第五話『誕生、特捜騎士!!』8
「力を開放せよ!『魔陣励起』だ!!」
アイネグライブの号令に、戸惑いつつも速やかに反応する上級キメラ魔人達。その異形の体躯が倍ほども膨れ上がり、人のシルエットからも外れていく。さらに棘や蔦など、各々の特徴がさらに強調された。かつて、忍び寄るものサズーラや大ネズミのキメラ魔人ネガアルパインが見せたような手段だ。どういう理屈かは不明だが、この『魔陣励起』とやらが彼らのフルパワーということらしい。
いかな無敵のBRアーマーと言えど、出力を上げて戦わねば対抗できない強敵である。しかもそれが一気に3体、加えてアイネグライブに、新たな闘神官ウィドログリブ。リボリアムは気を引き締め、左腕を前に構えた。
「う!?」
構えた、と思った瞬間、高速で脇を通り過ぎる影。”切り裂くもの”リサッタである。既に獣人としての面影は薄く、様々な獣が混ざり合い、『なんとか人のような形になっている』程度のものになっている。
彼女はすれ違いざまにその爪を振るい、BRアーマーを切り裂いたのだ。衝撃に体勢を崩すリボリアム。切り裂かれたとはいえBRアーマーの頑強な装甲は傷も無いが、このスピードは厄介であった。
リサッタの動きは止まらない。リボリアムが踏みとどまるや、反転して再び爪を振るった!
「ふん!」
バキン!と甲高い音が鳴る……その爪はリボリアムの右腕に止められていた。黒い半透明のバイザーの奥、緑に光る双眸がリサッタを捉えていた。
爪を止めたリボリアムはそのまま右腕で、その太い指を掴み捕らえた。ギリギリと力が込められ、リサッタの顔が歪む。そして左腕のトライラム・キャリバーが青白い光を発し始める。
「トライラム・キャリバー、プラズマモード!」
「ううぬっ!この……金鎧めぇぇぇぇ!!」
その握力で指を離さず、リサッタに刃を突き立てんとするリボリアム。だがそこへ、上から雄たけびと共にガンドマが仕掛けた!
「金鎧!!!」
ズバババン!!
ガンドマが蹴りと共に無数の棘───その太さは最早棘ではく馬上槍と言った方が正しい───を叩きつける!
放たれたそれのいくつかはまともに刺さる軌道であったが、やはりBRアーマーを傷つけることはできなかった。だが、無数に突き立たれた太い棘は、リボリアムの腕や体を縫い留めるように、動きを阻害していた。
「くっ……これでも通らぬのか!」
「うううっ離せ金鎧!」
その頑丈さに、ガンドマは歯噛みする。しかも、リボリアムは縫い留められた状態でもなお、リサッタの指を手放していない。そして左腕を動かせる範囲で動かし、周囲の棘を切り払い始めた。
ガンドマは足から棘を自切し、近場に降り立つと今度は腕の棘を束ね、リボリアムを貫きにかかる。リサッタが拘束されていない方の腕で、鋭い爪を束ね何度も貫手を仕掛けているが、相変わらずリボリアムには通じていない。
「『マノ・ターバイン』!」
BRアーマー、その腰横に位置する小型の風車が、甲高い唸りを上げ始める。
体をひねり、先程より少しだけ自由になった左腕を素早く振るう。ガンドマの大棘の来る方向が少し開けた。その程度のスペースを確保すると、左腕のわずかに残っている盾部分を、迫るガンドマの大棘に合わせ正面から受け止めた。
ゴキィン!と重い金属が割れるような音を立て、攻めたはずのガンドマの大棘が砕ける!
「む…!」
「二人とも、いくぞ!!」
「ロロット、私ごとやれ!」
続いたのは”締めるもの”ロロット。もはや人の形をした蔦の集まりと言える風貌の男は、未だ大棘に縫い留められたリボリアムをその巨体で包み込み、ギリギリと締め上げた!リサッタも腕の一部を巻き込まれたが、それも覚悟の内であった。
ロロットはリボリアムが見えなくなるほど大量の蔦を伸ばし、縒り合わせ、硬化させ……蔦というより細い幹の集まりのような植物で以て締め上げる。鎧そのものは無理でも、関節など弱い箇所はあるはず。それに鎧というものは、得てして衝撃や斬撃には強くとも、圧迫には対応していない。そう判断しての締め上げだ。その名が示す通りの戦法は、彼の最大の攻撃であった。それは正しかったのか、先程まで万力のような力で握り潰されそうだったリサッタの指が、握力が弱まったのかするりと抜け出た。
だが、それとても。
ギリ、ギリギリギチギチギチギチ……!!
「う……!キュゥゥゥゥ~~~ン……!!」
青白く光る剣が蔦に押し当てられ、ばつばつと焼き斬られてゆく。
凄まじい力で背を丸め手足を畳み、頑丈なはずの縒り集まった幹の繊維が、逆に締め上げられてぶちぶちと千切れていく。
「こ……こんな……!!」
ロロットが呻く。
千切られ潰された幹の隙間……リボリアムにはそれで充分であった。思い切り横なぎに剣を振る。大量の幹や蔦も、初めに縫い留めていた大棘も、全て赤い火花と共に切り裂かれた。
大量の幹や大棘が木っ端と化し、その中心から悠々と歩み出る金色の勇者……特捜騎士の姿に、上級キメラ魔人たちに嫌な光景が想起される。
あの鉱山で初めて戦った時……無論モグログ側は今出している実力の方が段違いに高い。そのはずなのに、光景が同じなのだ。
上級キメラ魔人達の足が、無意識に半歩下がった。
と同時に、一歩出る異形の影。2人の闘神官である。
「恐れるな!奴めがあの鉱山で、力を使うほど動けなくなったのは覚えていよう。」
「我らのように祝福されたものでもなく、魔道具に近いものであれば、そうであろうな。」
リボリアムに近づいてくる2人が口々に言う。
実際のところ、それは当たっていた。
BRアーマーの頭部センサーヘルムには、内外の様々な情報が文字やグラフで映し出される。その出力表示は80%。さらにトライラム・キャリバーのプラズマモードを起動させているため、エネルギーの消費は大きい。
ただ……センサーヘルムの中から敵を見据えるリボリアムに焦りはない。
そして、彼は左腕の剣から、青白い光を消した。
「おお、見ろ、奴の剣は早くも使えなくなったぞ!」
大棘を全身から生やすガンドマが言う、だがリボリアムは冷静に告げる。
「違う。今やりあってわかった。……「まだ使わなくてもいいか」と思っただけだ。」
「……!?」「なんだと……キサマ舐めているのか!!!」
「ふむ。大変結構です、リボリー。」
リボリアムの後ろから、近衛銃士ドミナの声が評する。
彼が一斉攻撃を受けた時、加勢しようと思えばできたわけだが、動きにいささかの動揺も見られなかったので静観していたのだ。訓練の時とは違う彼の戦いぶりに、正直感心していた。
彼自身の速度はともかく、速さに対する反応は良い。そして目を見張る頑丈さと力、見るからに切れ味の良い左腕の剣。それに加えてあの『鉄の馬』。なるほど確かに強力無比であった。帝室宝物庫の国宝で完全武装した、全力の近衛銃士に匹敵するかそれ以上と言っても過言ではないとドミナは思った。
この力を好き勝手に出来るなら……。誰しも良からぬことが頭によぎるだろう。それこそ、国盗りすら可能だと思わせ得る圧倒的な力が目の前にあった。そして、それを身に纏う彼の人柄を知った今、「不穏な事は万が一にもないだろう」という不思議な安心感があった。
「ドミナ師範。」
「あなたの力、確かに見せてもらいました。さて、双方『挨拶』はもういいでしょう?」
ただ、その安心感に身を任せる程、彼女は未熟でも呑気でもない。恐るべき暴力を振るう怪物達に囲まれてもなお折れぬ、己こそが帝国の最高戦力であるという自負は、未だ健在である故に。彼女は金色の勇者に並び立つ。
「そろそろ混ぜなさい。今のあなたになら、背中を任せられます。リボリー……いえ、特捜騎士殿。」
「! ……はい!」
モグログに緊張が走る。アイネグライブすら、数の有利に余裕を感じていない。唯一、先ほどから飄々としているのがウィドログリブであった。
「……カァァッッ!!!」
ウィドログリブの両目が光る!
リボリアムが前に、ドミナがその背に隠れるように、二人が動いたのは同時だった。
ドガガガァン!
モグログお得意の『爆破』だ。さすがは闘神官というべきか、ウィドログリブの放ったそれは、よく見るものより速さも規模も上であった。さらに爆発の煙が晴れる前に、上級キメラ魔人の3人が動く!
”締めるもの”ロロットはその幹のような蔦を絨毯のように這わせ、リボリアムの足を絡めとらんとする。その絨毯の上を軽やかに伝い煙に飛び込む、”貫くもの”ガンドマと”切り裂くもの”リサッタ。
「手応えあった!これで……!」
ロロットが喜色を含んだ声で伝える。確かに煙の奥で、2本の足を飲み込んだ感触があった。先程は無残に千切られたが、動きを制限するだけなら十分な仕事が出来るはずである。
だが、その時上空で、「バチバチッ」と何かがはじけるような音が……それを、3人のキメラ魔人は聞いた……気がした。
その『気がした』という一瞬で、彼らは不利になった。
煙の奥から、体勢を低く突っ込んだ2体よりさらに低い位置から伸びた腕が、左右それぞれに2人を捕まえたのだ。上級キメラ魔人達が巨体化していたため、腰ではなく足に組み付いた形になった。
「ぬあっ!?」「おおっ」
「とああああっ!!」
2体のキメラ魔人を捕らえたリボリアムが、幹の絨毯から飛び上がり、地面に向けて投げ飛ばす。多少の自由落下ではダメージはないだろうが、状況は仕切り直しになった。
「……近衛銃士は!?」
ロロットは気づいた。先程上空で雷のような音がしたのだ。だが振り返っても、闘神官たちが並んで立っているだけで、ドミナの姿が無い。かと言って煙の晴れた向こうにも、その姿が無い。後方で見る闘神官2人も周囲を油断なく見渡している。
ボリアミュート北門の周辺は開けた平地だ。身を隠す場所など無い筈なのだ。ならば一体どこにいるのか?
ロロットが戸惑っている間にも、リボリアムは2体を相手取り一歩も引かぬ接戦を繰り広げている。
「………………!」
ウィドログリブが、生えている触腕を軽く上げた。吸盤を外側に……手のひらを全方位に向けるように。すると何かを察知したように、右に振り向いた。
バヂバヂヂヂヂ!!!!
「ムガガぁぁっ!!」
「く、そんな事もできるとはな!!」
「ぐむむ、そちらこそ小狡い手を使うじゃなイカ。天下の近衛銃士が、姿を消して奇襲とは!」
「光栄に、思うがいい!」
激しい電撃と共に突然ウィドログリブに斬りかかった形で、ドミナの姿が出現した。どうやら姿を消す魔法でも使ったようだ。先の『爆破』による煙に合わせて発動し、密かに回り込んでいたのだ。
そしてウィドログリブの触腕の内側は、どうやら周囲を探ることができるらしい。その能力で、姿を消したドミナを発見したのだ。
1対1の状況はさすがに長く続かず、すぐさまアイネグライブが割り入ってくる。ドミナはそれでも驚異の身体能力で、2人の闘神官を同時に相手取った。
───リボリアムの対峙する3体の上級キメラ魔人。注意すべきは、あの細剣のような棘だらけのガンドマという奴だ。的確に能力を使い、巨体になってなお体捌きも見事なものだ。
蔦だらけの奴、巨大な獣のような奴は、さほど脅威に感じない。どうにも、『あの巨体での戦いに慣れていない』と感じる。確かに獣の方は、力もスピードも上がって攻撃力は増した。だがその分、動きが直線的になりすぎて防御がしやすくなっている。
(アーマーのアップデートで消費魔力が大きくなってるけど……これまでの戦いで、俺もエネルギーのバランスがわかってきた。今の出力は50%……40は下げ過ぎか。
ドミナ師範との訓練のおかげで、敵の動きも良く見える……3対1だが、なんとかやれてる!)
相手のモグログは3体がかりではあるものの、三位一体というわけではない。相手の手の内も見えてきたことを思えば、むしろ有利に立ち回れてすらいた。リサッタの爪も牙も受け流すことが出来、ロロットの蔦は他2体のサポートに使われていたため接近戦を強いればよかった。
唯一ガンドマは戦いに長けており、特に他の2体を守りつつ自身も攻撃することで、リボリアムがリサッタ・ロロットを撃破できない状況になっていた。これに関しては、単にプラズマモードなどで攻撃力を上げても意味がない。深手を与えられなければマナ・エネルギーの無駄になってしまう。
現状、ガンドマを躱してリサッタ・ロロットを撃破しようとしているが、ガンドマの立ち回りでそれが防がれている。逆にガンドマを撃破しようとすれば、他2体が邪魔をしてくるか、最悪北門の兵士たちを襲いに行くかもしれない。リボリアムにとっては、何としても兵士達の所へは行かせるわけにはいかなかった。
もっと、動きを洗練させなければならない───
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本日は2本立てです。お昼ごろに公開されます。




