第八話「冒険者界の大型新人」5
打って出る、という話にはなったが、翌日、とある問題が起きた。
「我が領の、兵が無念を雪がんがため、急ぎ参った。」
「おお……!ありがとうございます!」
日程的にはあと1日はかかるだろうと思われた正規の討伐隊が、村に到着してしまったのである。
「どうしよう出番が無くなっちゃったぞ。」
「で、でもさ、あの兵士さんらだって、アタシら”モグログ”と戦ったことは無いっしょ!?危ないよ!?」
「今すぐ森に入って、私たちが先に賊を見つけるとか……?」
「それにしたってぇ、前もって話しとかないと、森で会ったらこちらが賊だと思われちゃいますよぉ?」
「カイナくんの言う通りだよなぁ……ダメ元で共闘持ちかけてみよっかぁ。」
そんなわけで、リボリアムが代表して、討伐隊の隊長に話しかけた。
「失礼しますっ。」
「む……何者か?」
リボリアムは気が進まなかった。帝国軍と冒険者の関係は、正直あまりよくない。少なくともボリアミュートではそうだ。というのも、大森林での権限の大部分は守備隊にあり、冒険者にとってはフロンティアである大森林で好き勝手にできないからだ。もちろん好き勝手させないために守備隊が管理しているわけなのだから当然なのだが。
早い話、冒険者は帝国軍に押さえつけられていると感じ、また帝国軍も冒険者に対しては厳格に管理している側だと思っているのだ。
この前提があると、自然と軍人は冒険者を見下しがちになる。リボリアムも軍人だったからわかるが、冒険者は軍人に比べてちゃらんぽらんに映っている。……というか冒険者の身分になった今、実感としてわかる。本当にちゃらんぽらんだった。迂闊な事をしないようしっかり見張っておきたい気持ちが痛いほどわかる。
なので、今目の前の隊長さんがリボリアム達を見るやちょっと厳しめの目になったのも、むべなるかなという気持ちだった。さらに言えば、この隊長さんは一層厳しそうだ。歳は30代ほどだろうが、いかにも気難しそうな顔をしているし、言葉遣いも古風に過ぎる。
それでも、元ボリアミュート守備隊兵士たるもの、危険に怖気づこうと飛び込めの精神でリボリアムは言葉を続けた。
「こたびの賊討伐における、隊長殿とお見受けします!我々は、村長より依頼を受け、討伐隊到着まで村の警護を請け負った冒険者チームです!」
「……うむ。いかにもその通り。そちらも勤めご苦労。して、何用か?」
「は。2点ございます。1つ、賊についての情報共有を望みます。1つ、討伐には、我らも同行させて頂きたくお願いに参りました。」
「……その口調、兵士上がりか?」
「は!ヴァルマ領にて任を勤めておりました。」
普段の呑気な姿とあまりにかけ離れたリボリアムの軍人然とした立ち居振る舞いに、カイナ達3人は目を見開いて驚いた。昨日見せた騎士としての姿ともまた違う……なんというか、キッチリしていた。相手の隊長さんも、リボリアムが兵士上がりだと聞いて胸元を開いたように見える。これなら穏便にいけるのでは?と感じられた。
「……情報共有は頼もう。だが、同行は不要。ハルジオニアの問題は、ハルジオニアで解決する義務がある。こちらから助力を受け入れることはない。」
が、返された答えはこうだった。
「ちょ、ちょっとォ!それは無いじゃんっ!?!」
思わず叫んでしまったのはスジャータだ。一斉に目線が彼女に集まる。
「情報だけ受け取って、後はいらないなんてさっ!あんまりにも勝手じゃない!!兵士ってみんなそもががが」
「スジャータ待て待て!」「落ち着いて落ち着いてぇ!」「抑えてぇぇぇ……!!」
今にも掴みかからんばかりのスジャータを、みんなして抑えた。どうも彼女は、国家権力に対してあまり良くない印象を持っているようだ。対して兵士たちは冷めたものだ。小娘一人、誰も相手にしていない。隊長も軽く息を吐き、視線を外した。
「スジャータあのな!俺との約束忘れたか!?騒動起こすんじゃないって!」
「それでも……あんたもあんたよっ!なんとかっていう騎士様っしょ!?あの金鎧になれば信用の一つもくれそうじゃない!」
「い、いや、あれはこういう時に無闇に使っちゃまずいっていうか……」
「金鎧の騎士……?」
討伐隊長がぴくりと反応する。
「……確かにそういう話は聞いている。ヴァルマ領に、皇帝陛下のご意向が反映された、金鎧の騎士がいると。それが目の前にいる貴様というなら、是非とも見てみたいが。」
「!!……ほ、ほら、隊長さんもああ言ってる!チャンスでしょ!?」
「ええ……!?いいやぁ……いけるかなぁ……」
リボリアムはいつになく自信がない。原因は彼の愛馬、ベルカナードにある。最近魔力不足だという彼に搭載されている機能は、基本的に魔力消費が割高である。それは”煌結”に必須である機魔術『エクォ・ファット』も同様である。ただでさえ昨日も大した活躍無く煌結しているので、今また身分証明のためにベルカナードが応えてくれるか、甚だ疑問だった。
「まぁ、じゃあ、やるだけやってみるけど……。これで何も起こらなかったら俺もうただのイタイ人じゃあ……?」
リボリアムは気づかなかった方がいいことに気づいてしまったが、後の祭りであった。
「じゃあ行きます……。”煌結”!…………………。」
「………………。」
「……………。」
何も起こらない。リボリアムは大きく息を吐き、いっそ晴れやかな顔で言った。
「……じゃあ、お話に移りますか!」
「……あたしが言うのもアレなんだけどさ。相当恥ずかしいよそれ……。」
「これ俺が悪いかなぁ!?!?」
理不尽の極みだった。カイナが同情の目(かどうかは細目過ぎて分からないが)で、しかし事実を叩きつけた。
「世の中、”滑ったモン負け”なんです……。しかし、即座に動いたその行動力は立派でしたよぉ。」
「時間の無駄であった。元兵士というのも怪しいものだ。」
「すみません、ほんッとにすみません!一応、ギルドに問い合わせてもらえば証明は……!」
「不要。今が大事は任務のみ。」
バッサリ切り捨てた討伐隊長に、ペコペコ謝るリボリアム。その姿を、スジャータは複雑な表情で見つめていた。
昨日はあれだけ圧倒的な力を見せつけたのに、今はあんな情けなく頭を下げるのが、彼女には理解できなかった。それが彼女には余計に、”国”というものが酷く不自由で歪なものであることを感じさせた。
静かになったスジャータを尻目に、討伐隊隊長は早速情報の提供を求める。
リボリアム達は、粛々とそれに応じた。包み隠さず。水場で襲撃されたことと、その場所。立ち回る中で見つけた戦いやすい場所は小高い開けた丘である事、敵の人数、能力、戦法。特に『爆破』の事は「おそらく魔法と思われる素早い爆発攻撃」と、上手くぼかして伝えた。そして何より、件の賊が帝国に牙剥く組織『モグログ』の末端構成員であることを。
聞くだけ聞くと、礼も言わずに討伐隊長は去っていった。
未だ俯くスジャータに、リボリアムは宥めるように語りかけた。
「いいか?スジャータ。隊長さんとしちゃあ、ああ言うしかないんだよ。俺達は戦えるけど、民間人なんだ。軍人としては、下手に手を出して怪我させるってワケにはいかないんだ……俺達の事を思って言ってくれてるんだよ。」
「……本当?あたしには、そうは見えなかったよ……。」
リボリアムとしてもそれは心の中で同意している。実際には自分たちのことなど欠片も思ってないどころか「邪魔だぁ……」ぐらい思ってるかもしれないが、民間人の命を守ることはそもそも軍の規範として盛り込まれているので、規範に則るならどのような言い草だろうと民間人の命を優先することに繋がる。
リボリアムの知識にある超文明の記録では、とある国の派遣兵士が、仲良くなったはずの現地人を罵倒し突き放すことで、現地人を犠牲にすること無く玉砕に臨んだという記録もある。その判断が正しいか否かは問題でなく、リボリアムも軍人としてかくありたいと思ったものだ。
であるからして今回の討伐隊長の態度に思うところなどは……まぁ正直あるっちゃあるが、そもそも治安維持は兵士の役目なのである。民間人に戦力を期待する方が間違っているし、よしんば民間人に手を借りて戦う方が効率的だとしても、彼らは進んでそれを選ぶことはないだろう。自分達の犠牲が増えるとしてもである。
「あたし……誓ったからさ。“アイツらを粛清する”っていう結社の指示にも従わないよ。でも……」
リボリアムも、スジャータの言いたいことはわかった。モグログではあっても、結社の闇を知らないということは、末端なのだろう。平穏に暮らす人々を放って置けないという想いを持っている。人の命を弄ぶような事を平気でできる程、染まったわけではないのだ。そんな彼女を前に、成り行きを見守っていたカイナがずいっと前に出る。
「それじゃあ、行きましょうかぁ。」
「え……?」
「『戦いに連れていかない』とは言われましたがぁ、『森に入っちゃダメ』とは言われていませんからねぇ?」
言いながら、周りの三人を見渡す。アニカはキョトンとしており、スジャータは困惑しており、リボリアムは……。
「はぁ。まったく。これだから冒険者は。」
苦笑いを浮かべながらそう言った。
その表情と言葉の意味を理解するのに、女子2人は少々の時間を有した。やがて困惑しながらも、意図を理解した二人は次第に笑みが浮かんでいた。
「で、でもさ、誓いは……」
「ま、そうだな。いろいろ小狡い理屈をこねちゃってもいいけど……。今回は、『君たち自身は戦うな』だ。戦いは兵士たちと、俺達に任せて。」
「……なんだい!あんな惨めなやりとりさせてっ!」
「世の中例外はある。正しいことをしようとするのにもな。よし、相談終わり!善は急げだ、行こう!」
リボリアムも、実は決して清廉潔白な人間ではない。そもそも人間ですらないがそれはともかく。
今は立派な兵士としての心構えを持っているが、兵士になろうと訓練を受けていた日々などはそりゃあもう小狡いサボり方をしていたものだった。リボリアムは久々にそんな日々を思い出していた。
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