第一話「わんぱく小僧と新英雄(ニューヒーロー)!」4
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ボリアミュートの防壁を守る警備兵達は、妙なものが近づいて来るのに気づいた。
「なんだありゃ……?人じゃねぇぞ……」
最初に気づいたのは物見にいる兵だ。
人らしきものが半分、明らかに魔獣とわかるシルエットの物が半分の一団が見えた。そのすべてが、街道を足並みそろえて迫ってくるのだ。異様すぎる光景だった。
ボリアミュート付近は開けているので、かなり遠くからそれは見えたのだが、明らかに異常なものが街道から来るという事が、何を意味するのか……物見の兵はその関連性について思い至らなかった。ボリアミュートは辺境の端に位置し、そこより以降は人の痕跡が確認されない事もあったろう。最初は曲芸団や芝居の一座でも来たのだろうかと思ったのだ。
一団は、物見から数がはっきりわかる頃には、門前の兵士たちにも認知された。
カンカンッカンッ! カンカンッカン! カンカンッカン!
物見から警告の鐘が鳴らされたのはその時だった。
一団は多く、300は下らなかった。
その半数以上は魔獣のようだった。小型~中型の魔獣、一つだけ、大型の魔獣が確認された。人に見えるのは、ごくわずかだ。
物見の鐘が鳴ってしばらく、領主邸に伝令が舞い込んできた。
伝令は執務室に通され、領主サルトラとアンザイ、そして執事に状況が伝えられる。
領主サルトラは素早く対応を決めた。
「アンザイ、南門に兵を集め、迎え撃て。全体の指揮は私がここから執る。」
「兵は集める。しかしワシはお前の警護だ、すぐ戻る。」
言うが早いか、アンザイは足早に部屋を出た。領主は伝令の兵に向き直る。
「伝令ご苦労。お前はこのまま、東から各詰め所に行き、市民の避難をさせろ。西へは別の兵から伝令を出す。」
「ハッ!東から各詰め所を回り、市民の避難誘導するよう、伝えます!」
「よし、行け!」
伝令の兵は素早く敬礼し、早足で出て行った。
次に執事に西方面への伝令を命じた。先代領主から仕えるサルトラの忠実な右腕であるこの執事は、かつての部下にそのまま指示を飛ばしに行った。
領主は苦々しげに、机上の書類を見た。それは、ある老人から提出された悪魔復活の可能性についての報告書であった。
「……く、こちらの軍備が整っていないというのに……!」
執務室のドアがガチャリと開き、妙齢の女性と、線の細い青年が入ってきた。
「父上…」
「あなた……」
「ああ、二人とも……。トマックはいないのか?」
領主夫人ケイリアと、嫡男のマサキ。───トマックの兄である。
領主の言葉に、どちらも首を振るばかり。貴族の子にしてはいささか腕白に過ぎたが、まさかこんな危機が訪れるとも思っていなかったために、焦りはつのる。───しかしだ。
「……いないものは仕方ない。あいつはあいつで逞しい。ケイリア、隠れていろ。マサキを頼んだぞ。」
「はい、あなた。」
「マサキ、万が一の時は……街を捨ててでも、母さんと逃げるんだ。見極めはお前が自分でしなさい。」
「……わかりました、父上。」
そう応えた長男の瞳は、力強くはなかったが、確かな意志を感じた。次男も逞しいが、長男も確かな強さがあった。
それを改めて感じた領主は満足げに頷き、二人を部屋の外に送り出した。この執務室が、領主の戦場である。
わずかな間、眉根にしわを寄せ一点を見つめていたが、何かを決意したように視線を、机の引き出しに移した。
そして引き出しを開けると奥に手を入れ、一つの箱を机に出した。
箱を開けるとそこには、およそ執務室に似つかわしくないデザインの、黒く四角い小物のようなものだった。領主は、それを口元に当てた。
「マザー……聞こえるかい?」
*
『マザー……聞こえるかい?』
「!!?」
ピピピピ、と聞き慣れない音が響いたかと思うと、父の声が聞こえた。
「父上……!?」
『トマック?……そこにいたのか、そうか……だが。
まずはマザー、あなたの知恵を、またお借りしたい。』
「サルトラ、お久しぶりです。どうなさいましたか?」
トマックは、父とマザーとのやりとりを静かに聞いていた。
『悪魔だ、悪魔の軍勢がきた。マザー、こんなことを頼んでいいのか、わからないが……どうか力を貸してほしい。』
「……わかりました。ですが、少し時間がかかります。
対魔族用の手段は、最終調整に入りました。もうしばらく、持ちこたえてください。」
『!……そうか!出来たんだな、ついに……わかった、こちらもなんとか持ちこたえる。
トマック、お前はそこで…… っ!?……むぉっ!?何者だ!』
ブツ…… …………
「……父上!?父上!!」
通信越しの声は、領主サルトラの動揺した声を最後に聞こえなくなってしまった。
「領主邸で何かが起きたようです。敵の襲撃でしょう。」
「大変だよ、早く行かないと!」
慌てるトマックだったが、帰ってきたのは無情で冷徹なマザーの言葉だった。
「今、サルトラはあなたに『ここで待つように』と言いかけました。敵が私たちの目標である魔族に連なるものであるなら、あなたが行ってもどうにもなりません。」
正論であった。もし父であるサルトラが死に、母や兄までも殺されてしまえば、残る血筋はトマックだけだ。そして今のトマックには、悪魔どころか大人と戦う力もない。行ったところで家族の後を追うか、人質になるだけだ。
だが……
トマックは迷わなかった。
「俺は行く、ジンナも途中まで来てくれ!」
「ええ!?」
「トマック、待つのです。あと2日で004の調整が終わります。そうすれば……」
トマックの決断にジンナは驚き、マザーも再度止めてくる。しかしトマックは『大人の言うことを聞かないわんぱく坊主』であった。
「時間がいるなら、俺が稼ぐ!リボリアムが来るまで、ちょっとでもマシにしてやる!」
「あっトマック、待ってよぅ!」
二人はマザーの返事も聞かず、飛び出してしまった。
「004……私達は今、大きな決断をするときのようです。人間を救うに値するものか、見定めるときが。……あなたは、どうしますか。004……」
扉の奥では、薄暗い中そびえる大きな箱と、その中で静かに目を閉じているリボリアムの姿があった。
*
「───トマック、お前はそこで」
「カカキィー……!見つけましたぞ、ヴァルマ領主殿…」
「むぉっ!?何者だ!」
領主邸執務室に、不気味な鳴き声が響く。
執務室はそう広くない。ここには領主サルトラしかおらず、人が隠れられそうな場所と言えば今まさに領主が着いている机の下か、コート類が入っているクローゼットくらいのものだった。
反射的にクローゼットに目が行ったが、鳴き声の主は壁際からのっそりと、姿を現した。つい今まで何も無かった筈なのに、壁から染み出るようにそれは現れた。
領主は驚愕のあまり、警戒の構えも忘れて目を見開き口を半開きにしていた。
「ヴァルマ領主、サルトラ=ヴァルマ辺境伯殿と見受けたり。」
「その姿は……一体何者だ!?」
異様な現れ方と容姿にも引かず、サルトラは威勢を保って問うた。
「お答えしよう。光の結社モグログが一人……上級キメラ魔人、忍び寄る者サズーラ!」
「キメラ魔人……モグログ……!貴様等の目的はなんだ!?」
「それをアナタが知る必要は……ないぃ!!」
腕にギラリと光る得物を見せ、忍び寄るものサズーラが飛びかかる!
───ガシャァァン!
「サルトラ!!!」
サズーラの凶刃が領主サルトラに迫るその時。ボリアミュート守備隊武術師範アンザイが窓を突き破り、これを迎撃する!
「サルトラ、こっちへ!」
アンザイはサズーラの初撃を剣で弾き、サルトラを誘導する。サルトラは阿吽の呼吸で掛けてあった剣を抜き、身を翻した。
サルトラが体勢を立て直す間に、アンザイとサズーラは激しくも重い、10合以上の応酬をしていた。
剣を振るって立ち回るには少々狭い部屋だが、アンザイは器用に動き、サズーラを相手取って領主に近づけさせない。しかしその顔には一筋の汗が流れたのに対し、互角の打ち合いをしていたサズーラには余裕の笑みが浮かんでいた。
「さすがは開拓領の御当主、いい部下をお持ちだ。我らとても雑兵では相手になりますまい。しかしここは、御身を抑えさせていただく!」
サズーラは足を止め、手に持つ獲物を腰に収めると、その場で腕を広げる奇妙な構えを取った。その腕がしなり、伸ばされ、鞭のように襲いかかる!
「これぞ我が芸の一つ、腕鞭乱れ打ち!」
「う、うおお!?ぐああああっっ!!!」
恐るべきはモグログのキメラ魔人なるサズーラ。振るった腕が鞭の如く動くのも驚愕だが、重さはさながら巨大なメイス、剣と打ち合っても傷つかない頑丈さは鋼鉄に匹敵し、絶え間なく襲い来る手数は複数人に打ち込まれているようであった。
領主を庇うアンザイも最初の数合はなんとかしのいだが、すぐに剣を弾かれ、防御する間もなく何度も打ち据えられた。
「アンザイーッ!ぐぅぅッッがはッ!!」
腕鞭乱れ打ち。雨霰のようなその猛威にて、守備隊指南役アンザイ、領主サルトラは地に伏した。
それを確認し、忍び寄る者サズーラは満足げに笑うのだった。
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