にいに
うちには父と母と兄がいる。
貧しいながらも優しい家族だ。
狭い2階建ての一軒家で、2階の1部屋に2組の布団を敷き、4人で寝ている。
布団2組を敷くといっぱいいっぱいの部屋だ。
1階は、狭い台所と小さな居間とトイレと階段下の倉庫しかない。
お風呂は2~3日に1回くらい銭湯へ行く。
ある日、母が泣き続け、父が暗い顔をし、兄が困ったように佇んでいた。
「まぁま、なんで、ないてるの?、どこか、いたいの?」
母は私を抱き締めるとよりいっそう泣いた。
「まぁま、ないてる、にぃに、こまってる」
私がそう言うと、母ははっと目を見開き、私の顔をみて、無理矢理笑顔を作った。
「そうね。いつまでも泣いていてはいけないわね」
母が無理矢理笑顔を作ると兄も笑顔になった。
「にぃに、わらってる」
「そう、笑ってるのね」
父も母も無理矢理笑顔になり、二人して私を抱き締めた。
その日の夜から兄は一緒に寝なくなった。
それから数日後、
「にぃに、いっしょ、ごはんたべないの?」
いつも遊んでくれる兄が食事の時にはいつも居ないことを不思議に思い両親に訪ねると、母は静かに泣き出し、父には驚かれ、言い含められた。
「にぃには一緒に食べられないんだ」
「そなの。にぃに、おなか、すかないの?」
「大丈夫、にぃにはお腹空かないんだよ」
「そなの」
子供心に、にぃには凄いんだなと思った。
毎日が緩やかに過ぎていく。
それは3歳の誕生日の翌日。
今日も父が仕事に行き、母が近所に買い物に行く。
「アオイ、一緒に行く?おうちで遊んでる?」
「おうち!」
「すぐ帰るから良い子で居てね」
「はーい」
母は出掛けた。
両親が居ないときだけ兄は遊んでくれる。
「にぃに!えほん、よんで!」
「あーちゃん、どれを読んでほしいの?」
「これ!」
本棚にある本を持ってきて、椅子によじ登り、テーブルに本を広げた。
椅子の後ろに立って兄は本を読んでくれる。
「むかしむかしあるところに・・・」
私は兄のお陰で文字を覚え、絵本程度なら読めるようになっていた。
それでも兄に読んでもらうのが好きで、いつも読んでもらう。
「・・・お姫様になって、幸せになりました。おしまい」
「にぃに、ありあと!」
「どういたしまして。あーちゃん、そろそろお母さんが帰ってくるよ」
「わかったー」
兄は部屋を出ていき、入れ替わるように母が帰ってきた。
「ただいま。遅くなってごめんね。寂しくなかった?」
「さみしくないよー」
「あら、絵本見ていたの?」
「そだよー」
「読んであげましょうか?」
「だいじょーぶ、ちゃんとよめるよー」
「あら、凄いわね。今度母さんに読んでね」
「わかったー」
母は笑顔で 台所に買ってきた物を置きに行った。
私は椅子から降りようとして滑り落ちた。
ガタン、バタンドタン。
椅子は倒れ、頭を打ったのか、私はそのまま意識をなくした。
遠くで誰かが私に呼びかけていた。
◇◇◇◇◇
目が覚めると母に右手を握られていた。
私は布団に寝かされ、おでこには濡れたタオルが乗っていた。
「まぁま?」
「アオイ!目が覚めたのね!良かった。あなたまで___ところだった」
母は私を抱き締め声をあげた泣いた。
言ったことが良く聞き取れなかった。
母の向こうでは、扉に寄りかかるような兄が少し困った顔をしてこちらを見ていた。
「まぁまなくと、にぃにこまってるよ」
「え?」
母は少し複雑そうな顔をして私を見つめた。
そして私に訪ねた。
「まぁまが泣くと、にぃにが困るの?」
「うん!でも、もうこまってない!」
兄が笑顔になったので私も嬉しくなった。
◇◇◇◇◇
「今日またアオイが、にぃにの話をしたわ」
「アオイの中ではカエデがまだ居ることになってるのか?」
「わからないわ。でも、まるでそこに居るかのように話すのよ」
「案外、アオイにはカエデが見えているのかもしれないな」
「そんなこと・・・幸せだったのかしら、あの子は幸せだったのかしら」
カエデは10歳の時、流行り病であっけなく逝ってしまった。
その時アオイはまだ2歳半で、理解できない年齢だった。
アオイは1歳頃に歩けるようになると、いつも兄のカエデについて回っていた。
カエデも妹のアオイを可愛がり、いつも面倒を見てくれた。
これが両親の認識だった。
「それにしても、アオイはカエデを覚えているんだな。小さいから忘れてしまうと思っていたよ」
「そうね。もう半年も前なのね。今でも、おはよう母さん。って起きてくるんじゃないかしらって毎朝思うわ」
「そうだな」
二人は居間で静かに話していた。
アオイが椅子から落ちたので、母が憧れて買ったテーブルを片付け、座卓に変え(戻し)た。
登場人物
アオイ
花守葵
2歳半
兄から、あーちゃんと呼ばれている
カエデ
花守 楓
10歳(故人)
アオイの兄
基本的にアオイにしか見えない
アオイから、にぃにと呼ばれている
花守 真子
アオイの母
29歳
アオイから、まぁまと呼ばれている
花守 郁男
アオイの父
35歳
アオイから、ぱぁぱと呼ばれている
橘 幸男
父の友人
35歳
赤い車に轢かれかけた人
能力の少し落ちたアオイから、たちばたさんと呼ばれている
鈴木 辰男
お隣さんの夫
55歳
鈴木 紅子
お隣さんの妻
53歳
くるくるのお姉さん
寿 一男
ケーキ屋さんの夫
34歳
ケーキ屋さんのお兄さん
寿 春子
ケーキ屋さんの妻
32歳
ケーキ屋さんのお姉さん
ヤス
22歳
お花のお兄さん
アニキ
40歳
8話以降登場
ツカサ
花守 司
アオイの弟
あやちゃん
町田 礼章
幼稚園の友達
姉さん
30歳(初登場時32歳)
赤い花束を貰った人