第七話「戦う吟遊詩人、暴君へ捧げるララバイ」2
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いた。確かにいた。満月の明かりが照らし出すそれは、リボリアムが予想していた2つのパターンの内の1つ。
くすんでるがカラフルなポンチョを着込み、鍔広帽をかぶり、後ろに弦楽器を背負った、14歳ほどの少年。祠らしき石柱の前に屈んで、やはり何かしているようだ。
「カイナ君!……その祠は、この村の大切なものだ。君は本当は何者だ?なぜこの場所にいる?」
「………………」
カイナはゆっくりと振り返り、ふっと笑い、バンジョーを抱えた。
「よ~く~ぞ聞いてくれましたぁ!!(ジャカジャン!)わたぁ、しわぁ♪旅の吟遊詩人。流し流れてぇ、山のなかぁ♪(ティロリロリロリロン……♪)
(語り)ある時、趣味でもある占いで、この変にどうも怪しいことが起こりそうなのでぇ……
一人調査に、来たのですぅ♪(ジャァ~ン……)」
………………
「怪しい奴だ。連行する。(チャキ)」
暫しの沈黙が流れ、リボリアムは「チャキ」と剣に手をかけた。
吟遊詩人と言うだけあって彼の歌声は良いが、それだけだった。
「バーーーーード!バーーードです!歌と演奏に一家言あるだけのしがない吟遊詩人ですからぁ!ほ、ほら!冒険者ギルドの冒険者証!ギルドにも所属してますってぇ!」
「ギルド証はあんまり身分を担保してくれるもんじゃないぞ。それに、一人でなんだってこんな山奥でいるんだ?どうやって来た?しがない吟遊詩人がたった一人で。」
「いやぁ~~、これで私も冒険者なのでぇ、こんな見た目でもぉ、戦闘術には一家言あるんですよぉ?」
「ほう?罠を潜り抜ける技術もか?」
「え?」
「ここへは村の人達も、罠を解除しながら来るしかないらしいぞ。俺も解除しながらここまで来た。……で?君はどうやってここまで来たんだ?」
「…………おおっとぉ……中々の駆け引き。リボリアムさんやりますねぇ。」
「はぐらかすな。言っておくが、良からぬことを考えるなよ?冒険者一人、殺さずひっ捕らえるくらい俺にはわけないことだ。」
剣を抜き、じりじりと歩み寄るリボリアム。
その時カイナが、ふっと後方上を見た。
「「「「「ケケーッッ!!」」」」
奇っ怪な声を上げ、樹上から黒い影が飛び掛かってきた!いくつものそれは…………リボリアムが咄嗟にカンテラで照らしたその姿は、想像される原始の類人猿のような出で立ちであった!リボリアムは直感する。予想していた存在のもう一つ、これがまさしく……”さるども”だと。
「!!! くっ!」
リボリアムは身を翻し、剣を振り抜く!しかし黒い影、推定さるどもは、思ったよりずっと素早い動きで後ろに跳ね、斬撃を躱した。
満月の明かりに照らされたその姿をよく見ると、”さるども”はかなり原始的な格好をしていた。浅黒い肌に赤や茶や白のボディペイントを塗り、頭から背をすっぽり毛皮で覆っている。「猿のような姿」と聞いていたが、どちらかというと「未開の部族」と言うほうが合っているか。顔だけはかなり野性味があって猿っぽい。
辺りを見回すと、数は10人ぐらい。さっきの身体能力で次々飛び掛かられても危ないが、厄介なのは連中、全員スリング(リボリアムの使うタイプではなく、革や紐などで作った輪の先に石を入れ、振り回して投げるもの)も持っていて、何人かはすでに振り回して投射体勢に入っている。
「お前らが”さるども”か。モグログでなかろうと、罪もない人々を脅かすなら容赦はしない!」
「い~いですねぇリボリアムさん!カッコイイですぅ!」
「茶化すな!危険だぞ、正直君まで守れる自信は無い!」
「そこは御心配なく。なんならお手伝いしますよぉ?これ、このように……」
ティロリロリロリロロリロリロリロリロ♪
「♪台所~で~料理に~使うぅ!マイマイとりかけ~~♪!!それは大変なしぐさだけども♪仕事が捗るわけじゃなァい~!!♪鼻に~~~~~~~~、バシャッとたまごをかけたらそこは、ごんぶとパーラーダーイース~~~~~~~~~~~~♪♪♪!!」
「───!?」
カイナがバンジョーをかき鳴らすと、推定”さるども”は聞きなれぬ音と歌にざっと身構える。
「ゲッ……!クケケーッッ……!?」
「ホニャ、ガガ……!ガァ!」
「ボゲッ!!?」
カイナの歌い出したこの歌。リボリアムは率直に思った。クソみてーな歌だと。歌詞の意味が解らない上に音痴であった。しかし先ほど歌ってた時は悪くなかったことからして、この歌は元々そういう代物のようだ。あまりの素っ頓狂な旋律に、スリングを持ったさるどもの1人があらぬ方向に投げてしまい、誤射をかましてしまう程だった。大した援護である。
「今です!」
「よぉし!!」
「ケゲゲーーッ!?!」
混乱している隙にリボリアムが斬りつける。危ないことはわかるのか、さるどもは毛皮を巻いた腕でガードした。しかし、リボリアムの修める帝国正統剣術ボリアミュート流は突破力・破壊力に特化した剣である。斬れはしなかったが、「ばきっ」と鈍い音がして、ガードした両腕はぼっきりと折れた。
「なんなんだ今の演奏!?」
「ふふぅん、吟遊詩人の『歌魔法』ですとも。」
「歌魔法!?初めて聞いた!」
「魔法の適性が無いと使えませんしぃ、マイナーではありますねぇ。でも扱える方はちょくちょく見ますよぉ?」
「そうなんだ……」
今のを見た感じ、敵に妨害・弱体化を促す効果があるようだ。味方に強化を施す事も出来るのだろう。いちいち歌わないといけないから使い勝手は悪そうだが。
これで数的不利も覆せるかと思ったリボリアムだったが、さるどもは何か話し合うと───
「ゲゲァ~~~~~~~~……!!」
「い?」
「な、何!?」
さるどもの半数ほどか。わなわなと力を込めたかと思うと、その体が本物の毛皮や鱗に変化し、獣人よりもおぞましい姿をとった。この変化は───
「キメラ魔人!?ど、どうして……!」
「魔人……!?」
状況がよくわかっていないらしいカイナをよそに、リボリアムは動揺した。出で立ちからしてモグログとは関係なさそうだと思うが、今目の前にいるのは明らかにキメラ魔人である。
「………………カイナ君、こっから離脱できそうか?」
「うん?ん~~、あんまりやりたくないですねぇ。というかぁ───!!」
「ゲゲェ~~~~~!!!」
「うおおっ!?」
「あちらさんは待ってくれる気がなさそうですよぉぉ~!!」
カイナの言う通り、こちらの事情を気にせずキメラ魔人となったさるどもが襲い来る。カイナはバンジョーを背に回し、代わりに棍棒のようなものを取り出して応戦している。
リボリアムは覚悟を決めた。
「───『煌結』!!」
月夜になお眩しく光が瞬き、リボリアムの姿は瞬時に金色の鎧へと変化した!
「ほぇっ!?」
「ガアァ……!?」
相手がキメラ魔人……そのものでないとしても、それに比する脅威であるならリボリアムは迷わず着込む。いずれ来る人類最大の脅威、魔族への対抗兵器。『BRアーマー』を!
「トライラム・スリング!」
狼狽える周囲をよそに、リボリアムはBRアーマーの左腕についている主武装、ヴァリアブル・トライラムを展開、スリング形態に変形させる。
幸いこの場には手ごろな石がごろごろとあった。なお、今回も普段使っている剣はそのままである。剣を左手に持ちかえ、礫は右手に、スリングを引いた!
「くらえっ」
ばしばしばしっ!
「ケギェァァ!!」
「グェェッ」
「お、おお~~……!」
放った礫弾が何人かのさるどもを転倒させる。倒れた拍子に周囲の罠に引っ掛かることもあり、追加で悲鳴が聞こえたりもした。
「それなら私もぉ、ちょっと頑張っちゃいましょうかねぇ。」
後ろを見るとカイナは、何かカードのようなものを取り出した。
「おでませっ、『スケルトン』!」
「え……?」
そのカードをかざすと、カイナの口にした通り、剣と盾を持つ骸骨が現れた!
「な、なんだそれ!?」
「説明は後ですぅ~!」
リボリアムは剣を手にキメラ魔人を相手にしながらも、カイナの召喚?したスケルトンに釘付けになった。スケルトンは見た目通り力は無さそうだが、損傷は気にせず剣を振るい続ける。意外と太刀筋はちゃんとしている。そのしつこさには相手も戸惑いがあるようだ。
「さらにぃ、『ファイアボルト』!」
「っ!?」
「ギャギャァ~~~~!!!」
「グァ~~~ググ、ウァホ!ウァホ!!」
「ヴァオ、ヴァオ!!」
突然放たれた吟遊詩人らしからぬ魔法にさるどもが貫かれ、炎上した!自分たちの不利を悟ったのか、合図のような声を上げながら、さるどもは闇夜に消えていった。
「………………去ったか。」
「…………スケルトン、ご苦労様ぁ。」
カイナはスケルトンを、元のカードに戻す。リボリアムも着装を解き、カイナに疑問の目を向けた。カイナは微笑み、カードをひらひらさせて言った。
「珍しいでしょう?『セット魔術』というものですぅ。つい最近帝都で発明された、ピッチピチ最新の魔法なんですよぉ!あらかじめ魔法が構築してあってぇ、このカードについてる魔石の魔力で起動するんですぅ!一般的な魔法のほか、さっきのスケルトンみたく召喚っぽい魔法もつかえるんですぅ~~~~~!!帝都が誇る学術塔の天才、ナイア=ニールの完成させた、名作中の名作だと私は確信していますっ!」
「…………」
突然早口になったカイナに若干呆れつつ、リボリアムは「道理で……」と思った。よくよく見れば見覚えのあるカードだ。そう、カイナの語る天才ナイアは、今はボリアミュートで暮らしている。彼女は会った時から木札を使った魔術を得意としていた。あの時見た木札より洗練されたような外見だが、カイナの持つカードはそれにそっくりだったのだ。
「あなたの鎧こそすごいですねぇ~!なんの魔法ですかぁ?め~っちゃカッコいいですし、やけに高度な……」
「すっすまない、ちょっと、あんまり聞かないでくれるとありがたいんだが。」
「う~んそうですかぁ。まぁ見るからにスゴい代物なのは間違いありませんからねぇ。」
それよりも、とリボリアムは切り出した。
「あの黒い奴らは、この村で”さるども”と呼ばれてる。一筋縄じゃ行かない事件みたいだ。君にも来てもらうぞカイナ君。」
「わかりましたぁ。けど……後ででいいのでぇ、2人でゆっくりお話しできるお時間を頂ければとぉ。」
意外にもカイナは、すんなり動向を了承した。リボリアムとしても話ぐらいならと、カイナの提案を了承した。
*
「さ、”さるども”だ……!”さるども”がついに目覚めた……!」
───ざわっ!!
村長の家に報告に行くと、やはりあれは村に伝え聞く”さるども”だと確定した。
「その、さるどもというのは何なのです?俺が見た限り人間っぽかったですが、キメラ魔人……怪物に変身していました。詳しく聞かせてください」
「よろしいでしょう……。あの”さるども”は山の奥深くから来る、破滅をもたらす悪魔どもなのです。」
「悪魔……。」
そのワードに、リボリアムはピクリと眉を動かした。ただの言い回しに過ぎないとは思うが、モグログと関係なさそうなあの”さるども”が何故かキメラ魔人になったことから、モグログとは別方向で魔族復活を目論んでいる可能性もあった。
村長は続ける。
「村人に害を与えたり……不作をもたらし続けます。あれらから村人を守ってくれているのが守り神……正しくは『荒ぶる神』なのですが……。さるどもはだんだんと力をつけ、その守りを破ってきます。それに対するため、我々は奴らが力をつけてきたら、祭事を行い、一時的に守りの力を高めるのです。」
「荒ぶる神……祭事……ですかぁ。」
「ワシは村長ですが、その祭事を取り仕切る役を代々受け継いでいるのです。」
カイナの閉じられた細眼からは、その心情はうかがえない。
「その、祭事と言うのは?」
問われた村長は、にやりと笑った。
「村人総出で夜通し歌い、踊り……騒ぐのです。」
その言葉にリボリアムが呆気にとられる中、村長は「そう今……今、すぐに始めます!」と宣言した。




