第六話「商売敵にはさまれて!」2
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「うーむむむ……」
路地裏で、小男が唸っていた。片手で手紙を広げ、もう片手で頭を押さえている。
その男、『光の結社モグログ』が1人”潜むもの”スポーノス。……これは裏の顔であり、表向きはこの領都ボリアミュートで『運び屋のスーポ』として潜入調査を行っている、工作員である。
彼は以前、この街でその恐るべき正体、『キメラ魔人』の姿を晒して大暴れしたが、運よく表の顔スーポとの繋がりを隠し通せたことで、その後も結社の為の調査報告を続けている。
その彼が、実に困った顔をして唸っていた。
「宣伝……ったってなぁ……誰にどう宣伝をすれば……?」
彼の広げる手紙は暗号文であるが、要約するとこう書かれていた。
『日々の潜入ご苦労。
知っているとは思うが、先日アジトに、追加メンバーとして新たな闘神官が加わった。彼の新たな作戦で、”新型の人造魔物”の実験をする事となった。
すでに計略の一環として街では青い布が流行っているはずだから、それに不満を持っている店を狙って、同封の小物をうまい具合に宣伝して、売り出させてくれ。
その後……』
と、スポーノスは全部読む前に天を仰いだ。
非常に困ったことである。もくもくと働く運送業は性に合っているからいいものの、卸売りだの売り込み営業だのなんてやったことがないのだ。そういう商人的な社交性には自信がなかった。
そして出した結論は……
「あ~だめだ……出来る気がしない……。今日は一旦帰るか……」
先送りだった。
手紙は家でゆっくり読んで、明日改めて作戦の為に動こう。そう判断したのだった。
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───その夜。
『栄え通り』のある酒場で、3人の男達がくだを巻いていた。3人とも初老で、歳は近いらしい。
「さいきんの連中はよぅ……ぽんぽん目移りしてなあ。」
「こないだまではインクがよく売れてたってのに……」
「ウチもめっきりよ。」
どうやら彼らは商人のようだ。酒も回り、相手の言葉を聞いているかも怪しく、自分の言いたいことを言っているだけになっている。
この3人こそ、マードックの言っていた『今は流行物を売っている商人』である。
「さいきんといえば、あれだ……。パンセッタ商会。」
「あれさえ来なきゃ、まだ俺たち儲けられたってのになぁ。」
「たかが布と思って出遅れたなぁ……」
「帝都でやってるからって、なぁにが大商会だってんだぁな!俺たちゃあよ、ここでン十年もやってんだってな!」
「あれさえ来なきゃなぁ……」
話は街で話題の青い生地、およびそれを卸す商会についてになった。
件の商会が売れているからといって、そうでなくなれば彼らが儲かるかと言うと微妙そうだが、そんなことは彼らにはどうでもいい。つまるところ、新入りが幅を利かせているのが気に食わないだけなのだ。
酒が入ってどうしようもなくなっているそんな男たちに、1人の小男が近づき、声をかけた。
「そこのお方々、ちょいとよろしいかな?」
「んあ?」
小男であることはわかるが、マントとフードですっぽり体を隠したその人物は正体不明だ。
あるいは平時なら、声で馴染みの運び屋だということが分かったかもしれないが、酒の回ったぼんやりした頭ではわからなかった。
「これを売れば、大儲け間違いなしですよ……」
そう言ってフードの小男は、髪留めやペンダントなどのアクセサリーをテーブルにいくつか置いた。
男たちは酔った頭で、引き寄せられるようにそれらを手に取った。
「……きれいだが、こんな高価そうなもん、俺らの店で扱う品じゃあ……」
「いえいえ、た~くさんあるんでね、他で売ってる代物よりもずっと安売りするんです。これにはちょっとしたおまじないがかかってましてね、着ければ気持ちが、明るくなるんですよ……。」
フードの小男は他の客に聞こえぬよう、小声で話を続ける。
彼らはすでに、魅力的な商品を前に上機嫌だ。
「ホントだ、なんだか愉快になってきた……やる気も、出てきたぞぉ!」
「ええ、ええ、そうでしょうとも。できれば格安で、大量に、売りさばいてほしいのです。品物は、いくらでも……」
「ほえー!気前がいいねぇ!」
「いっちょやるかぁ!」
既に乗り気になっている商人たちを尻目に、そのアクセサリーが大量に入った袋をその場に置いて、フードの小男はいそいそと酒場を出ていった。
誰も見向きもしない裏路地に入り、そのフードを取ると、現れたのはスポーノスであった。
「はぁぁ……なんとかやったぞ……。急ぎなら急ぎだと、初めに書いてほしいものだ全く。」
手紙を受け取ったスポーノスが自宅で改めて読んだところ、最後の最後に『なおこの指令はなるはやで頼む(暗号訳)』と書かれていたのだ。これに慌てた彼は工作員らしからぬ……子供が思いつくような雑な変装で、商人に品物を押し付けたのだ。
ともあれ、指示は達成した。あとは引き続き、目立たぬ一介の運び屋であればよい。
そうして”潜むもの”スポーノスは、夜の闇に消えていった。
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───数日後。
「なーんか最近、みんなヘンなんだよなー。」
「変?……いきなり、何だね?トマック坊」
トマックは時折訪れる和み場、考古学者のモルダン爺さんの家で菓子をつまみながら、ふいっと呟いた。
「妙に明るいっていうかさ。うちの父上も、ずっと機嫌いいみたいなんだよな。やる気もみなぎってるみたいでさ。」
「やる気があるのはエエことだと思うが……」
「まぁそうなんだけど。……それにさ……」
トマックはさらに、妙に明るい人がもう1人いた事を思い出す。
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朝の修練が終わり、顔の汗を拭くトマック。
隣で汗を拭き終えたドミナが、自分の荷物から髪飾りを取り出して、自分の髪に挿した。
「……ドミナさん、その髪飾り……」
「ああ、これですか?安……手ごろで中々綺麗だったので、買ってみたんです。似合いますか?」
「え?は、はい、もちろん!」
トマックから見ても、ドミナは美しい。大人から見れば美少女だが、トマックからすれば『綺麗なお姉さん』だ。そんな人物から笑いかけられれば、わんぱく坊主のトマックとしても照れ照れしてしまう。
「なんか、珍しいね。ドミナさんが髪飾りなんて。」
「まぁ!私だって女なのです。こういうものの1つも着けますよ。」
と、ドミナは朗らかに笑い、去っていった。
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「てな感じで、やけにニコニコしてたなって。」
「そりゃアンタ女の子なんだから、お洒落の1つもするでしょ。」
と言って会話に入ってきたのは、このモルダン宅で暮らす彼の義理の孫、ナイア。元は帝都の国営研究施設『学術塔』に在籍していた、天才魔導士である。ただし、性格に難があり追い出され、今は故郷であるここボリアミュートにて、祖父の手伝いで研究をしている。もう結構いい歳なのだが、性格のせいか浮いた話は未だ無い。
だが天才というのは伊達ではなく、研究の傍らで領の防衛事業にも協力し、ボリアミュートを魔獣から守る『対魔結界』を構築している。
「でも、近衛銃士だよ?今までだって、修練場で髪飾り着けてた事なんてなかったし。」
「……ふーん……。まぁ言われてみれば……。あたしも帝都住まいだったし、ドミナ様を見たのは1度2度じゃないけど……。確かに飾りっ気はそんな無かったかしらね。」
正確には、近衛銃士が公的に出てくる時の衣装は豪奢だ。白を基調として、赤のジャケット、金の縁取りが近衛銃士のスタンダードな服装だが、着飾る時は金の装飾が増えたり、専用の豪華なジャケットを着たりする。
それと比べ、ナイアはドミナの『オフの姿』も見た事があるが、ドレスなどはあまり着ず、活発な女性剣士の軽装といった出で立ちだった。ボリアミュートでも見かけたことがあるが大体同じだった。
「確かに言われてみれば変かも……。アクセが欲しいなら帝都でいくらでも買えるお立場だし……ん?」
お茶を飲みながら違和感に気づくナイアは、ふとトマックがじっと見ていることに気づいた。
「……何よ。」
「いや……」
「いいから言ってみんさい。怒んないから。」
「い、嫌だ!それを言う奴はみんな怒るんだ!!」
「怒られるようなこと考えてんじゃないのよ!!」
「そんなことっ!ナイアのねーちゃんのアクセとか見た事ないなとか、いっつも同じ格好だなってだけだよ!!」
「ぐッッ……!!」
何か来るものがあったらしく、ナイアが慎ましやかな胸を押さえてうずくまる。
「しょうがないじゃない……!!あたしお洒落とか男とか興味ないんだもん……!!」
「……俺ぁが言うのも何だが、たまには街で遊んできたらどうだ?」
「田舎の男より研究がいい……!」
「ゼイタクだなぁ……。」
「いいことお坊ちゃん!?オンナってのは、そこらへんは妥協できないのよ!あやまりなさい。」
「ええ?……ごめん、ナイアのねーちゃん……。」
トマックは理不尽に思いながらも、とにかく謝った。
次回更新はまた来週日曜の予定です。




