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特捜騎士リボリアム  作者: 鈴木りゅう
二章:アバンジナ南部編
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第六話「商売敵にはさまれて!」2


    *



「うーむむむ……」


 路地裏で、小男が唸っていた。片手で手紙を広げ、もう片手で頭を押さえている。

 その男、『光の結社モグログ』が1人”潜むもの”スポーノス。……これは裏の顔であり、表向きはこの領都ボリアミュートで『運び屋のスーポ』として潜入調査を行っている、工作員である。

 彼は以前、この街でその恐るべき正体、『キメラ魔人』の姿を晒して大暴れしたが、運よく表の顔スーポとの繋がりを隠し通せたことで、その後も結社の為の調査報告を続けている。

 その彼が、実に困った顔をして唸っていた。


「宣伝……ったってなぁ……誰にどう宣伝をすれば……?」


 彼の広げる手紙は暗号文であるが、要約するとこう書かれていた。

『日々の潜入ご苦労。

 知っているとは思うが、先日アジトに、追加メンバーとして新たな闘神官が加わった。彼の新たな作戦で、”新型の人造魔物”の実験をする事となった。

 すでに計略の一環として街では()()()が流行っているはずだから、それに不満を持っている店を狙って、同封の小物をうまい具合に宣伝して、売り出させてくれ。

 その後……』



 と、スポーノスは全部読む前に天を仰いだ。

 非常に困ったことである。もくもくと働く運送業は性に合っているからいいものの、卸売りだの売り込み営業だのなんてやったことがないのだ。そういう商人的な社交性には自信がなかった。

 そして出した結論は……


「あ~だめだ……出来る気がしない……。今日は一旦帰るか……」


 先送りだった。

 手紙は家でゆっくり読んで、明日改めて作戦の為に動こう。そう判断したのだった。



    *



 ───その夜。


 『栄え通り』のある酒場で、3人の男達がくだを巻いていた。3人とも初老で、歳は近いらしい。


「さいきんの連中はよぅ……ぽんぽん目移りしてなあ。」

「こないだまではインクがよく売れてたってのに……」

「ウチもめっきりよ。」


 どうやら彼らは商人のようだ。酒も回り、相手の言葉を聞いているかも怪しく、自分の言いたいことを言っているだけになっている。

 この3人こそ、マードックの言っていた『今は流行物を売っている商人』である。


「さいきんといえば、あれだ……。パンセッタ商会。」

「あれさえ来なきゃ、まだ俺たち儲けられたってのになぁ。」

「たかが布と思って出遅れたなぁ……」

「帝都でやってるからって、なぁにが大商会だってんだぁな!俺たちゃあよ、ここでン十年もやってんだってな!」

「あれさえ来なきゃなぁ……」


 話は街で話題の青い生地、およびそれを卸す商会についてになった。

 件の商会が売れているからといって、そうでなくなれば彼らが儲かるかと言うと微妙そうだが、そんなことは彼らにはどうでもいい。つまるところ、新入りが幅を利かせているのが気に食わないだけなのだ。


 酒が入ってどうしようもなくなっているそんな男たちに、1人の小男が近づき、声をかけた。


「そこのお方々、ちょいとよろしいかな?」

「んあ?」


 小男であることはわかるが、マントとフードですっぽり体を隠したその人物は正体不明だ。

 あるいは平時なら、声で馴染みの運び屋だということが分かったかもしれないが、酒の回ったぼんやりした頭ではわからなかった。


「これを売れば、大儲け間違いなしですよ……」


 そう言ってフードの小男は、髪留めやペンダントなどのアクセサリーをテーブルにいくつか置いた。

 男たちは酔った頭で、引き寄せられるようにそれらを手に取った。


「……きれいだが、こんな高価そうなもん、俺らの店で扱う品じゃあ……」

「いえいえ、た~くさんあるんでね、他で売ってる代物よりもずっと安売りするんです。これにはちょっとしたおまじないがかかってましてね、着ければ気持ちが、明るくなるんですよ……。」


 フードの小男は他の客に聞こえぬよう、小声で話を続ける。

 彼らはすでに、魅力的な商品を前に上機嫌だ。

 

「ホントだ、なんだか愉快になってきた……やる気も、出てきたぞぉ!」

「ええ、ええ、そうでしょうとも。できれば格安で、大量に、売りさばいてほしいのです。品物は、いくらでも……」

「ほえー!気前がいいねぇ!」

「いっちょやるかぁ!」


 既に乗り気になっている商人たちを尻目に、そのアクセサリーが大量に入った袋をその場に置いて、フードの小男はいそいそと酒場を出ていった。


 誰も見向きもしない裏路地に入り、そのフードを取ると、現れたのはスポーノスであった。


「はぁぁ……なんとかやったぞ……。急ぎなら急ぎだと、初めに書いてほしいものだ全く。」


 手紙を受け取ったスポーノスが自宅で改めて読んだところ、最後の最後に『なおこの指令はなるはやで頼む(暗号訳)』と書かれていたのだ。これに慌てた彼は工作員らしからぬ……子供が思いつくような雑な変装で、商人に品物を押し付けたのだ。

 ともあれ、指示は達成した。あとは引き続き、目立たぬ一介の運び屋であればよい。

 そうして”潜むもの”スポーノスは、夜の闇に消えていった。



    *



 ───数日後。


「なーんか最近、みんなヘンなんだよなー。」

「変?……いきなり、何だね?トマック坊」


 トマックは時折訪れる和み場、考古学者のモルダン爺さんの家で菓子をつまみながら、ふいっと呟いた。


「妙に明るいっていうかさ。うちの父上も、ずっと機嫌いいみたいなんだよな。やる気もみなぎってるみたいでさ。」

「やる気があるのはエエことだと思うが……」

「まぁそうなんだけど。……それにさ……」


 トマックはさらに、妙に明るい人がもう1人いた事を思い出す。


 ================


 朝の修練が終わり、顔の汗を拭くトマック。

 隣で汗を拭き終えたドミナが、自分の荷物から髪飾りを取り出して、自分の髪に挿した。


「……ドミナさん、その髪飾り……」

「ああ、これですか?安……手ごろで中々綺麗だったので、買ってみたんです。似合いますか?」

「え?は、はい、もちろん!」


 トマックから見ても、ドミナは美しい。大人から見れば美少女だが、トマックからすれば『綺麗なお姉さん』だ。そんな人物から笑いかけられれば、わんぱく坊主のトマックとしても照れ照れしてしまう。


「なんか、珍しいね。ドミナさんが髪飾りなんて。」

「まぁ!私だって女なのです。こういうものの1つも着けますよ。」


 と、ドミナは朗らかに笑い、去っていった。


 ================


「てな感じで、やけにニコニコしてたなって。」

「そりゃアンタ女の子なんだから、お洒落の1つもするでしょ。」


 と言って会話に入ってきたのは、このモルダン宅で暮らす彼の義理の孫、ナイア。元は帝都の国営研究施設『学術塔』に在籍していた、天才魔導士である。ただし、性格に難があり追い出され、今は故郷であるここボリアミュートにて、祖父の手伝いで研究をしている。もう結構いい歳なのだが、性格のせいか浮いた話は未だ無い。

 だが天才というのは伊達ではなく、研究の傍らで領の防衛事業にも協力し、ボリアミュートを魔獣から守る『対魔結界』を構築している。


「でも、近衛銃士ピストリアだよ?今までだって、修練場で髪飾り着けてた事なんてなかったし。」

「……ふーん……。まぁ言われてみれば……。あたしも帝都住まいだったし、ドミナ様を見たのは1度2度じゃないけど……。確かに飾りっ気はそんな無かったかしらね。」


 正確には、近衛銃士が公的に出てくる時の衣装は豪奢だ。白を基調として、赤のジャケット、金の縁取りが近衛銃士のスタンダードな服装だが、着飾る時は金の装飾が増えたり、専用の豪華なジャケットを着たりする。

 それと比べ、ナイアはドミナの『オフの姿』も見た事があるが、ドレスなどはあまり着ず、活発な女性剣士の軽装といった出で立ちだった。ボリアミュートでも見かけたことがあるが大体同じだった。


「確かに言われてみれば変かも……。アクセが欲しいなら帝都でいくらでも買えるお立場だし……ん?」


 お茶を飲みながら違和感に気づくナイアは、ふとトマックがじっと見ていることに気づいた。


「……何よ。」

「いや……」

「いいから言ってみんさい。怒んないから。」

「い、嫌だ!それを言う奴はみんな怒るんだ!!」

「怒られるようなこと考えてんじゃないのよ!!」

「そんなことっ!ナイアのねーちゃんのアクセとか見た事ないなとか、いっつも同じ格好だなってだけだよ!!」

「ぐッッ……!!」


 何か来るものがあったらしく、ナイアが慎ましやかな胸を押さえてうずくまる。


「しょうがないじゃない……!!あたしお洒落とか男とか興味ないんだもん……!!」

「……オリャぁが言うのも何だが、たまには街で遊んできたらどうだ?」

「田舎の男より研究がいい……!」

「ゼイタクだなぁ……。」

「いいことお坊ちゃん!?オンナってのは、そこらへんは妥協できないのよ!あやまりなさい。」

「ええ?……ごめん、ナイアのねーちゃん……。」


 トマックは理不尽に思いながらも、とにかく謝った。



次回更新はまた来週日曜の予定です。



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