第九話「聖女の導き!海底に沈む神秘」4
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「ぐぅっ!?」
空に飛ばされたリボリアムは、民家の屋根に墜落し、その衝撃でぐしゃりと家が潰された。幸い廃屋だったようで人的被害は出ていないが、夜中に轟音を立ててしまってはモグログどころか無関係の人達まで押し寄せてしまうかもしれない。……と思ったが、意外とそんなことは無いようだ。周囲は相変わらずしんと静まり返っていた。
「うう、痛ってて……。」
「あ……兵士のニィさん!」
「おいおいおい、大丈夫なのかあ!?」
「!……オーベンさん、ロクシンさん。てことはここは……?」
落ちてきたリボリアムと、先に逃げていたオーベン、ロクシンが合流した。だいぶふっ飛んだらしい。改めて辺りを見回すと、一帯に人の気配がない。人のというか、”生活の”だ。ここはずいぶん前から人がいない区画らしい。道理で静かだったはずである。そして海の近くではあったが……
「ここは、作戦のルートじゃあない?」
「そうだ。」
オーベンが苦い顔で言う。
リボリアムの言うように、ここは海の近くではあるが目的の場所とは違う。本来行きたかった場所は船着き場だが、今いるここは、そことはだいぶ離れた崖際だ。崖と言ってもそこまで高くはないし、崖の下は確かに海だが……だからといって今ここから飛び降りたなら行先はあの世しかないだろう。
「やつらに上手く誘われたようだぜ。……アンタぁ、その……頑丈だなぁ?」
「本当だよぉ、空から落っこちてきたのに。」
「ああ、まだちょっと頭がふらふらするけど……あの家がクッションになったよ。助かった。」
男二人は訝し気に首を傾げるが、「まぁ、元兵士だしな」と納得した。今はそれよりもキメラ魔人達に誘い込まれたというのが重大だ。とにかく逃げなくてはならない。
「いいや、特捜騎士……ここまでだ。」
「!」
入り組む廃屋の影から、追ってきたキメラ魔人セテンバが姿を現す。リボリアムとオーベンは武器を構えるが、セテンバはすぐさま飛び掛かり、リボリアムに仕掛けるついでにオーベンを張り倒した!隣にいたロクシンは倒れるオーベンの下敷きになる。
「うぬぉぉぉ!キサマは許さん、リボリアム!!」
「な、何!?」
「あの2人を脅し、モグログを抜けさせた、100遍殺しても殺しきれん!」
「! すると、スジャータとアニカの上司ってわけか。そりゃ大変だな、けど謝らないぜ!」
「言葉などいるか!そっ首落として、詫びとしてくれる!!」
言い合いをしながら剣を振るうリボリアム。力量ではアイネグライブに及ばないが、上級キメラ魔人相手でもなんとか打ち合えているか。
「どうした?金鎧の無いお前なぞ、如何様にもできるぞ!」
「!」
キメラ魔人の瞳が輝く。その一拍前にハッと気づいたリボリアムは咄嗟に身を捩る!
───ドドカァン!
「ぐああああっ!?」
モグログのキメラ魔人が十八番、『爆破』の魔法。直撃は躱したリボリアムだったが、起こった爆発そのものまでは対応できず、爆風を体に受けて地に伏した。
「ぐぅぅ、へ、兵士のニィさん……!」
「う、うわぁぁ……ひぃぃっ!」
”張り付くもの”セテンバは、何とか立とうとするオーベンを再び蹴り飛ばし、ロクシンを捕えた。
「そう怖がるな、大人しくしていれば、悪いようにはしない……。お前が我らの秘宝をその手にしている事は……わかっている。」
「ひっひ……ひほう!?」
言いながら、ロクシンの嵌めていた手袋を剥ぎ取った。その手には怪し気な指輪が……
「───!? な、無い……お前、指輪をどこに!?」
ロクシンの手には、指輪は無かった。念のためにキメラ魔人は反対の手袋も外してみるが、やはり無かった。
「ど、どうやって外した!?指輪はどこだ!」
「どど、どうやってって……どうやっても外れなかったよぉ!」
「嘘をつけ!では何故、今その指に無いのだ!」
「……まぁ、そろそろいい頃でしょうかねぇ~?」
詰め寄るキメラ魔人に、突然ロクシンはのんびりとした口調になった。誰かに話しかけるような口調……。セテンバがリボリアムへと振り返ると、彼は血を滲ませながらもぐっと立ち上がり、不敵な笑みを浮かべて言った。
「ああ、そろそろいいんじゃないか?」
「お……お前達、まさか……」
ロクシンは掴みかかるキメラ魔人を意に介せず、一枚の石板を掲げた。
「『擬態』解除。」
そう唱えると、ロクシンだったその姿はみるみる内に、薄紫の髪をした14,5歳ほどの少年……『歌魔法』『セット魔術』2つの魔技使い、吟遊詩人カイナの姿になってゆく。
「そ、それは魔術もどきのカード!影武者!?」
「ふっ!」
「うっお!?」
正体を現したカイナは口に含んでいた細かな砂利をセテンバの顔に吹きかけて不意を突き、拘束を脱した。
唖然とするキメラ魔人達を前に、リボリアムとカイナ、そしてオーベンが並び立つ。
「子供だと……何者だ!?」
「しがない吟遊詩人ですよぉ。でも別にお見知らなくて結構ですぅ。”魔術もどき”も見破れないおマヌケさん?」
「グ!?グゥ~ムム……!!」
「まんまと騙されたな、モグログ!こっちには色々器用にこなせる先輩がついてたんだ。」
カイナがフフンとドヤ顔する。
「本物のロクシンさんは、今頃はもう遠く離れている!明日にはボリアミュートに着いてるだろう!」
「……ひゅひゅ、ひゅひゅひゅひゅ……!」
「? ……何がおかしい!」
「教えてやろう。」
横から聞こえる、あまり聞きたくない低い声がする。
「……アイネグライブ!」
「町の外に、もう1人見張らせているからよ。」
「「「……!」」」
「すでに貴様の”鉄の馬”は発見している。あとはエサに魚が食いつくのを待つだけということだ。いや、先の貴様の言を聞くに、捕らえたという報告が来ても良い頃か。」
おそらくハッタリではないだろうその宣言に、リボリアムは歯噛みする。本当だとするなら、詰みである。焦るリボリアムとカイナに「ヒューン」と……静かだが甲高い、聞き覚えのある音が響いてきた。特にリボリアムは聞き違える筈が無い。「この音は……!」と音のする方に顔を向けると、それは月明りを反射しながら飛び出してきた。
「ベルカナード!」
驚くリボリアム。それはまさしく彼の愛馬……”鋼鉄の騎馬”ベルカナードMk-Ⅱであった。だが、ロクシンを乗せて町を離れる筈の愛馬には、誰も乗っていない。モグログ達も何事かと怪訝な表情をしている。
「闘神官様!」
「む、カタクトリ……。これはどういうことだ?」
「それが……かの馬が突然走り出し……。」
ベルカナードを追ってきたであろう、モグログの上級キメラ魔人……その姿にリボリアムは目を見開く。見た目は真っ黒い肌───闇夜にあってそう見えるが、おそらく濃い焦げ茶であろう褐色肌の女だ。今しがたまで闘っていた”張り付くもの”セテンバもそうだが、リボリアムは見覚えがあった。モグログとの初対面……あの鉱山街で戦った、アイネグライブ率いる11人の上級キメラ魔人。その1人だ。
困惑しているモグログを前に、リボリアムは思い返す。最初にモグログがボリアミュートに攻め込んだ時、率いる上級キメラ魔人は1人だったという。そいつは鉱山街での戦いで下した者……”忍び寄るもの”サズーラと名乗っていた。奴によれば、アイネグライブを含むあの場に居た12人が上級キメラ魔人……戦力として最高のものと見ていいだろう。
聖女シプレの村では上級が1人と、その部下とみられる下級のヘビキメラ魔人の1人。
ボリアミュートに突然現れたネズミのような奴。戦った感覚としてはアレも上級だ。
少し前、ウィドログリブと名乗ったあのイカキメラ魔人は、大攻勢と言ってよい戦力を引き連れていた。その時同行していたのは上級が3人。
そして今回は2人。……上級キメラ魔人2人というのは、モグログにとってもかなり戦力を割いているのでは?とリボリアムは見る。何せリボリアムが万全な状態のBRアーマーを装着できたなら、連中を難なく撃破できるのだ。11人しかいない最高戦力を。事実、これまで上級と見られるキメラ魔人を3人倒している。単純に考えれば、彼らは既に最高戦力の4分の1を(途中でウィドログリブが加わっているものの)失っているのだ。
にもかかわらず、今回2人も出張っている。しかも首魁自らが出陣ときた。それだけ、ロクシンの持つ指輪は重要なものなのだろう。
「BBBPPP」
「……ロクシンさんが来なかったのか?」
「BBB」
「どういう事なんだ……?」
「あのぉ、なんかイヤ~な会話してますぅ?」
「ああ。どうやらロクシンさん、待ち合わせ場所に行かずにどっかに消えちゃったらしい。町の中にもいないってさ。」
「あちゃあ……」
どうやら事態は予想外の方向に進んでいるようだ。リボリアムはモグログ達に剣を構えながら悩む。現状一番大きな問題としては……状況がリボリアム側に大きく不利ということだ。
もし作戦通りベルカナードに乗って町を出たなら、目の前の脅威からは逃げる選択もできた。だが、ベルカナードに乗らない上で別の所に行ったなら、それはモグログの手の届くところにまだいるということだ。
仮に今リボリアム達が逃げると、悠々と連中に捜索されてしまう。モグログ側がリボリアム達から逃げても、連中の有利が変わらない。リボリアムにBRアーマーが無い今、見つかればいともたやすく始末されるだろう。なんなら今ここで始末される可能性も大いにある。
故に今取れる選択は……『ここでモグログを戦闘不能に追い込む』だ。BRアーマー無しで。果たして出来るだろうか?可能性で言えば───
「…………カイナ君。」
「わかってますよぉ。けど、しばらく時間を下さい。あの子を使うには色々とぉ……。」
「オッケー……。」
リボリアムはゆっくりと剣を構える。正直な話、ロクシン捜索を優先してくれないかという気持ちが半分ある。かつてないほどに命の危機を感じているのだ。だが、この機会を逃すアイネグライブではあるまい。
案の定というべきか、アイネグライブは軽く構えていた剣を降ろし、口を開いた。
「リボリアム!先程と言い今と言い、どうやらあの”ビーアルアーマー”とかいう金鎧、使えぬらしいな……?」
「……。」
アイネグライブの指摘に沈黙で返すリボリアム。モグログ達がくつくつと笑い始める。
「闘神官様……!」
「くっくっくっく……!やはりそうなのだ。あの鎧は強力無比だが、それだけ魔力の消費も尋常ではないのだ。今まではどうにかやりくりしていたようだが……とうとう蓄えが尽きたのだな。
私が手を下すまでもない。同志達よ、積もる恨みを晴らす時!……”張り付くもの”セテンバ!」
「クヒャォォーー……ッ!!」
その身を本格的な異形へと変えながら、キメラ魔人達がにじり寄る。セテンバは茶色いトカゲのような体。
「”投げるもの”カタクトリ!」
「ふふふふ……クキキキシキシキシ……!」
カタクトリは甲虫だろうか、茶色い甲殻のような鱗に覆われた体。
「カイナ君、なるはやで頼むぞ……!」
「まぁまぁ待って下さい。……《プレートアーマー》、《サークルシールド》!」
「……おお!?」
カイナが石札の魔術を起動させると、リボリアムに防具が装備された。
言った通りのプレートアーマーと、腕に装着する丸盾だ。丸盾は正面に構えれば、胴体を覆える程度の大きさである。
「これも虎の子なんですけどぉ、今使わずにいつ使うって話ですからねぇ。こちらも大盤振る舞いしますよぉ。」
「助かる!」
目の前の相手をするには直接の戦力……例えば《スケルトン》等を出したいところなのだが、中途半端な強さではあっという間にやられて終わりだろう。連携もできないだろうし、リボリアム1人を強化する方が効率はいいだろうという判断だ。
リボリアムは左手に剣を、右腕に盾を持ち、BRアーマー装着時と同じスタイルを取り、モグログに向き直る。
「よぉし、いくぞ、モグログ!」
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