第七話「戦う吟遊詩人、暴君へ捧げるララバイ」5
ふと、リボリアムは気づいた。暴れ回るティラノサウルスに逃げ惑う、”さるども”や村人の数が少ない。食べられたりしていたし、殺された死体もあるが、それでも少なく感じる。双方にとって執着のある存在だし、今も対応しているところからして逃げたとは考えにくい。なら、どこかに集まった?
「───あそこか!」
篝火の台がある洞窟。あそこが儀式の要となる場所に違いない。あそこからあの恐竜が出てきたのなら、それをなんとかする術もあそこにあるのかもしれない。
リボリアムが洞窟に入ろうと近づいた時、数人の変異村人が立ち塞がった。他の村人と比べて、少し装飾の多い服を着ている。村長に次ぐ権力者、あるいは実力者と言ったところか。そして立ち塞がるということは、やはりこの奥が重要らしい。
「”おめグみ”、覚悟!!」
「我ラ呪術師衆がそノ身を焼き焦がス!」
彼らはそう叫ぶと、各々手印を作り呪文を唱える。
「カァッッ」
気合と共に紫色の火炎弾が、リボリアムに向かって放たれた。鈍く金に艶めくボディの所々から火花が上がる。リボリアムがよろけて一歩後ずさると、呪術師衆は色めき立った。
だが、その緑に光る双眸はすぐに視線を戻し、逆に地面を一歩踏みしめた。
「”トライラム・スリング”!」
その鎧騎士が左腕を伸ばすと、腕に一体となっていた”盾”が左右に開き、腕から直角になるようVの字型に立った。騎士は無造作に地面の石を掴むと、V字の頂点を繋ぐ黒い紐にかけ、引き絞って弾いた!
「ぎゃあっ!」「グガッッ……!」
「ぐえぁっ!」「ぎええっ!?」
2度3度と礫を放てば、変異した村人はあっという間にダウンだ。下級のキメラ魔人よりも脆いだろう。通常のキメラ魔人と大きく違うところは、死んでも焼けて灰になったり、爆発したりしないところだ。やはりモグログとは別の存在なのだろう。
改めて洞窟を見る。周囲にカイナの姿が見えないのは気になったが、彼には『セット魔術』のカードも、歌魔法とやらを使うためのバンジョーも渡した。一応は大丈夫だろう。恐竜の方は───
「グギャォォォーーーー!!!」
「うわっ!?」
ふと振り向いたらすぐ後ろにいた。そのまま追われるように洞窟の中へ走ったリボリアムであるが、恐竜もそのまま洞窟に入ってきたのだった。
*
そもそもの話、古の超文明時代よりもさらに遥か古代に滅びた恐竜が、現存しているわけがない。
ということはあの後ろから追ってくるティラノサウルスは、超文明が滅びた後に発生した生物ということだ。いうなれば新時代の恐竜……分類としては魔獣だ。ティラノサウルスと同じような姿になったのは、”収斂進化”……同じような環境で進化した結果、全く別種の生物なのに共通した見た目になるというやつなのだろう。大きな意味で。
ちなみに現代においては数多の”本物の竜”がいるが、あのティラノサウルスはひょっとするといずれかの種の祖先にあたるのかもしれない。
魔法も操る超強力な暴君トカゲ。さしずめ”ギガティラノサウルス”とでも名付けようか。
───どがぁぁぁぁぁん!!!
「グギャォォォォーーーーー!!」
「くっ!」
その暴れっぷりは伝え聞くティラノサウルスと遜色ない。BRアーマーであれば相手できないこともないが、単純なパワーではさすがに太刀打ちできない。かといって、相棒であるベルカナードMk-Ⅱに頼るのは躊躇われた。ここでエネルギーを使うと帰りが大変になるのだ。いざとなれば切り札を使えば、倒せないことはないだろう。ただし切り札にも多大なエネルギーを使う。多少の『機魔術』ならいいが、安易にプラズマ兵装やパワー強化機能の”マノ・ターバイン”を使うのは控えた方がいいだろう。
ギガティラノサウルスが壁や天井を崩すのから逃げながら、リボリアムは最奥に来た。そこには案の定、”さるども”と村長をはじめとした変異村人たちが争い合っていた。2つの勢力は後ろから来るギガティラノサウルスを見て狼狽えた。
「お、お前ハ!!」
村長がリボリアムを見て目を開く。
「エエい!何度でモ来るがイい!!」
そう叫ぶと手印を組み、呪文を唱え、再び紫に輝く炎の帯を出す。炎は一直線にBRアーマーに絡みつくが……リボリアムは少したじろぐも、アーマー各所のランプが明滅すると一歩踏み出し、左腕のヴァリアブル・トライラムを前方に展開した!
「……”トライラム・キャリバー”!!」
「!?」
先程と打って変わって、いささかも堪えた様子の無い金鎧に、今度は村長がたじろいだ。
「とぁっ!!」
「───!」
リボリアムが白刃の左腕を振るう。だがその動きに少々キレが無く、村長は躱して距離を取った。そのせいで集中が切れたか、リボリアムを襲う炎は掻き消えた。
「ど、どうしテ……!?」
BRアーマーを貫通する謎の炎に対し、機魔術によって”痛覚鈍化”と”肉体再生”を起動し続ける事で、リボリアムはこの攻撃に対応したのだ。
狼狽える村長に、リボリアムは答えない。無言で剣を構える金鎧の騎士に、異形と化したそれは恐れをなした。
他者から奪う事でしか平穏を享受することができなかった者と、数多の他者の平穏を守り抜くべく立った者とでは、そもそもの”格”が違うのであった。
「……!」
「グォロロロロ!!!」
村長と対峙していると、またもや新時代の恐竜が割り込んできた。その大きな足で両者を踏みつけようと暴れている。
「埒が明かない……」
呟くリボリアムの頭に疑問がよぎる。何故、あの恐竜は暴れ回っているのか?自身を封印し続けてきた双方の部族への怒りか?だが洞窟の外にはまだ”さるども”や村人がいた。連中が少なかったのはてっきりこの神殿に集まったからと思ったが、ここにいるのは一部の有力者……”さるども”の長らしきものと、村の村長、それぞれの有力そうな若者らしき衆……。
有力者を狙ったのか、あるいは……この場所そのものに何か重要なものが残っていて、それを壊そうとしている?
もし後者ならば───
「”E.S.P.ビジョン”!」
兜を覆う半透明の黒いバイザー、その奥に備わる緑の双眸が光る!
BRアーマーの頭部、センサーヘルムは、常より高い索敵機能を備えている。だがその索敵でも把握しきれない情報を得たい時、特定の機能を一時的に拡張することで、それを可能とする。
”E.S.P.ビジョン”は、外部の様々な情報を視覚的に得る機能である。温度、空気の流れ、窒素や酸素などを含めたガスの濃度、そして魔力の濃淡。様々な周辺環境を視覚化し、リボリアムに届けられる。
一見すると洞窟内は、かの恐竜と同質と思われる魔力で満ちていた。その中の微かな変化、微かな違和感を探る。そして……見つけた。
「それか!」
中央にある石製の寝台(カイナが寝かせられた場所)、その両端の延長上にある壁内の高い箇所に、わずかに質の違う魔力を発見した。まずリボリアムは左腕の盾を”トライラム・アロー”に変形させ、片方の壁に向かい、短槍を番え構えた。
放たれた槍は岩壁を砕くが、リボリアムが思ったほどの手応えは無かった。
「ダメか、なら……ベルカナードMk-Ⅱ!!」
次は愛馬を呼び寄せる。要請を受けた鋼鉄の騎馬はすぐさま洞窟に突入した!
愛馬が来るわずかな間、変異した”さるども”、変異した村人、仮称ギガティラノサウルスらの攻撃を巧みに躱す。そして悪路も構わず突っ走ってきた愛馬に飛び乗った!
「!?……ナニスル、ソトモノ……!?」
「失セろ、”さるども”メ!」
「ムゥ!?ダマレ、ソトモノ!」
「グロロロロォォォ!!!」
3勢力が互いに争う中、リボリアムはベルカナードに跨り、壁面を登る。目標地点に到達するとベルカナードはいかなる機能か壁面に張り付き、リボリアムは周囲の凹凸に掴まり、ぶら下がったまま右腕を振りかぶった。
「出力65%……うおおおっ!!」
───ばごぉぉぉん!!!
BRアーマーの最も強力な右腕による、岩をも砕く打撃。高めた出力で振るわれた拳は、本当に岩壁を破砕させた!
「……よし、うまくいったぞ!」
センサーヘルムの中から見るリボリアムの視界には、溜まっていた何かの魔力が霧散し、壁内のギガティラノサウルスの魔力が少しずつ解放されていくのがはっきりと映っていた。
ちょっと短いですが、今回はこれで。
なお”E.S.P.ビジョン”の「E.S.P.」は超能力のことではないです。




