第九話「聖女の導き!海底に沈む神秘」7
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真っ暗な空間で、リボリアムは目を覚ました。
「う……。」
どうやら硬い床に、仰向けで寝かされているらしい。真っ暗なので、見回しても辺りの様子がわからない。だが、見覚えのある光が目に入った。辺りを照らす程も無く、だが自己主張はしっかりしている、赤や緑の点のような光。合わせて、この雰囲気に覚えがあった。まるで彼の生まれた場所……古の超文明時代の施設、『マザー』の工房にそっくりだった。
そして、声が響いた。
《おはようございます。リボリアム。》
「……その声……マザー……?」
リボリアムが呟いた瞬間、静かなモーター音と共に、室内がゆっくり明るくなっていく。リボリアムは、寝台というよりはテーブルのような台に寝かせられていたらしい。
そしてやはり……見れば見る程馴染みのある室内───マザーの工房によく似ていた。ただし、リボリアムの生まれ育った工房とはレイアウトが違う。
「ここは……俺は確か、海に落とされて…… あ、け、怪我がない……!?」
《私が治療しました。》
「あなたは……もしかして別のマザー?」
《肯定します、リボリアム。私はMDF2。海底に沈んだ、マザーの2番基……マザー2です。》
リボリアムは起き上がり、辺りを見回した。ふと隅を見れば、自分が来ていた鎧や剣が無造作に置かれていた。今は最低限のシャツとズボン、ブーツだけだ。どれもまだ湿っていて気持ち悪いが、乾いていないという事は、海に落とされてから1日も経っていないという事か。
「海底?じゃあ今いるここは海の中ってこと?……海の中にマザーがあるなんて、初めて知った。」
《それはそうでしょう。地殻変動とも違う外的要因で、この辺一帯が海に沈んだのです。132年前に。》
「132年?」
今は帝国歴99年なので、帝国が興るよりも前だ。その数字に思うところはあったが、ともかく海底にあったおかげでリボリアムは命拾いしたようだ。
そして助かったからには、すぐにでもやるべきことがあった。
「マザー、俺、急いで戻らなくちゃ。」
《そのようですね。あなたの愛馬から、全て聞きました。》
「! ベルカナードが?」
《かのマシンは、私にデータを提供してくれました。あなた方を生んだ4番基の功績に敬意を表します。
そして……大変でしたね、リボリアム。》
リボリアムを労うマザー。だが、リボリアムの表情は硬い。
「……まだ終わってないさ。こうしている間にも、手遅れになってるかもしれない。」
《今しばらくお待ちなさい。かのマシン、ベルカナードMk-Ⅱは、現在アップデートを行っています。》
「アップデート……?」
《あなた方が直面している問題……エネルギー不足の解決を図ります。》
「!」
それが本当なら、まさしく渡りに船である。BRアーマーを使える魔力が無く、充填も間に合わなかったからこそ負けてしまった。しかしそれを補え、ベルカナードも十全になるとあれば……アイネグライブを含む3体のキメラ魔人相手でも勝機が見出せる。リボリアムの表情に喜色が浮かんだ。
「魔力をくれるのかい!?」
《こうして海底に沈み、出来ることが少なくなりましたが、新たな知見も得られました。この技術はおそらく、他のMDFには生み出せないでしょう。
アップデート完了まで……およそ12時間。》
リボリアムの顔が強張る。───12時間。急ぎたいリボリアムには、それはとても長く感じられた。だが、マザー2はさらに言葉を続けた。
《MDFの工房にはそれぞれ特色があります。私の専門はバイオ工学。……リボリアム、あなたは見たところバイオ工学の結晶……人造人間ですね?》
「……正確には違う。人間の国に溶け込むために、バイオテックを使ったただけで……身体のつくりは似てるけど、俺は根本的に人間とは違う。有機部品を使ってるだけの、あくまでロボットなんだ。」
《そう。本体は無機ロボット工学の専門である4番基が、バイオロボティクスに行きついた。是非その知見を共有したく思います。今すぐは無理でも、いずれあなた自身のアップデートか……あるいは将来に向けての、より高性能なアンドロイド開発への礎として。……あなたはもしかすると……私の求めた答えを持っているかも……。》
マザーが総合コンピュータとしては、些か曖昧な言葉を発した。
「……マザー?」
《まずは、あなたからのデータ共有を強く望みます。》
そう告げると、奥へ続く扉が開く。そこには既視感のある。奇妙で細かな部品が詰まった箱があった。……かつてマザー4内でトマックが見た、リボリアムにBRアーマーを着させるための箱に似ていた。
「……わかった。俺も魔族復活はさせないよう頑張るけど……俺の後の事も、大事だもんな。」
こうして、リボリアムはベルカナードのアップデートまで、その箱に横たわることになった。
*
───昼の山中。
荒い息をなんとか潜めながら、男2人が山を駆けていた。
ロクシンとその兄である。兄は、これほどの命の危機をかつて感じたことは無かった。危険な獣や、それより狂暴な魔獣と隣り合わせの生活だが、魔獣よりも危険だと肌で感じたのは初めての事であった。外見もさることながら、まるで平地を歩くような足運びで斜面をずんずん進むその動き。自分達が表面にへばりついて生きている、”山”という恐るべき自然を……見下し踏みつぶすかのように進むその姿に、心底の恐れを抱いていた。
モグログはいかなる手段か、1丘向こうの位置まで来ていた。気づいたのは山に慣れたロクシンの兄だ。あちらからは見つかっていない筈だが、ほぼ真っすぐに向かい、まもなく追いつかれてしまうだろう。まるで猟犬でも連れているかのようだ。
……彼らの言った通りになった。
ロクシン達は、急ぎ谷の小さな河原近くまで下り、岩肌に空いた洞窟に駆け込んだ。
「き、きま、来ます!」
ロクシンが告げると、少し疲れた様子のセザムが、洞窟の奥から出てきた。
「やれやれ流石に早すぎだな……」
続いて陽の光を眩しく反射するオーベンが、これまた気だるげにのそのそ出てくる。後に続いて女性冒険者二人も出てきた。揃ってちょっと疲れていた。
彼らはモグログに先んじて、ロクシン達と合流を果たしていたのだ。それはカイナの占いのお陰であった。占いに際しカイナが言った「正念場」とは、一つに速度があった。夜中に逃げたロクシンを朝に追いかけ、さらにモグログより先に保護するには、最短距離を走破する必要があったのだ。その道筋は占いによって出ており、こうして第一目的は果たせたが……それをするのに多大なる無理苦労があったのは想像に難くない。洞窟内である程度は休めたであろうが、疲労が全回復するわけも無かった。
……さらに「正念場」の今一つは、その状態でモグログの化け物3体と戦わなければならないことである。
洞窟内に入るささやかな光で、中に残るカイナと、カイナの手元に手を添える聖女シプレの姿が見える。カイナが、疲れた面々の背に声をかけた。
「お願いしますよぉ、まだしばらくかかりますのでぇ。」
これ見よがしに疲れた仕草でオーベンが応えた。
「嫌だねぇ、いやだいやだ……。」
「ぼやくな。アタシ達だって嫌だ。」
それを窘める女戦士ドリス。気を取り直すようにセザムが手を叩いた。
「いいかい各々方。なるべく粘る!生きて、攻めつつ退く。」
「分かりますが……この状態でうまく出来るか、ちょっと自信がありませんわ……。」
いつも落ち着いた雰囲気の神官フルールも、疲労が隠し切れない。セザムは聖女シプレに向き直った。
「疲れてるのはみんな一緒……てことで、聖女様、ここはひとつ、お声を頂戴します。」
セザムが手を向けると、聖女はカイナから一旦手を離し、洞窟から出て皆の前に立ち……拳を胸に握って言った。
「みなさん、おねがいします!」
…………
わずかな沈黙の後、各々が息を吐きながら動き出した。
「……よぉ~~~し……チッ(にやけ舌打ち)……イッチョやるかぁ!」
「っしゃ、おぉーーしゃしゃしゃあ……!」
「フーーーーー、あ~~~~……気合入れるかぁ。」
「ふふふ、聖女様のお声がけは、元気が湧きますね!」
シプレのエールを受け、各々が体を伸ばしたり屈伸したりその場でストレッチするなど、気を入れ直した。全員、あからさまに態度には出さないが、あまりにもわざとらしいストレッチには矢鱈にやる気が漲っていた。
特段気にすることではないものの、カイナはなんだか釈然としなかった。
「ひゅひゅひゅひゅひゅ……」
「キシキシキシキシ……」
聞き覚えのある不気味な笑い声が聞こえ、全員が素早く振り向く。案の定、現れたのはモグログの上級キメラ魔人達。しっかり3人……やはり真っ直ぐ追われていた。ロクシン達には分からぬ理屈だったが、カイナ達には予想できた。
キメラ魔人は、人間に他の魔獣や植物を融合させて造られる。例えば狼のような鼻の利く獣が含まれていれば、臭いで場所を突き止めることもできる。見たところ相手はトカゲベースと甲虫ベースと思われるが、何か捜索に適した生物も混ざっているのだろう。
冒険者たちは慌てず各々ゆっくりと構え、モグログと対峙する。
モグログの1人、トカゲ男の”張り付くもの”セテンバが口火を切った。
「今更言葉では動くまい。貴様らを殺し、悠々とその男を頂いていく……。」
「いくぞォォッ」「「「おおっ!!」」」
乱戦が始まった。とはいえモグログの首魁、黒鎧の男……アイネグライブは動かない。たかだか人間4人、上級キメラ魔人2人の相手ではないからだ。
状況を見るアイネグライブ。男冒険者らしき槍使い2人は”張り付くもの”セテンバへ、女冒険者らしき戦士と神官は”投げるもの”カタクトリへ。こと戦闘力と経験に関しては上級キメラ魔人の圧勝であろう。人間よりも長い年月を生き、加えてキメラ魔人同士やキメラ魔獣相手での戦闘訓練も積んできた。役職的に非戦闘員の部類に入るような者でも、人間の兵士に遅れは取らない。
ただ同時に、アイネグライブの目に油断は無い。モグログが歳月を積み重ねたのは確かだが、それを超えてくる手練れもまた人間には生まれ出る。それは近衛銃士であったり、西の吸血鬼どもであったり……あのリボリアムであったりだ。
……確かに夜の海に叩き落したが、拭いきれない”まだ生きているやも”という思い。それが自分の内で2つの感情がある事を、アイネグライブは自覚していた。モグログの妨げがまだあるという不安。さらに力をつけた剣を打ち合えるかもという期待。モグログの長としては適切ではないと、黒鎧の男は密かに自嘲した。
改めて状況を見ると、意気込んでいた割に人間達の攻撃は大したことがない。……というよりも、敢えて攻めすぎないようにしているか?
逆に、キメラ魔人達からの攻撃によく対応している。こちらは圧倒的な防御力と攻撃力でもって攻め、さらには時折2人での連携をしているが、連中もまた男女の組に拘らない柔軟さを見せている。
「時間稼ぎか……」
何のつもりかは不明だが、”奇跡の人”ロクシンをこの場から逃がさないのも不自然だ。となれば逆転の一手か、援軍を待っているか。
「いずれにしろ面白い。我ら相手に何ができるか、見せてもらおう。」
見据えるは最後方。洞窟の奥に隠れた、ロクシンと聖女たち。
そこに焦りは無く、あるのは余裕から来る、純粋な好奇心だった。




