制服が、ぴったりだ。


 生まれて半年の子供をつれていくのは大変なので入園式も父が出た。



 黒留袖をビシッと着こなした美人が前を歩いていた。

 横に荷物持ちなのか若い男性がうろうろとついてきている。


「あ!花のお兄さん!」

「???あーー!嬢ちゃんか!」

「アオイ、知っている人なのか?」

「お母さんが、花束あげたお兄さん!」

「ちょっとまった!それ誤解される!」

「やす、どういうことだ?」


 着物美人が迫力満点で問い詰める。


(あね)さんの出産祝いの時の花ですよ!」

「赤い花の花束探してたんだよねー」

「あー、あの話か」


 父には通じたようだ。


「何の事だい?」

(あね)さん、オヤジさんが花持っていったら、そんな葬式みたいな花縁起でもないって、叩き返したじゃないですか。それで、自分が探しに行ったんですよ。その時譲ってくれたご婦人の嬢ちゃんですよ」

「あー、そんなこともあったねー。白い菊持ってくるやつが悪いんだよ!」

「思い出してくれましたか?」

「てことは、あの花は他の見舞い客の無理矢理かい?」

「違うよー大丈夫だよー」

「お嬢ちゃん、うちのボンクラどもが悪かったね。ほら、ヤス、出しな!」


 又、財布が出てきそうだ。

 アオイは慌てて言った。


「お姉さん、お母さんいっぱい貰って返そうとしたんだよ。もう1人のお兄さんはお財布ごとくれて、お母さん困っちゃったの」

「もう1人のお兄さん?て、誰だい?」

「オヤジさんの事だと……」

「お兄さんねぇ」


 着物美人はニヤニヤ笑ったあと、アオイの方を向き、頭を下げた。


「お嬢ちゃん、どうもありがとう。きれいな花で癒されたよ」

「よかったねー」

「うちはそこだから、よかったら遊びにおいで」

「はーい!」


 少しあっけにとられた父の手を引いて再び歩き出す。


 着物美人が「うち」と言った建物は、○○組と書かれた立派な屋敷だった。


 幼稚園のそばに組事務所があるのか。

 今まで気がつかなかった程度なので問題を起こしたことがないんだろうな。と父は自分を納得させた。


 それに明日からの本登園は園バスだしな。

 滅多に会うこともないだろう。


 父はそんな風に考え、頭を切り替えた。


 入園式は泣いたり騒いだりしている子も居たが、ほぼ順調に終了した。



 カエデが消える前にアオイに残した言葉がある。


 左手が触れてしまって誰かの未来が見えても決して言ってはいけないよ。

 お父さんか、お母さんに頼まれたとき以外言ってはいけないよ。


 アオイは頑なにこれを守っていた。

 そう、どんな恐ろしい結果を見ても伝えない。


 ある日、ダンスで左手同士が触れてしまった。

 あまりの惨状にアオイは泣き出してしまい、泣き止まないアオイに困った園から親が呼び出された。


「どうしたのアオイ?」

「あやちゃんがあやちゃんが……」

「喧嘩でもしたんでしょうか?」

「たまたま見ていたんですが、ちょっと手がぶつかったくらいで、特に何もなかったんです」


 母は思い当たった。

 アオイが未来を、それも知っている子の恐らく悲惨な未来を見てしまったのだろうと。


「すみません。ちょっと左手が弱いので、軽く当たったのが、アオイには痛かったようです」

「そうなんですか?そういうのはできれば事前に一言お願いします」

「すみません。できれば二人で少し話したいのですが、構いませんか?」

「この部屋でどうぞ。今日はお帰りになっても結構ですよ」

「ありがとうございます。少し部屋をお借りしてから帰ります」


 事務の職員と園長は退室した。


「アオイ、何を見たの?」

「誰もいない?」

「アオイとお母さんしかいないわ。ツカサは聞いてもわからないから大丈夫よ」

「うん。あやちゃんがね。小さい包丁で、あやちゃんがママって呼ぶ人に、刺されるの」


 予想より大分ひどかった。

 どうしたら娘が傷つかず、穏便にやり過ごせるだろうか?


「それはいつだかは わかる?」

「たぶん今日」

「お母さんがどうにか頑張ってみるわ!」


 母は、娘ともめた相手に謝りたいので。と園長に言って、あやちゃんの住所を聞いてきた。


 アオイは幼稚園を早退したが、母とケーキを4個持って、帰った頃にあやちゃんの家を訪問した。

 ノックする前に母は言った。


「アオイ、お母さんはアオイのことを良い子だと思ってるけど、お話しするのに、大変だ。と話すから、ごめんね」

「うん。わかった。お母さんおねがい」


 ドアをノックすると、少しやつれたあやちゃんの母親が出てきた。


「はじめまして、今日はうちの娘がお宅のお子さんを困らせてしまってごめんなさい。これ、よろしければ仲直りのために一緒にいかがですか?」


 母はケーキの箱を見せた。


「え、うちのが迷惑かけたんじゃないんですか?」

「違いますよ。うちの娘が大分派手に泣いてしまったので、むしろ迷惑をかけたがわです」


 あやちゃんの母親は、ずるずると座り込んで泣き出してしまった。


 どうやら育児ノイローゼだったらしい。

 子供は言うことを聞かないし、幼稚園からは毎日のように誰と喧嘩したと言われるし、夫は母親のクセにと責めるし、義両親は子供の躾もできないと無能扱いするし、夫の妹は明らかに邪魔物扱いで意地悪をすると言うのだ。


「何の助けにもならないかもしれないけど、愚痴くらいならいつでも聞くから思い詰めちゃダメよ!」


 母は頑張ってなだめていた。


「あやちゃん、ごめんね。仲直りしてくれる?」


 アオイは握手のために右手を出した。


「アオイちゃん、もう手、痛くないの?」

右手(こっち)は痛くないよ!」

「じゃあ、左手(そっち)の手は痛いの?」

「たまに痛くなるの」

「そうなんだ。痛いのは嫌だよね。僕もごめんね」


 アオイの母はぎょっとした。

 僕?あやちゃんって、男の子だったの!?

 心の中だけで叫び声をあげた。


「握手したからもう仲良しだね!」

「うん!仲良しだね!」


 あやちゃんのお母さんはほっとした表情になった。


 アオイはそっと左手であやちゃんの左手を触った。


「お母さんをいじめるな!」あやちゃんがお母さんをかばっている場面だった。


「あやちゃんのお母さんは良いお母さんだね」

「僕のお母さんは良いお母さん?」

「うん」

「僕のお母さんは良いお母さん!!」

「お母さんを守ってあげてね」

「うん!」

「ケーキたべよう!」

「うん!」


 四人で仲良くケーキを食べてからお(いとま)した。



「アオイ、あれでよかった?」

「うん!あやちゃんのお母さん、元気になった!」

「そう、よかったわ」


 後日、別人のように綺麗になったあやちゃんの母親がお礼にきた。


「町田礼章(あやあき)の母です。先日はありがとうございます」


 あの頃は心中しようと毎日考えていたけど、あなたたちに救われた、と。

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