第一話「わんぱく小僧と新英雄(ニューヒーロー)!」6
暗闇の箱の中。それは始まろうとしていた。
気のいい小さな友人達には聞き慣れないだろう小さな音が、箱の中でどんどん響いていく。
暗闇の箱の中で、色とりどりの光が灯っていく。
今、その友人達がピンチなのだ。今こそ、立ち上がる時なのだ!
暗闇の箱の中で、双眸がグリーンに輝く。それを合図に、箱が開いた。
一見するとそれは、奇妙なフォルムの全身鎧。鮮やかというよりは無骨な『鈍く光る金色』をメインカラーに、緑や黒のラインがアクセントのように走っている。特に目を引くのが、盾のようなものが一体になっている左腕。細長い三角形といった見た目で、幅は腕より少しはみ出る程度、長さは手首から肩辺りまで。盾としては使いづらそうな見た目であった。
これこそが、やがて復活する魔族への対抗手段。それは静かに箱から足を降ろし、床に立った。目の前の扉が左右に開いてゆく。
動きの一つ一つを確かめるようにゆっくりとそれは歩き、扉を越えた。マザーの声が響く。
「ナンバー004。おはようございます。」
「おはようマザー。行ってくるよ。」
「彼らはまだ戦っています。しかしBRアーマーは調整不足の上、ここから出ればサポートは出来ません。頼みましたよ。」
ナンバー004ことリボリアムは、外につながる回廊の前に立った。懸念はいくつかある。しかしそれは歩みを止める理由にも、躊躇う理由にもならない。リボリアムの胸に一切の迷いはなかった。
片足を軽く引き、走るために力を籠めながら言い放つ。
「マノ・ターバイン!」
リボリアムの鎧、その腰横についた風車が高速回転し、強風をさらに切り裂くような甲高い唸りを上げる。足を踏み出した瞬間、リボリアムは景色を置き去りにした!
あっという間にボリアミュート近郊の地上に出たリボリアムは、再び甲高い音を響かせ、走り出す。街を見れば城壁は突破され、戦いは街中に広がっている。しかし、人々の声にはまだ勢いがあるようだ。
街の各所で、人々の叫び、戸惑い、悲しみの声が上がっていた。その先頭に立つのは、兵士達である。
達人でなくとも、戦い方を学んだ者たちは必死に役割を果たそうとしていた。
「さあ急げ!この先へ行けば安全だ!」
「この一団で最後だ、一気に移動させろ!女子供が優先だ!」
「間に合わない、魔獣がそこかしこにいるぞ!」
まだ市民が避難しきれない状況で、血に飢えた魔獣達が迫る。
どれも小動物~中型肉食獣程度の大きさだが、数が多い。こちらの兵士は5人、市民を守りながらでは厳しい戦いになるだろう。
兵士達は陣を形成し、備えた。厄介なのは中型が2体いる事。あれを1体相手取るには3人以上でかかるのが望ましいが、この場には5人しかいない。それでも、やるしかなかった。
魔獣達は人間の覚悟を待ってはくれない。否、それどころか兵士達の焦りを感じ取り、迷いなく襲い掛かってきた!
「うぉあああ魔獣どもめっ 来やがれ!!」
人間の兵士とて、こういう時の為に日々鍛えている。面食らいはしたものの染み付いた体さばきで迎撃し、初撃は防ぎきる。しかし魔獣達の攻撃は途切れず、早くも余裕が無くなってくる。
小型魔獣に噛みつかれるのを無視してでも、中型の攻撃をいなし、少しでも反撃する。
「う、うおおおおおッッ」
だが、それも限界が来る。
一人が崩れ、剣を落とす。そこから他の兵士にも魔獣が群がり、動きが止まった隙からすぐさま市民へ牙が迫る。母に抱きかかえられた子供は、群がる魔獣の爪が迫るのを見た……
その爪が子供に振り下ろされることは、無かった。
一陣の風と共に鈍い金色の影が通り過ぎると、魔獣達はちり紙のように吹き飛ばされた!
「………!」
人々は見た。ギャリギャリと石畳を削りながら、その影は足を踏ん張り、ボリアミュートに立った。全身鎧の戦士。
見慣れない異様な鎧……何者なのかは誰にもわからない。だがその場の誰もが予感した。頼もしい援軍なのだと。
リボリアムは改めてこの場の状況を一目見て、判断した。腰横の甲高い音はまだ唸りを止めていない。すぐさま踏み込み、足元の剣を素早く拾い、近くの兵士にまとわりつく魔獣を叩き斬る!
「ギャギャアア!」
「お、おお!」
全て一撃で仕留められる魔獣、それに驚きの声をあげる兵士。彼らも瞬時に理解した。『こいつは味方だ』と。
「ふんっ!とぁっ! ちぇあっ!」
リボリアムは止まらない。兵士に群がる魔獣、その途中にいる手近な魔獣。すべてを一撃で倒し、瞬く間に状況を改善させてゆく。
「さぁ、今のうちに逃げるんだ!」
兵士を助け終え、次は周囲の魔獣だ。もう数は多くない。リボリアムは兵士に呼びかけ、避難を促した。
リボリアムは、兵士に剣を渡す。先ほど取り落とした兵士のものだ。
「それは、アンタが使ってくれ……」
兵士はそう返すが、リボリアムは首を振った。
「君もこの街の兵士だろう、役目を果たすんだ。俺は大丈夫……さぁ、行くんだ!」
「だ、だが───」
兵士に剣を押し付け、リボリアムは振り返る。そのほかは小物で、もう数匹しか残っていないが、中型はまだ2体とも健在である。
「ゴルルルル……」
中型の魔獣が威嚇する。
リボリアムは足元のレンガを拾い上げた。元々壁材だったものが、襲撃で砕け、拳大の大きさになっている。
鎧の左腕、『盾』の両端が、手首を基点に左右に開いた。根元から直角に折れ、手首をスライドしV字の形を取った。その先端は、黒い紐のようなもので繋がっている。
「トライラム・スリング!」
拾ったレンガを紐にあて、引き伸ばしながら叫ぶ。
───スリングショット。Y字の棒の先端を弾力のある紐で繋ぎ、石などを飛ばす武器である。弓矢より威力は劣るが、飛ばせる大きさなら何でも武器に使え、単に投げるよりも威力が出る。
引き絞ったスリングが放たれる!
ばんっと張る音と、がんっという鈍い音がした。レンガの当たった中型の魔獣は声も上げずよろめき倒れた。
瞬発力と反射神経に優れた魔獣が、反応もできず顔面にレンガを受けたのだ。周囲の小型魔獣達も何が起こったかわからず、ただビクッとして、倒れ伏した魔獣を見ていた。
リボリアムが2つ目のレンガを手に取った時、魔獣達はまたビクっとして警戒しだす。
再びレンガをスリングに構えた時、先手は取らせまいと中型魔獣が突っ込んできた。
構わずリボリアムは引き絞り、レンガを投射する。中型魔獣に当たりはしたが、肩に当たって弾かれた。これではクリティカルにはならず、魔獣の勢いは止まらなかった。
中型魔獣は勢いのまま飛び掛かり、肉食獣の象徴、その鋭い牙がぎらりと光る!
リボリアムは右の拳を握り、魔獣の顔面に叩きつけんと振り抜く!
ばきっ!
その拳は魔獣の牙を叩き折り、顎を砕き、大人ほどもあるその巨体を、駆け出した元の位置まで吹き飛ばした!
それを目の当たりにした小型の魔獣達は、一目散に逃げだした。