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特捜騎士リボリアム  作者: 鈴木りゅう
二章:アバンジナ南部編
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第九話「聖女の導き!海底に沈む神秘」1



 ────とある港町。


 町の一画にある小さな家の中で、歓声が上がった。


「見ろ、治った……治った、指が!」


 歓声の中心では、老人が自分の手の平をみながら、興奮した顔で言う。

 その周囲では彼の家族が、驚き戸惑いつつも喜びを分かち合っているようだ。

 老人の前では、高級そうな服に身を包んだ30代ほどの男が、にこやかに振舞っている。

 さらにその周囲では、なぜか野次馬らしき近隣住民が集まり、老人と一緒になって興奮していた。人口密度の高さに、狭い家がさらに狭くなっていた。


「ま、待ってくれ、礼を……!」

「いやいやウェッジの爺さん、お年寄りからせびるほどアコギじゃねえよ。それじゃな。」

「お、おおい……!?」


 戸惑う老人を横目に、身なりの良い男はさっさと家を出て行った。周囲に集まった野次馬からも称賛を浴び、愛想を返している。


「なぁなぁ!今度、ウチの船も直してくれよ!」

「今度な今度……」

「ウチのもだ!もうボロボロでよぉ!」

「ああわかったわかった……今日はもうお終い!」


 そうはやし立てられている男を、物陰から一人の少女が見ていた。観察していた、と言ってもいい。少女の容姿は、どこにでもいるような感じだ。微妙に薄汚れ、つぎはぎが目立つ服。三つ編みにした茶の髪。瞳は青い。特にこれといった特徴が無い。

 だがそれは、偽装である。彼女は追われる身。この国を蹂躙じゅうりんせんとする恐るべき組織に狙われ、逃亡中の身なのだ。その名を、聖女シプレという。

 そんな聖女に見られているとはつゆ知らず、男はへらへらと笑いながら家の立ち並ぶ道を歩いて行った。



    *



 ───『光の結社モグログ』アジト。


 そこは、暗黒が満ちる空間である。

 わずかな光の粒らしきものが空気に流れるように舞っているが、光源にはなりえないささやかなものだ。


 その空間に、数人の人物が佇んでいる。

 1人は、暗闇の中にあってなお一層の漆黒しっこく。黒の全身鎧に身を包んだ偉丈夫いじょうふ、モグログの首魁しゅかい、”闘神官ウォリアモンク”アイネグライブ。

 1人は、色とりどりの派手な服装をした小男。しかしてアイネグライブに並ぶ”闘神官”ウィドログリブにして、またの名を大アバンジナ帝国有数の商会たる”タッツ商会”の会長、イカウェイ・タッツ。

 1人は、暗闇の奥で静かに座る小柄な老婆。怪しく光る異形の水晶ドクロに手をかざし、何やら念じる……未だ詳細不明の『モグログの巫女』モラド。

 1人は、アイネグライブの前にひざまずく男。フードを被っておりその全容は見えないが、体格は中肉中背……普通の男に見える。


「異分子は、特捜騎士の手により全員死に。”狩人”らは、結社から離れると申しております。……闘神官殿……。」


 アイネグライブはフードの男に向き直り、口を開いた。


「報告ご苦労。”狩人”らは惜しいが……結社の邪魔をせぬならば、我らの宿願が果たされたその時、改めて迎え入れればよい。」

「! ……はっ。寛大なるご慈悲、感謝いたします。」


 跪く男は、先ごろモグログと決別を決意した女キメラ魔人、スジャータとアニカの上役にあたるものであったらしい。そしてアイネグライブは、その裏切りを許容すると言った。

 モグログという組織は、同志への情はあつい。「邪魔しなければそれでいい」というのは、国崩しに臨むテロ組織としては寛大な処置であろう。もっとも、邪魔した場合どうなるかは、”狩人”の彼女らが追っていた賊が証明しているが……。

 フードの男が一礼して去ろうとしたその時、巫女モラドが声を上げた。


「闘神官殿。」

「む……?」

「我らが宝の1つ。その所在が、今しがた。」

「!……誠ですか!」


 巫女モラドの言葉に、アイネグライブだけでなく、周囲の2人も色めき立った。


「見えたのは、”指輪”です。」

「指輪ということは……『ロイルの指輪』! 我らが神復活のための、3つの祭器の一つにして、あらゆる癒しの力も持つという……!」


 興奮を隠せないイカウェイの言葉に、巫女モラドは「いかにも」と頷いた。


「”癒しの指輪”……!それがあれば、”締めるもの”ロロットの穴も埋まろう。して、それはどこに。」


 相当な衝撃らしく、アイネグライブまでもがはやっているようだ。巫女モラドは再び手を異形の水晶ドクロにかざし、しばらく唸った。


「東の果て……港町……ヴァルマ領を出た辺りの、栄えたところです。現在、男が持って、力を利用しているようです。」

「ヴァルマ領近くの港町……。」

「……そうだ!……マークン!おそらくマークンの町でしょう!」


 少ない情報であるが、ぱちんと手を打った者がいた。帝国中に店を構える大商人、イカウェイである。


「……であれば……よし。2人連れてゆく。」

「……え!?」


 アイネグライブはそう言うと、「後を頼みます」とばかりに部屋を出ようとする。これに慌てたのはイカウェイである。


「いやいやいやいや!アイネグライブ殿、あなたはどっしりと、構えて待っていればよいのです!私が行きましょう、私なら勝手知ったるものです。」

「イカウェイ殿。あなたは逆に顔が知られ過ぎています。」

「あ……むぅ……。」


 言われてみればその通りの指摘に、イカウェイも押し黙る。と、アイネグライブは退出のタイミングを逃してオロオロしているフードの男が目に留まった。


「ちょうどいい。”張り付くもの”セテンバ、ついてくるがいい。」

「え、あ……挽回の機会を、いただけるのであれば……。」

「うむ。」


 その短いやりとりを最後に、さっさとアイネグライブは出て行ってしまった。フードの男が戸惑いながらもそれに続く。イカウェイは呆然と見送るしかできなかった。



    *



第九話「聖女の導き!海底に沈む神秘」



    *



 ───賑やかな街道


「参ったなぁ……。」

「……やっぱりぃ、ダメそうですかぁ?」

「うん……。」


 カイナの質問に、リボリアムは沈んだ様子で頷く。彼らの傍らには、リボリアムの愛馬、”鋼鉄の騎馬”ベルカナードMk-Ⅱが佇んでいる。騎馬とは言うが、生き物ではないということは一目見れば誰でもわかる。銀色の光沢が照る金属の身体、馬とも船とも鳥とも見える美しいシルエット。前後に付いた車輪の脚は今は動かず、車体下部のスタンドを使って立っている。……が、今はそれがまるごと布で覆われている。見えなければ、その珍奇に過ぎる物体が衆目を集めることも抑制できる。


 2人は現在、ヴァルマ領へ続く街道のど真ん中にいる。正確には直接ヴァルマ領に繋がっているわけではなく、主要な村や町を繋ぎ、「やがては」ヴァルマ領に辿り着く道だ。

 平原の続く街道のど真ん中ではあるが、周囲は賑やかだ。いくつもの馬車があり、旅人や冒険者がいて、行商人たちが店を広げている。大アバンジナ帝国は広い。1日で村から村へ、町から町へと辿り着ければいいが、そうでない場合も多々ある。そんな道の途中では、小さな市場が出来るようになったりもする。つまり、ここだ。リボリアムの知る古の超文明時代の知識で言えば、パーキングエリアと呼ばれる休憩所の雰囲気がとても近い。

 商人を見ると面白い。道中でせっかくだから商売する者もいれば、ここに需要があると知って近くの村から来ている者もいる。1日で目的地に着けないというなら、不安になるのは水と食料だ。よって特に売れているのは水と食料。そして一番割高なのも水と食料である。前の村や町で十分な量を買い込めなかったうっかりさんがカモにされるのだ。

 なおリボリアムはそれらが十分にあったのに、わざわざおやつを買おうとしてカイナにキックされた。危うくバンジョーでブン殴るところだったとカイナは後に述懐じゅっかいする。


 ……で、リボリアムが現在何に参っているかというと、このベルカナードの動力源であるマナ・エネルギーが、枯渇寸前だといういことだ。

 マナ・エネルギーは、大気中の自然魔力”マナ”を、呼吸のように取り込んで貯め込まれる。これによるエネルギー変換効率はかなり高く、普通なら「走行する為に消費する」エネルギーより、「走行で空気から取り込める」エネルギーの方が多いくらいである。事実、今もエネルギー残量は回復してきている。BRアーマーの装着くらいなら可能だ。

 だが、それだけだ。本当に”煌結こうけつできるだけ”=”アーマー転送魔術のエネルギー”しかなく、肝心のBRアーマーによる戦闘どころか、格納するために再転送するエネルギーすら無い。

 特捜騎士として活動するにあたりBRアーマーは転送装着式にアップデートされたが、いい事ばかりではない。マナ・エネルギーがベルカナードと共有になったのが、その最たるデメリットとも言える。現状では特捜騎士として戦う事はできず、もし今モグログが現れたら剣で戦うか、ベルカナードで轢殺を図るか、逃亡しかない。いずれにせよ撃破は難しいだろう。


「しばらくは、モグログが出ないことを祈るしかないな……。」

「魔力不足の悩みはぁ、私にもわかります。できるだけ協力しますよぉ。」

「ああ、ありがとうなカイナ君。」


 2人は現在、徒歩ないし馬車を捕まえて乗せてもらいながら、東に進んでいる。ベルカナードに乗ればもっと早く移動できるが、このところ周囲が平野続きのため、人目が気になるのだ。それに、ベルカナードの負担が必要最低限であれば、その分効率的に魔力を回復できるという事情もあった。リボリアムはこのまま山脈を迂回しながら進み、ある程度ベルカナードが回復したら乗せてもらってヴァルマ領に戻ろうと思っていた。

 現状確認を終えたところで、2人はまったりと休んでいた。ふと、喧騒の中で近くの商人同士が話しているのが耳に入った。


「おおあんたか、御無沙汰だな。どうしたいその腕。」

「ああ、山越えしてたら、やられちまったのさ。ゴブリンだよ……。」

「あちゃあ、ツイてないねぇ。」


 その会話をぼんやり聞きながら、リボリアムは思った。ゴブリンかぁ、あいつらどこにでもいるんだよなぁ。定期的に騎士団も冒険者も魔物討伐してるけど、山とか行くといつの間にかまたいるんだよなぁ、と。


「大事な品物もやられちまって……未練がましく持ってはきたが……。」

「……なぁ、そんなら、いい所がひとつあるんだ。マークンの町さ。」

「マークン?海の?シャロット教か何かあったっけか……?」


 カイナは思った。マークンと言えば港町。そういえば……そろそろ青魚が食べたいですねぇ、と。


「確かにあるがね?そっちじゃないんだ。……”奇跡の人さ”。人でも物でも、なんでも魔法であっという間よ。」

「奇跡の人?」


「「奇跡の、人……?」」


 二人の声が重なった。



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