第六話「商売敵にはさまれて!」6
リボリアムが、ナイア謹製の魔方陣を外壁に張り出し始めたのとほぼ同時刻。
裏町の屋敷に潜むモグログのキメラ魔人達は、ついに行動を開始した。
魔人としての姿は無く、今はみな、一介の奴隷の姿である。6人全員が一つの部屋に集まり、床に描かれた大きな魔方陣の周りに座り、呪文を唱えている。
『おんぐどぅーらぁ、まはーむどらぁ……ある・おんぐどぅーらぁ、まはーむどらぁ……』
「モグログの偉大なる神よ、今こそ御力を!その溢れる魔力で、領都を満たしたまええー!」
*
──ボリアミュートの街角。
ぱきっ、と、一人の女性の胸元から音がした。首飾りを見ると、ちりばめられた小さな宝石の一個が割れ、中から白い液体が染み出しているようだった。
「え……?」
女性は呆けた顔でそれを見た。壊れた?でも宝石よね?という顔だ。目の前の事実を脳が受け付けない。しかもなんだか、染み出した液体は膨らみ、乾いてきたように見える。動いている?
最初の1個を皮切りに、ぱき、ぱきぱき、と次から次に宝石が割れていった。宝石と同じ色の液体が蠢き、やがて乾いて、パン種のように膨らんでいく。
「は……ぁぁ……」
そうして見ていると、体からどんどん力が抜け、何も考えられなくなり、その場にへたり込んでしまった。
今や女性の着けている、あの安くて綺麗なアクセサリーがすべて、同じような動きを見せていた。
宝石から生まれた『何か』は寄り集まり、ヒルや芋虫のような形になっていく。
その頃になると、その女性のみならず街中のいたるところで、同じ光景が巻き起こっていた。
そして、それに戸惑ったり叫び声を上げたりするものは、ごくわずかしかいなかった。アクセサリーを着けていない人である。
アクセサリーを着けている人々は、先の女性と同じように異変が起こると無気力にへたり込み、まだ無事な人は気づく様子もなくニコニコとスルーしていた。
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「ま、街が……!」
外壁の上を走りながら、リボリアムは街の異様を見た。
ボリアミュートの外壁は、壁というより建物の造りをしており、内部は兵士が常駐できる居住性がある。兵士が行き交うことのできる奥行きがあるおかげで屋上を歩哨でき、平屋の家より高さがあるので壁の内外を見渡せるのだ。
その壁の上から見たのは、正に恐れていた事態であった。
「間に合わなかった……!?」
「BBB,QB」
「そ、そうだな、急ごう!」
相棒に諭され、作業に戻る。確かに間に合わなかったが、まだお終いと決まったわけではないのだ。
人々がへたり込む傍らには、でかいヒルのようなものが蠢いている。人の方は放心したようになっているが、あの魔獣?のようなものは、人を襲う気配がないようだ。
「あれは一体なんだ?ナイアさんは卵だって言ってたけど……人1人がつけるアクセサリーから、あの手の平ぐらいの魔獣が出来るとして……何がしたいんだ?」
外壁を走りながら、リボリアムは考える。やがてちらほらと兵士が出てきて、へたり込む人の周囲にいる不気味な魔獣?を攻撃し始めた。
「ああ、やっぱりすべての人があれを着けてるわけじゃない。特に兵士なら、仕事中は着けないもんな。」
全員ではないにしろ、兵士は戸惑いつつも地を這うヒルのようなものを、剣で刺したりしている。中には外壁のリボリアムに気づき、手を振って応援する者もいた。
そして外壁の16カ所すべてに魔方陣を設置したとき、変化は起こった。
ついさっきまで、隣の人間がへたり込んで謎の魔獣が生まれてもニコニコとスルーしていた「まだ無事だった人」が、はっと正気に戻り、辺りを見て戸惑い始めた。中には原因が自分も着けているアクセサリーだと気づき、悲鳴を上げながら外している者もいる。
「……よし、これで一安心だ。」
一息ついたが、まだ終わりではない。生まれた魔獣は多く、あれらが何をするのかまだわからない。それに「感情の乗った魔力」を吸われた人は未だに無気力のままだ。
リボリアムは次の役目を考え、街の中に下りた。手近なヒル魔獣を剣で突き刺すと、すぐに動かなくなった。それを確認すると、1つ頷きベルカナードMk-Ⅱに向き直る。
「ベルカナード、二手に分かれよう。この生まれた魔獣を、一つ一つ潰していくんだ。」
「BBB」
「わかってる。地道だけど、これしか方法が思いつかない。俺は周りの人にも呼び掛けて、処理を手伝ってもらうよ。」
「bbb……PP」
「よし、行動開始!」
そうしてリボリアムは、気の遠くなる作業を開始した。
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───栄え通り。
アクセサリーを売っていた3人の商人は、腰を抜かして戸惑っていた。
「どっどっどうすんだぁぁこりゃあ~~~!」
「お、俺達が売ったアクセサリーから、バケモンが生まれちまったぁ!」
「もう終わりだぁ!この街じゃやっていけねえよォ!」
彼らは自分達の売っていたものがとんだ危険物だと、今更ながらに気づいた。だがなまじ正気だったために、他に気にするべき所を見落としていた。なぜ一番触れているはずの自分達だけが無事なのかを。
「ご苦労でしたね、商人さん達。」
戸惑う彼らに声をかける者が現れた。見た感じは普通の青年だ。───行商人風の。
この青年こそは裏町に潜むモグログの一人であった。
「あ、お前は……!」
「やい!どういうつもりだ!こんなモン俺達に売りつけやがって!!」
「お、おい……やべえぞ、逃げた方が……」
商人の1人が違和感に気づき、2人に呼び掛けたがもう遅かった。青年は見る見るうちに肉体が変化し、黄色い蛾のような頭の異形、キメラ魔人イエローギモスになった。
商人たちは叫び声を上げた。
「どうせもうお前達は、この街で物を売ることはできない。我らがモグログの手先となり、他の街で商売をするのだ。
そう……このアクセサリーをな。」
「い、いやだぁ!お、俺たちは儲けが欲しいだけだ!」
「悪魔の手先になんかなれっか!こっちはなぁ、爺さんの代から店繋いでんだ!!」
「俺は1代で店ぇ開いたんだ!今更捨てられねえ、カカァもせがれ夫婦もいるんだぞ!!」
3人は言っている内容こそバラバラだが、つまるところイエローギモスの要求を突っぱねた。
イエローギモスは一瞬訳が分からなかった。彼からすれば「商人どもが断る」などという選択肢はありあないし、通させるつもりもない。それが前提だったが、3人の言っていることがバラバラな上、清々しいまでに身勝手なので、彼の価値観との齟齬もあって理解するのに時間がかかったのだ。
よもや命を握っている相手に対してそこまで我儘になれるとは。ある意味見事な商人根性である。
「そっちの事情などどうでもいい。従わねば殺す。商人の世界で言うなら……お前たちは既に、命を担保としたのだ。我らモグログを相手にした時点でな。」
「そ、そんなの詐欺だぁぁぁぁ!」
明らかにその詐欺の片棒を担いでいた商人たちだが、そんな態度は微塵も無く被害者の叫びを上げた。
そして、その叫びを聞き駆け付けた者がいた。
「ぜぇぇぇぇぇぃあッッ!!!」
「ぬぅっ!?」
キメラ魔人に飛び掛かり、気合と共に剣を振り下ろした者。リボリアムである。
「ぬぅぅまた貴様か!そんなクズどもを救う価値があるのか!」
「知るか!俺はたまたま叫びを聞いて来ただけだ。騎士にもなったし、領民を守る義務がある!」
「騎~士~だ~と~~~~~~!?」
イエローギモスは、リボリアムが騎士だと聞いた途端、あからさまに不機嫌になり、その腕を振るってきた。
「貴族は敵だ!!貴族なんてものは、このモグログのイエローギモスが!すべて処理してくれる!」
「騎士は準貴族っていうけど、実際は貴族の部下って感じだぞ。」
「なら犬だ!貴族の犬めぇ!!」
「犬を、蔑みに!使うな!!」
リボリアムとイエローギモスは勢いに任せた問答をしながら、剣と腕を打ち合う。生身のままキメラ魔人と戦い続けるのは危険だが、装着に踏み切らない理由が2つあった。1つはここで圧倒してしまって、また逃げられると困るからだ。少なくとも後ろの商人たちの安全を確保したかった。以前見た青いキメラ魔人の姿も見えないし、注意が必要だ。
2つめは、どういう原理か以前はBRアーマーの下に直接攻撃を食らった。このカラクリが分らない限り、迂闊に装着することはためらわれた。
「リボリアムー!!」
「!?」
戦っていると、横からトマックの声がした。まだ街は危ない上、目の前にキメラ魔人がいるというのに。
と思ってリボリアムがそちらを見ると、なんとあの助けた商人マードックも来ているではないか。
「坊ちゃん危ないぞ!」
「見りゃわかるよ!でも!」
「お前達!無事かー!」
「「「マードック!?」」」
「マードックさんが行くって聞かなくってさ。」
リボリアムはげんなりした顔をした。駆け付けるのは結構だが、正直護衛対象が増えるのは迷惑であった。
再度剣を振りながらそれを主張する。
「せめて、兵士を!連れてきてくれれば!」
「連れてきてるぜ、とびっきりのが!」
「え?」
トマックの答えに振り返っても、それらしい者はいない。戦いながら聞き耳を立てていたイエローギモスも、思わず周囲を見渡すが異常はない。
リボリアムは思う。ハッタリでないなら、周囲を見渡して見当たらないということはつまり───上だ。
「ぜぇぇあッッ!!!」
「ホスゥゥゥン……!!」
建物の上から斬りかかったのは、ボリアミュート守備隊剣術師範、アンザイであった。近衛銃士バローナ程ではないにしろ、腕も威力も達人である彼なら、なるほど確かに「とびきり」である。さらに。
「今だ、行げ行げ!!」
アンザイの掛け声で、周囲から数人の兵士が飛び出し、マードックや商人の周りに集まり出した。あらかじめ兵を潜ませておき、キメラ魔人が怯んだ隙に、住民を保護する算段だったのだ。
アンザイはアクセサリーなどには微塵も興味がない武人である。そんな武人は守備隊にも多い。つまり、現状アクセサリーの影響を全く受けていない兵士は意外といたのだ。
「おお……師範!」
「リボリー!守備隊は今、マサキが指揮を執っとる!あのヘンテコなのもどんどん斬っとるぞ!」
リボリアムの記憶では、マサキはマザーの工房で待機していた筈だ。それが再び戻り、領主代行として屋敷で指示を出しているのだという。ちなみに領主夫妻や執事は、案の定アクセサリーにやられていた。
「住民はワシらにまがせろ!!」
「……はい!!」
リボリアムはアンザイと、増援の兵士達とアイコンタクトを取ると、剣を収めて再びイエローギモスと対峙した。
「く……これでもくらえー!」
「うっ……!?」
イエローギモスはバサバサと腕を動かすと、突風が巻き起こる。
リボリアムは身構えたが、風と共にキラキラ光る粉のようなものが見え、思わず顔をかばう。
このままではまずいと考え、ついに装着に踏み切った。
「……『煌結』!!」
リボリアムの周囲を黄色い光が瞬き、瞬時にBRアーマーが纏われた!




